[書評]

2015年8月号 250号

(2015/07/15)

今月の一冊 『戦後企業会計史』

 遠藤 博志、小宮山 賢、逆瀬 重郎、多賀谷 充、橋本 尚 編著/中央経済社/1万1000円(本体)

今月の一冊 『戦後企業会計史』遠藤博志、小宮山賢、逆瀬重郎、多賀谷充、橋本尚編著/中央経済社/1万1000円(本体)  戦後、日本経済は紆余曲折をへながらも発展してきた。その経済を支えるのが企業会計制度である。戦後、米国の制度を導入したが、経済のグローバル化で会計制度も国際化の波に洗われている。本書は日本を中心に海外の動向も概観している。会計を巡る一大パノラマを見る思いだ。900頁を超える大著で、詳細な年表なども添えられている。戦後70年の今年にふさわしい本である。

  本書は戦後70年を四つの時代に区分する。「企業会計原則の時代」「会計ビッグバンの時代」「会計・監査のグローバル化への対応の時代」「グローバル化への更なる取組み」の四つである。会計制度は会計基準、監査、開示が三位一体の制度である。経済団体に身を置いた者、会計基準の設定に関わった企業マン、研究者である編著者が時代ごとに、これらの制度が整備された時代背景を説明しながら制度の内容を紹介している。

  例えば、会計ビッグバンの時代背景の説明はこうだ。バブル崩壊により資産デフレが起き、金融機関の連鎖倒産が発生した。しかし、企業の財務諸表では資産が取得原価ベースで計上されている。これまでは含み益だったものが、一転して含み損になった。企業会計と企業経営の実態に大きな乖離があるとして会計情報への不信感が一挙に高まった。ちょうどグローバル化の波が高まりつつある時期と重なり、1996年に橋本龍太郎首相の指示で金融システム改革(日本版ビッグバン)が始まった、と。この年代を生きた者には、当時のことが懐かしく思い起こされる。

  日本版ビッグバンの下で新たな会計基準の設定や大幅改訂が短期間のうちに行われた。日本の会計基準が一大変革を遂げ、「会計ビッグバン」ともいわれるようになったとして、この間に整備された金融商品会計基準などを説明している。単に会計基準を解説した本を読むのとは違う面白さがある。

  編著者らがこの通史の中心に置くのがグローバル化の視点である。日本が国際会計基準(IFRS)にどう向き合ってきたのか、現状はどうなっているのか、今後、どう進むべきか。この関連で、国際会計基準審議会(IASB)や米国財務会計基準審議会(FASB)の動きも詳細に紹介されている。『戦後(日本)企業会計史』と思って読んでいたが、資本市場がグローバル化した今日、企業会計史は一国のドラマとしては語ることはできないのだ。書名に「日本」がついていなくて当然かと納得した。

  IFRS採用について足踏み状態にある米国の状況について、編著者の橋本尚・青山学院大学大学院教授は、米国会計基準存続の道を排除せず、IFRS開発で米国の国益を最大限実現させ、米国会計基準を採用すれば、IFRSを採用したこととなるような制度設計の道を模索しているといった趣旨の解説をしている。

  では、日本はどうか。一時はIFRS導入のムードが盛り上がったが、米国の動向もあり、民主党政権の下で下火になった。しかし、自民党政権の下で再びIFRS導入へ向け動きが活発になっている。2014年に政府もIFRSの任意適用企業の拡大促進の施策を掲げた。

  編著者の遠藤氏は、今後の日本の状況について、当局や経済界は米国の動向を重視するものとみられるが、米国基準はローカル基準化し、従来ほど米国の影響力は強くなくなってきているとしたうえで、いずれにしても「3年後」にはIFRS強制適用に向けた最終判断を迫られると予想している。

  本書を企画した遠藤氏は、大学卒業後、経団連事務局に入り、経済本部本部長を務め、財務会計基準機構事務局長に就任した。在任中にIFRSの本格導入が間近と思われる時期を迎え、日本の企業会計の歴史をまとめて、現在の到達点を明確にしておくことが、今後を展望するうえでも意義のあることと思い、この通史に挑戦したという。職業人としての志の高さに頭が下がった。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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