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(2023/04/12)

IPOプロセス整備と出口戦略多様化に向けた東証の施策~上場審査の見直し等についての概要

池田 直隆(東京証券取引所 上場部企画グループ統括課長)
  • A,B,EXコース
ポイント
〇政府方針を受けて、スタートアップの企業特性・ニーズ多様化に応じた制度・運用の改善のための施策を東証として実施
〇東証の対応は、①企業特性に合わせた上場審査の見直し(ディープテック)、②IPOプロセスの円滑化、③ダイレクトリスティング利用のための環境整備、④グロース市場の純資産基準の見直し、の主に4点が柱
〇M&Aや成長投資に対するニーズの高まりを踏まえ、グロース市場では上場維持基準を見直す
はじめに~新規上場(IPO)を通じた成長資金供給

 スタートアップの育成が、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵となる中、政府においては、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画・フォローアップ」(2022年6月7日閣議決定)や「スタートアップ育成5か年計画」(2022年11月28日新しい資本主義実現会議決定)等に掲げられた事項をはじめ、様々な施策が進められている。

 市場開設者である東証としても、新たな産業を担うスタートアップの育成は重要な課題であり、スタートアップの成長を支えるエコシステムの一端として、新規上場(IPO)を通じた成長資金供給の円滑化等を図っていくことが責務となる。2022年4月に市場区分の再編を実施し、高い成長可能性を有する企業向けの市場として「グロース市場」の運営を開始したところであるが、特に近年、新規上場を目指すスタートアップの企業特性・ニーズ等に多様化が見られており、こうした環境変化を的確に捉え、制度・運用の改善を重ねていく必要があると認識している。

 このような問題意識のもと、2023年3月、東証は、新規上場手段の多様化を図る観点から、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画・フォローアップ」などに掲げられた事項も含めて、IPO等に関する見直しを実施している。具体的には、
  • 企業特性に合わせた上場審査の見直し(ディープテック)
  • IPOプロセスの円滑化
  • ダイレクトリスティング利用のための環境整備
  • グロース市場の純資産基準の見直し
を実施しており、本稿はそれぞれの内容を解説する。

IPO等に関する見直しの内容

(1) 企業特性に合わせた上場審査の見直し(ディープテック)(注1)

 昨今、特に宇宙、素材、ヘルスケアなどの先端的な領域において、新技術を活用して、新たな市場の開拓を目指す研究開発型企業(いわゆるディープテック企業)の上場ニーズが見受けられる。一方、これらのディープテック企業に関しては、技術開発やビジネスモデルの構築がまだ途上であることから、相対的に企業価値評価が困難であり、取引所(自主規制法人)の上場審査も行いにくいというケースが存在していた。

 そこで今般、企業価値評価のプロである機関投資家が投資を行っている場合には、機関投資家の評価を活用することで円滑に上場審査を進めることができるよう運用の見直しを行っており、具体的には、
  • 既存株主である機関投資家に対するヒアリング
  • 上場承認までに行われるインフォメーション・ミーティング(機関投資家面談)等における評価について、主幹事証券会社を通じて確認
することなどを通じて、機関投資家によるビジネスモデルや事業環境に関する評価等を確認し、それを前提としてグロース市場における上場審査基準の一つである「事業計画の合理性」の審査を進めることができることとした。

 なお、このような審査手法を用いる対象としては、機関投資家から十分な評価を受けていることを外形的に確認する観点から、上場前において機関投資家から十分に資金調達を行うことで相応の企業規模になっている企業や、上場時において機関投資家から大規模な資金調達を行うような企業を想定しており、例示として、上場前から100億円程度の資金調達実績がある、上場時の時価総額が1000億円程度の水準に達する場合などを挙げている。

 また、ビジネスモデルや事業環境に関する評価等を活用する対象となる「機関投資家」に関しては、過去に、同様の事業分野の企業に投資した実績を有するなど十分な目利き能力を有しており、上場後においても中長期的に投資を継続することが見込まれる投資家を念頭に置いている。したがって、上場時に全ての保有株式の売出しを行いエグジットするような既存株主の評価を活用することは想定していない。

 あわせて、ディープテック企業については、先述のとおり、相対的に事業内容の評価が難しく、事業リスクも高いという特徴があることから、投資家の適切な投資判断を促すための十分な情報開示を求めることとしている。具体的には、ビジネスモデル、競争優位性、投資活動の内容・今後の計画、市場規模、リスク情報等について、グロース市場への新規上場時に求められる「事業計画及び成長可能性に関する事項の開示」等において、適切かつ十分に開示するよう求めている。

(図表1)企業特性に合わせた円滑な上場審査(ディープテック)
項目内容
対象
  • 上場前に、機関投資家(十分な目利き能力を有し、上場後においても中長期的に投資を継続することが見込まれる者を想定)からの資金調達により相応の企業規模となっていること
  • 上場時においても、機関投資家から大規模な資金調達が行われること
※ 例えば、上場前から100億円程度の資金調達実績がある、上場時の時価総額が1,000億円程度の水準に達するなど
内容
  • 機関投資家によるビジネスモデル・事業環境等に対する評価を確認し、それを前提として「事業計画の合理性」を審査
※ 必要に応じて、専門家、取引先(潜在顧客)、当局などの見解を得ることでこれを補完
開示
  • 企業価値評価が困難という特性を踏まえ、事業計画及び成長可能性に関する事項等の開示を拡充
  • ▶ ビジネスモデル、競争優位性及び研究開発の内容など投資活動の詳細
  • ▶ 今後の投資計画(先行投資を行う期間や投資の規模感、事業進捗に応じた投資方針の変更や投資継続の判断に係る考え方等)及び想定する投資効果
  • ▶ 市場規模(将来予測を含む)
  • ▶ リスク情報(顕在化した際の成長の実現や事業計画の遂行に与える影響を含む)

(出所)東京証券取引所

(2)IPOプロセスの円滑化

 IPOプロセスに関しては、日本証券業協会が、公開価格設定プロセスの見直しの一環として、上場日程の柔軟化(有価証券届出書を上場承認前に提出するいわゆるS‐1方式の導入等)やIPOにおける価格発見機能の強化(ブックビルディング方式における仮条件の範囲を超える公開価格の設定等)等に係る取組み(注2)を進めている中、東証においても、新規上場日程の設定の柔軟化を図る観点から、新規上場申請手続等に関して見直しを実施したものである。

 まず、東証への新規上場申請に際しては、これまで、「新規上場申請のための有価証券報告書(Iの部)」に添付する監査報告書を、新規上場申請時及び上場承認時の二度にわたり求めていたが、新規上場申請会社の監査を担う監査法人の事務負担を軽減する観点から、上場承認時までに一度提出すれば足りるものとした。

 また、スタートアップの中には、当然ながら、成長の過程でM&Aを活用する企業も多く見受けられる中、上場準備の過程においても成長に向けた組織再編行為の機動的な活用を可能とし、新規上場申請プロセスがその妨げにならないよう、新規上場申請に必要な財務情報の提出対象を重要性の高いものに限定するなどの見直しも実施している。また、近年、組織再編の一環として、経済産業省を中心に、いわゆるスピンオフ(企業が、子会社又は自社内の特定の事業部門を切り出し、独立した会社の株式を元の企業の株主に交付する手法)を活用するための環境整備が進められている。そうした中、当事会社が新規上場を行う場合の手続や上場審査の内容等に関して、東証にも相談が寄せられている(注3)。こうした状況も踏まえ、スピンオフを検討する会社やサポートするアドバイザーなどにおける予見可能性を高める観点から、今般、その考え方やポイントの明確化も行っている (注4)。

 次に、実際の上場審査に関して、上場スケジュールの柔軟な設定を求めるニーズに対応するため、定時株主総会(決算の確定)が到来しても、新規上場申請日から1年間は、改めて新規上場申請を行わずに上場審査を継続できるものとした。従来の制度においては、原則として、新規上場申請から上場までの間に定時株主総会を跨ぐ日程は設定できないこととなっていたが、これを見直す。

 また、上場スケジュールの柔軟な設定に関連して、新規上場日に開示を要請している業績予想に関する取扱いの明確化を行っている。一般的に、事業年度の後半に新規上場を行う企業が多い一つの原因として(注5)、上場後に上場年度の業績予想を修正する必要が生じることを避けるために、十分な確度をもって予想値を見通せる(=ほぼ上場年度の着地数値が見えている)段階になってから新規上場を行う「慣行」が指摘されている。

 この点に関して、東証では、仮に上場後において環境変化等により予想値と実績値が一定以上乖離することとなったとしても、その時点で速やかにその理由を説明するとともに業績予想の修正の実施を想定している。すなわち、新規上場時における予想どおりに業績が着地すること自体を求めたり重視したりしているわけではないため、そのような考え方を改めて周知しようとしたものである。

 これらのほか、新規上場基準の形式要件に関する見直しや、日本証券業協会「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」における...


■筆者プロフィール■

池田 直隆(いけだ・なおたか)池田 直隆(いけだ・なおたか)
東京証券取引所 上場部企画グループ統括課長。2005年4月東京証券取引所入社。入社後、上場審査部を経て、2010年6月より現職。市場区分の再編、スタートアップ育成に係る制度整備、上場企業のコーポレート・ガバナンスの充実に向けた検討など、東京証券取引所における上場制度全般に係るルールメイク等を担当。

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