[【企業価値評価】企業価値評価とコーポレートファイナンス(早稲田大学大学院 西山茂教授)]

(2015/11/25)

【第1回】企業価値と株主価値の評価

― M&Aにおける買収金額の評価方法を中心に、コーポレートファイナンスを学ぶ ―

 西山 茂(早稲田大学大学院(ビジネススクール)教授 公認会計士)

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 このコースでは、M&Aのステップの中の大きなポイントの1つである買収金額の評価方法について、そのベースとなるコーポレートファイナンスのポイントも含めて学んでいきます。それでははじめて行きましょう。

1.企業価値とは何か?

 皆さんは、企業価値というといろいろなことをイメージされるかもしれません。例えば、企業のブランドの価値、顧客ネットワークの価値、人材の能力の価値、技術やノウハウの価値、またそれらがミックスされて作り上げられるビジネスモデルの価値などなど。また、立場によっても企業価値のイメージは違うかもしれません。顧客の立場からは、よい商品や製品、あるいはサービスを適切な価格で提供してくれたり、購入後のメンテナンスやトラブルにも丁寧に対応してくれる価値、従業員の立場からは、やりがいのある仕事を提供してくれ貢献に見合う適切な報酬を支払ってくれる価値、社会的な立場からは、しっかりと利益を上げて税金を支払い、また環境や社会などへの配慮や貢献を行うことによる価値。今回は、このうち投資家の立場から見た企業価値について考えていきます。

 証券業界の人に企業価値とは何ですか、と質問すると、よく出てくる回答の1つは「デットプラスエクイティ(DEBT+EQUITY)です。」というものです。これは何を意味しているのでしょうか。この場合のDEBTとは、企業が借りている資金のことです。日本語ではよく長期債務、あるいは有利子負債と訳されますが、具体的には、借入金や社債のことを意味しています。一方でEQUITYとは株主から預かっている資金のことです。株主の立場から考えるとその価値は株価に発行済み株式総数を掛け合わせた時価総額(Market Capitalization:略してマーケットキャップともいいます。)になります。これを株主価値と呼ぶこともあります。上記の回答は、この2つの合計が企業価値であるという意味になります。つまり、企業は銀行をはじめとする債権者と株主から提供された資金で活動しており、彼らが企業の儲けや資産に対する最終的な権利を持っているので、彼らの権利の価値を表す借入金や社債の合計額と時価総額とを合計したものが企業価値になる、といっているのです。別の見方をすると、上場公開企業の場合は、資金を提供している投資家が企業のさまざまな情報に基づいて投資を行なっているので、その結果として決まってくる社債の時価や株式の時価総額に企業の実力が適切に反映されているはずであり、それらを合計すれば企業価値が計算できる、と考えているのです。しかしこの考え方は、企業価値を証券市場での評価をもとにしたものであり、それが企業の実力から考えて妥当なものかどうかを確認するためには、また証券市場での評価額がない非上場公開企業の企業価値を評価するためには、これとは別に理論的な企業価値や株主価値を計算することが必要になります。今回はこの理論的な価値を評価する方法について学んでいきます。

図1-1 各ステークホルダーから見た企業価値
 


2.企業価値や株主価値の評価方法

 理論的な企業価値やその中核となる株主価値、つまり株主の権利の価値である理論的な時価総額を計算するための方法にはいろいろなものがあります。そのうち代表的な方法が、以下の3つです。

①バランスシートアプローチ(時価純資産法)

 これは、評価する時点で企業の持っている資産をすべて売却し負債をすべて支払って、企業を清算したと仮定して評価する方法です。具体的には、資産をすべて時価で評価し、負債をすべて集計して適切な金額で評価し、時価で評価したバランスシートを作成し、その時価評価した資産からすべて集計した負債を差し引いた時価ベースでの純資産(資本)の金額を理論的な時価総額と考えていきます。この方法をもとにすると、その金額に借入金と社債の金額を加えたものが企業価値になります。

図1-2 時価純資産法

②マーケットアプローチ

 これは、評価したい企業と事業の内容や規模などが似ている上場公開企業を選択して、利益、純資産、売上高、キャッシュフローなどと株価や時価総額との比率が、類似している企業同士では同じ程度になるはずだ、ということを前提に評価していく方法です。この方法は、類似した企業の財務数値と株価との比率をもとに評価していく方法なので、類似している企業の現在の株式市場において評価されている株価の相場に注目した方法ということができます。このうち代表的な方法の1つが、利益と株価の関係をベースに評価するPER(Price Earning Ratio:株価利益倍率)や、EV-EBITDAマルティプル(Enterprise Value-Earnings Before Interest Tax Depreciation Amortization: 企業価値―金利税金減価償却費及び償却費差引前利益倍率)をもとにした方法です。これらによって計算した一株の金額に発行株数をかけると理論的な時価総額が計算でき、それに借入金や社債の金額を加えたものを企業価値としていきます。

③インカムアプローチ

 これは、企業の将来の儲けをベースに評価していく方法です。この中の代表的な方法がDCF法です。これは、企業が事業を中心に将来稼ぐであろうキャッシュフローを予測し、それを金利やリスク(不確実性)を考えて現在時点の価値に割り引いて現在価値に置き直し、それを合計したものを企業価値のベースとして評価する方法です。

図1-3 DCF法による評価の中心となる事業価値のイメージ図


 この3つの方法の中で、買収金額の評価や上場公開企業の理論的な株価などの計算の際によく使われているのは、②と③です。①は、企業を清算することを前提にしている方法であり、通常企業は事業を継続していくことを考えると現実を反映した方法とはいえないため、あまり使われてはいません。ただ、所有ビルの賃貸などを中心とする不動産会社のように、保有している土地や建物にかなりの価値のある設備投資型の企業を評価する場合には、ある面での価値が表れているので、評価方法の1つとして使われることがあります。一方で、よく使われている②と③の中で、理論的に最もよい方法は③といわれています。なぜなら、③は評価したい企業自体の将来の儲けの予測をベースに評価をする方法ですが、②はあくまでも類似している他の企業を基準にして評価していくものであり、その企業そのものの価値を評価しているわけではないからです。

 ただ③は将来予測をベースにしており、予測は一般に難しく必ずしも正確な評価ができるとは限りません。そこで、類似した企業の状況から考えてもおかしくないことを確認する意味で、②の結果も計算し、②と③をもとに大体このくらいといった企業価値や株主価値の範囲を提示して、その中で買収金額の交渉をしたり、上場公開企業の理論株価の参考として活用することが多くなっています。
 

PER(Price Earning Ratio:株価利益倍率)とは

 PERとは、Price(株価)とEarning(利益)とのRatio(比率)のことです。つまり、現在の株価が一株当たり当期純利益の何倍になっているかを計算したものです。この方法では、事業の内容や規模が似ている企業同士では、株価と一株当たりの当期純利益の比率は同じ程度になるはずだという前提をもとに、類似している企業のPERに、評価したい企業の一株当たり当期純利益を掛け合わせて、株価の理論値を計算していきます。また、類似会社としては1社だけを選択することもありますが、数社を選択してその平均値を使うこともあります。

  PER = 株価 / 一株当たり利益

 PERについては、何倍でなければならないという絶対的な数字はありません。ただ通常10倍~20倍程度となっていることが多いようです。また一般に成長期にある業種や企業の場合には、一株当たり利益が今後増加していくことを見込んで、現在の一株あたり利益に比較して株価が高めになるため、結果としてPERは高めになる傾向があります。一方で成熟期にある業種や企業では、一般に今後一株当たり利益はあまり増加しないと考えられて、株価はそれほど高くならないので、結果としてPERは低めになる傾向があります。

 なお、この方法は、類似した企業としてどのような企業を選択するのかによって結果が変わるので、その選択を事業の内容や規模などをもとに適切に行なうことが重要です。

 

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