[視点]

2017年5月号 271号

(2017/04/17)

日本企業のレバレッジは安定的か?

 伊藤 彰敏(一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授)
  • A,B,EXコース

  レバレッジ(負債比率)の硬直性という概念については、ファイナンスの教科書に登場する「配当政策の硬直性」と異なり、これまであまり注目されていない。筆者は、最近の自身の研究の中で、日本の上場企業のレバレッジが極めて硬直的であることを発見した。この発見は、レバレッジの可動性を含意する多くの主要理論と真っ向から対立する。そこで本稿は、米国の実証結果と比較しながら、そのインプリケーションについて論ずることとする。

1. 資本構成理論とレバレッジの硬直性

  企業の資本構成に関する主要な理論は、レバレッジが時間とともに変化する性質を持つことを含意している。まず最適資本構成理論では、負債の節税メリットと財務破綻コストを比較勘案し、企業価値を最大化するレバレッジを導く。特に財務破綻コストは、企業のライフサイクルや景気循環に応じて変化するので、結果として最適資本構成も変化していく。次にペッキング・オーダー理論では、情報の非対称性から生じる資金調達コストを避けるため、内部資金、負債、株式という調達手段の優先順位を導く。この理論によれば、やはり資金需要の旺盛な時には、内部資金から負債へと資金調達手段が移行するため、レバレッジも高まっていく。最後に行動ファイナンスに立脚したマーケット・タイミング理論では、株式市場のセンチメントに応じて資金調達手段を変えるので、当然のことながらレバレッジは時間を通じて変化する。
  従ってレバレッジが硬直的であることを実証的に示せば、主要な既存理論のすべての含意に反することとなる。Lemmon, Roberts, and Zender (2008)は(以降、LRZと略す)、米国企業の驚くべきレバレッジの硬直性を報告したが(注1)、そうした意味で彼らの結果は衝撃的であった。しかし彼らの研究結果は、既存理論で説明できないゆえに、そのまま捨て置かれた感がある。長らくそうした状態が続いたが、DeAngelo and Roll (2015)が(以降、DRと略す)、LRZの分析方法を再検討し、米国企業においては、5年から7年間レバレッジが安定することはあるが、M&Aや設備投資など資金需要が発生した場合には、大きくレバレッジを動かす傾向にあると報告した(注2)。かくして、あらためて「レバレッジは、どれくらい硬直的なのか」というトピックに注目が集まるようになってきた。

2. 日本企業におけるレバレッジの硬直性

  先に示したレバレッジの硬直性に関する2つの研究は、主に米国データを用いており、米国だけの実証結果では一般性を主張できない点は明らかである。それでは、日本企業のレバレッジはどうなのか。

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