[地域金融機関に聞く「M&Aによる地域活性化の現場」]

(2019/04/10)

【第1回】京都銀行 営業本部 M&A推進室

聞き手:日本政策投資銀行 企業戦略部
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< 連載を始めるにあたって >

  現在、我が国産業は、少子高齢化や人口減少による人手不足問題・後継者不足問題に直面しており、特に地方ではその問題が顕著に現れています。こうした問題に対応していくためには、企業・産業の成長力が重要であり、また、事業承継問題への取組も必要不可欠な状況にあります。

  M&Aは、事業承継による雇用維持と取得企業側の成長戦略の推進の両面において産業のみならず地域社会を支える機能を有しており、その関心と期待が高まっています。

  地域金融機関は、地域におけるM&Aで最も重要な役割を担っています。日本政策投資銀行は持続可能な経済社会の実現のため、地域金融機関や事業会社と連携・協働した地域の自立・活性化の取り組みを進めていますが、本連載では、地域金融機関でM&A業務に携わる方々の思いや日々の取り組みに触れつつ、M&Aという観点から地域活性化を目指す地域金融機関の活動を紹介していきます。



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京都銀行 営業本部 M&A推進室
前段中央が上原学室長、前段右が石川紘平室長代理

  「地域金融機関に聞く『M&Aによる地域活性化の現場』」の第1回として、京都銀行の上原学M&A推進室長と石川紘平同室長代理にお話をうかがいました。

  京都銀行のM&A業務は、高い戦略的優先順位を設定し、地域の特色と広域型地方銀行というビジネスモデルを背景に、営業店とM&A部門が連携した組織的な取り組みを推進しており、手数料収益も5年連続で過去最高を更新し、2018年度に海外案件を成約させるなど、発展を続けています。

  また、M&A業務の重要性を意識し、自行でM&Aの業務遂行のノウハウを蓄積するため2007年以降積極的な人的投資を進めてきた経営判断の先見性が、現在の業務体制の構築に繋がっています。

1.M&A業務の戦略的・組織的位置づけ

  京都銀行は、高い戦略的優先順位を設定してM&A業務へ取り組んでいます。

  2017年3月13日に公表した第6次中期経営計画「Timely & Speedy」(計画期間2017年度~2019年度)におけるメインテーマは「コンサルティング機能の発揮~つなげる~」で、法人業務では「お客さま同士を繋げる、事業拡大に繋げる、海外へ繋げる、次世代に繋げる」というコンセプトを設定し、M&A・事業承継をビジネスマッチング等と並ぶ注力分野として位置づけています。前中期経営計画の対象期間は積極的な人的投資をするなどM&A業務の飛躍のための基盤固めの時期と位置付けたこともあり、現中期経営計画はその最終年度となる2019年度に10億円のM&A関連手数料収益の獲得を実現するという野心的な目標を設定しています。

  「金融市場における資金余剰は言うに及ばず、フィンテックの進化を背景とする異業種からの参入など既存の金融機関にとっては非常に厳しい局面を迎えているが、逆にここをチャンスと捉えて突破できれば大きく飛躍できると考えます」(上原室長)。地域金融機関としてその地域の顧客企業へ貢献するため、顧客企業の有する事業承継や成長戦略の推進といった課題の解決に向けたコンサルティング機能の発揮は不可欠であり、中でもM&A業務の重要性は増しています。また、M&A業務は、顧客の経営課題の解決に貢献し、収益を受領できるだけではなく、M&Aでのやりとりを通じて顧客との関係を強化し、更なる経営課題の議論へと繋げる、買収資金の支援や譲渡資金の運用提案等周辺の金融業務を受託するなど、大きな波及効果が期待できることも魅力です。

  また、京都銀行は「広域型地方銀行」という特徴があり、「3.M&A業務の特徴・具体的事例」で後述するような、地域を繋ぐM&Aでも独自性を発揮しています。

2.M&A業務の体制・体制構築までの道程

(1)M&Aの業務体制

  京都銀行のM&A推進室は営業部門を統括する営業本部内の室長以下12名の専任者からなる組織であり、年間の受託件数が20~30件、成約件数は15~20件(受託件数・成約件数ともに支援先数。仲介業務の場合は1案件について2件として計算)となっています。M&A推進室内に東京駐在者と医療・介護分野の専門の担当者を配置しています。

  営業本部は、全行的な営業戦略を企画立案する営業企画・開発機能と営業部門の具体的なソリューションを支援する営業推進機能の二つの機能を有していますが、M&A推進室は後者の機能の一部を担っています。(図「営業本部の組織」参照)


  M&A情報は、主に営業店から入手していますが、M&A業者との情報交換の中で入手しているものもあります。前者については、営業店が事業承継や成長戦略に関するM&Aニーズをヒアリングすると、営業本部内の第1~第6までのエリア長や法人コンサルティング室・コンサルティング営業特化チームに伝達され、その前捌きのもとM&A推進室が顧客企業を往訪することが標準的なプロセスとなっています。また、各エリア長は、支店長経験者が配属されており、そのような経験者の知見が営業店と営業本部の連携を効果的なものとしています。

  この場合、営業店の感度や積極性が重要となりますが、地域金融機関として早期からM&Aに取り組んで実績をあげていることが強みとなって、顧客企業への訴求や、営業店と法人コンサルティング室・M&A推進室の円滑な連携に貢献しています。

  営業店対応では、営業会議等における支店長レベルへのM&A業務の意識づけに加えて、営業担当者向けのM&A基本事項の研修・勉強会及び行内ニュースにおけるM&A成約事例のポイント・獲得成果の解説といった情報発信を積極的に展開しており、「経営者の方が漏らした何気ない一言を大切に受け止めて、組織として対応」(上原室長)すべく、営業店におけるM&Aの初期動作の感度やニーズヒアリングの精度を向上させています。

  営業店にとっても、M&Aというソリューション提供を通じた顧客企業との関係強化に加えて、M&A手数料も重要なインセンティブとなっています。特に、現在のような厳しい金利環境におけるM&A手数料は営業店の業績のJump Upにも繋がるため、顧客の課題解決と収益獲得の両面から営業店の関心が高く、「今月も若手行員向けのM&Aの自主的な勉強会を企画したところ、一週間で約100人が集まり、M&A推進室側が驚いたほど」(上原室長)の反応がありました。

  一方で、中小・零細企業、個人事業主にまで裾野が広がったM&Aの相談に十分応えることが難しく、「本来なら地域のために対応したい案件がもっとありますが、マンパワーの問題で十分対応できていない」(上原室長)という悩みを抱えています。

(2)体制構築の道程

  京都銀行のM&A推進室は、早期から戦略的な人的投資を継続したことにより、現在の業容を確立するに至っています。

  2001年に法人部門内で専任者を置かずにM&A業務を開始しましたが、当時はM&Aブティックと連携した取り組みを中心としていました。しかし、M&Aを業務の柱に据え、そのために自行にノウハウを蓄積し業務を完結できる体制を構築するという方針を決定し、2007年に法人金融部(法人部、営業支援部を経て現営業本部)にM&A推進担当という専任者を配置しました。当初に配属された担当者は証券会社のM&A部門への短期間の出向は経験するものの「(株式譲渡)契約書やバリュエーションモデルといった専門スキルや営業店との連携方法も白紙という全くの手探り状態から、先行している地域金融機関に教えを請い、試行錯誤を続けながら、少しずつ自行内で業務体制を整備してきました」(石川室長代理)。

  「立ち上げの頃は、成約実績が数えるほどしかなく、(顧客企業との面談の際に)伝わり易いようどのように説明をしようかと悩みましたが、今では開示できるだけでも70件ほどの成約実績があり、M&A推進室のメンバーはお客様のニーズに類似する過去の事例を引用しながら案件のポイントが説明できるようになってきています」(石川室長代理)。

  2008年から着実に成約実績を積み重ねていき、1名から始まったM&A推進担当がM&A推進グループとなり、2015年4月に現在のM&A推進室へと組織としての拡大にも繋がっています。

  また、2014年から開始した2年間でM&A人材20名を養成するプログラムも特筆すべき取り組みとして挙げられます。入行5年目以上の行員を対象に、行内のM&A部門への短期間の配属と外部機関への出向という期間半年のプログラムを提供し、そのプログラム参加者の多くを営業店に配属することで、銀行全体のM&Aリテラシーの引き上げを図りました。このプログラムには当初計画数を超過して25名が参加することとなり、営業店にもM&A業務の肌感覚を有する人材が多く配置されることで、営業店内でどのように対応すべきか相談でき、初動の精度が向上することとなりました。

  このように、M&A部門と営業店が連携しながら銀行全体としてM&A業務に関するノウハウの蓄積を図ってきた点に京都銀行の強みがあると考えられます。

  業務面での試行錯誤はあったものの着実にM&Aの成約実績が積み上げられていきましたが、一方で、管理体制の整備には多大な時間を要することとなりました。

  「M&A業務は、行内のいかなる業務とも性質が異なっているため、従来の行内規程では対応しきれない部分が多くその調整に苦労をしました。また、新しい業務になるため、各種法令の適用状況なども調べる必要がありますが、参考となる図書もなく、まさしく暗中模索でした」(石川室長代理)。融資や役務提供といった顧客企業と自行のみの関係を前提とした行内規程は、M&Aの買収企業と譲渡企業の間に入って調整をするM&A業務と前提が異なるため、M&A業務に制約をもたらすこともあります。このあたりは、M&A業務の業界慣行を、管理部門にも少しずつ理解してもらいながら、行内規程の運用にも反映していきました。

  また、「M&A推進担当という担当者2・3名の頃には業務手順や行内調整の方法も口頭ですぐに共有できましたが、5名、10名と人数が増すにつれて、文書化して共有する必要がでてきました」(石川室長代理)。増員の過程では、業務経験に差が生じてしまうため、管理業務や管理体制の整備にエネルギーを投じましたが、個別案件の対応と並行して進めなければならないため多大な負担がありました。

  行内規程等の整備と並んで苦労したこととして、「地域金融機関のM&A部門における最大の課題は、人事異動です」(上原室長)。地域金融機関では、A銀行ではX氏、B銀行ではY氏など、著名なM&A担当者を擁することが多いですが、その場合、X氏・Y氏の個性がその銀行のM&A業務の性質を決定づけてしまう側面もあり、また反対に、X氏・Y氏が異動になると急激に精彩を失う光景も見受けられます。

  この点、京都銀行は、「10年間この部署にいて、過去の事例等から適切なアドバイスをしてくれる石川(室長代理)の役割が大きい」(上原室長)のは紛れもない事実ですが、加えて、M&A部門で一定の経験を積んで営業店で活躍する人材と比較的長くM&A部門に所属してノウハウを維持・発展する人材のバランスを図った人事異動を実現しています。その中で、組織として業務にあたるためのマニュアル等の体制を整備するとともに、各案件を2-3名の担当者で取り組むこととして、ノウハウの共有による業務品質の平準化と人材育成を両立させることで、M&A推進室としての組織的な対応力を向上させるべく取り組んでいます。
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