[Webインタビュー]

(2020/03/10)

【第116回】M&Aで10年間・60万者の第三者承継を目指す ~ 官民連携の『第三者承継支援総合パッケージ』とは

松井 拓郎(経済産業省 中小企業庁 事業環境部 財務課長)
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1.「第三者承継支援総合パッケージ」の概要と意義

―― 政府による『未来投資会議』は2019年12月19日、『新たな成長戦略実行計画策定に関する中間報告』をまとめました。テーマの一つに『中小企業・小規模事業者の生産性向上』が掲げられており、その中の『第三者承継を含む事業承継の促進と創業支援』を受けて、同年12月20日に『第三者承継支援総合パッケージ』がリリースされました。これは、従来の親族内承継や従業員への承継から『第三者承継(M&A)』に軸を移した画期的な政策転換といえます。まずは、『第三者承継支援総合パッケージ』の概要と意義から教えてください。

10年間で60万者の第三者承継を目標

「これまでの中小企業の事業承継支援の流れとしては、平成30年(2018年)、平成31年(2019年)と、特に親族内をターゲットとして相続税、贈与税の事業承継税制を大きく変えてきました。対象株式数の上限を撤廃し、相続税の猶予割合を80%から100%に引き上げ、使い勝手を良くする要件措置を大胆に行った結果、事業承継税制の申請件数は過去に比べ約10倍に増えています。他方で、この税制は後継者がいる方向けの支援でして、我々の試算では2025年までに70歳以上となる中小企業が245万者あり、うち約半数の127万者が後継者未定と見込まれているため、ここに手を打たなければ根本的な解決にはならないという問題意識がありました。ただし、後継者未定の事業者全てを承継しようとするとゾンビ企業の延命といった話になってしまいますので、127万者のうち、現下の中小企業の黒字廃業比率などを掛け合わせて試算した『黒字廃業の可能性のある約60万者』を、第三者承継を促すべき目標数として、この10年間でしっかりつないでいこうと考えています。ただ、親族内承継は非常にシンプルですが、第三者承継となると従業員承継や事業分割といったパターンもあり、手法が多岐にわたるため、今般パッケージとしてまとめ、官民連携で第三者承継を一気呵成に進めていくことを目指しています」
 


「事業引継ぎガイドライン」の改定検討会を発足

―― パッケージのなかの施策の一つとして、平成27年(2015年)に策定された『事業引継ぎガイドライン ~M&Aを活用した事業承継の手続き~』の改定を検討されています。

「一点目として、中小企業のM&Aというと、10年くらい前はハゲタカという印象で経営者から拒否反応があったと思いますが、ここ数年はかなり変わっており、M&Aは大企業だけがやるものではなく中小企業の事業承継のツールとしてあり得るという考え方が普及しています。同時に、担い手のM&A専門業者も増えており、それに伴い様々な関心や懸念点も出ているところです。いわゆる仲介やフィナンシャルアドバイザー(FA)として中堅・中小のM&Aを担う専門業者の手数料やサービス体系は多種多様なため、経営者からすると、価格面やサービス面で思っていたものと違う、といった事案も出ています。そのため、全体を整理し、経営者にとってわかりやすいM&Aのルールを指針としてお示ししたいと考えています。二点目として、仲介やFAといったM&A専門業者には、立派な方も当然おられますが、中には懸念が呈されるようなケースもありますので、まずはガイドラインという形でM&A専門業者の方のあるべき行動規範を示すべく、今回改訂の検討会をスタートさせました。特に、M&A専門業者には様々なサービス内容がありますので、どこまで指針としてあるべき方向を示すかが大きな論点になると考えています。M&A専門業者の数が増えてきている中で、M&A専門業者があるべき方向に進んで頂き、中小企業の経営者の皆様が安心してM&Aに取り組みやすくするためのガイドラインだと思っています」

改訂検討会での議論の内容

―― 検討会ではどういう議論がなされていますか。

「ガイドラインでどこまでM&A専門業者のあるべき行動を示すべきか、実態に合ったものにしなければいけないという一方で、あまり実態に寄りすぎて緩くし過ぎても意味がありませんので、そういった点をどう整理していくのか、現場を担っているM&A専門業者の方々にも入っていただいて専門家同士で喧々諤々の議論をしているところです」

―― 強化するポイントは。

「平成27年策定のガイドラインは、『M&A』がどういうものか、『事業引継ぎ』とはどういうものかを知っていただくという点は一応網羅されていましたが、では、具体的に何が問題なのか、何が大変なのかというところが伝わりにくく、経営者が活用できないものになっていました。今回は経営者向けのパートとM&A専門業者をはじめとする支援機関向けのパートを分け、経営者向けには、どういう所にトラブルがでてくるのか、M&A専門業者に依頼する時にどういうサービス内容であれば受け入れて大丈夫なのか、あるいは一般的な手数料体系の明示など、経営者自らが最低限判断できるような具体的な指針にしたいと考えています。M&A専門業者には、経営者から依頼があった際に説明すべき項目、気を付けるべき項目を列挙し、多少苦い薬になるかもしれませんが、顧客ファーストで取り組んでいただきたいと考えています。参考資料も含めてかなり分厚くなってしまいますので、別途わかりやすいハンドブックを用意しなければいけないと思っているところです。M&A専門業者の世界は許認可がない世界ですから、新規の仲介事業者でも参入が容易です。例えば契約書のひな型を示す等、最低限のベースは整えていく必要があると思っています。ガイドラインが絵に描いた餅にならないように、策定後はしっかり全国に普及するような取り組みも合わせて実施していく予定です」

2.中小企業のM&Aの現状

第三者承継における3つの課題

―― 中小企業のM&Aにおける課題は何ですか。

「我々の試算では、現在、日本国内の中小企業のM&Aは年間4000件程度に留まっており、後継者未定の中小企業の数(127万者)からして不十分と考えています。このM&Aの数の桁を上げていくために何がボトルネックになっているかを分析し大きく3つの課題に整理しました。

 1つ目の課題は、売りの案件が圧倒的に少ないということです。中小M&A市場の売りと買いの割合比率は1対9程度となっています。買いたい人はたくさんいるのですが、なかなか売りの出物がないという状況です。その原因は、経営者は自分の会社に対して自分の子どもと同じくらいの愛着を持っていて、なかなかM&Aが選択肢に…


■まつい・たくろう
東京大学経済学部卒業、1999年 通商産業省入省(環境立地局環境政策課)、2003年 ハーバード大学ケネディスクール留学、2008年 国家公務員制度改革推進本部参事官補佐、2010年 貿易経済協力局貿易振興課課長補佐、2012年 大臣秘書官(次席)、2014年 中小企業庁長官官房参事官室 政策企画委員、2015年 内閣府原子力災害対策本部 原子力被災者生活支援チーム 支援調整官、2018年 中小企業庁事業環境部財務課 課長

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