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[【全体】M&A入門-M&A戦略立案からPMIまで(PwCアドバイザリー合同会社)]
(2015/07/22)
第4回「エグゼキューションの全体像」
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はじめに
M&A入門連載第4回である今回からは、M&Aのエグゼキューションについて、第6回まで3回にわたって解説していきます。
M&Aと聞いて多くの方々がまず思い浮かべるのは、条件交渉や価格算定が含まれるエグゼキューションのシーンではないかと思います。M&A取引の関係者は、M&A取引が成立するまでは情報の秘匿性を確保することを重要視しますので、どんなM&A取引が水面下で動いているのか、ディールの最中に報道されることはほとんどありません。またM&A取引に関与する財務アドバイザー(「フィナンシャル・アドバイザー」や「FA」とも呼ばれます)や、弁護士、会計士や税理士、コンサルタントといった専門家は、クライアントである買い手に守秘義務を負っていますので、M&A取引においてどのような動きがあったかについて、自ら情報開示することはまずありません。したがって多くの方々が思い浮かべるエグゼキューションのシーンとは、実のところはヴェールに包まれた世界なのではないでしょうか。第4回は、このエグゼキューションの一般的な流れについて説明します。エグゼキューションの中でも、まさに一大作業といえるバリュエーション、デューデリジェンス(以下「DD」といいます)については、それぞれ第5回、第6回で掘り下げて解説します。
なお本連載は入門編ですので、会計・税務・法務等のテクニカルな個別論点については深追いし過ぎず、むしろエグゼキューションにおける全体像や各工程において留意すべきポイントを把握できるように解説していきます。では以降、この流れに沿って各ステップの概要を概説していきましょう。
①買収意向表明~初期的検討
エグゼキューションは、本連載第3回で解説したM&A提案(仕掛け)の結果、売り手が「話を前に進めてもいい」という姿勢になった時から始まります。
売り手の前向きな姿勢に基づき、買い手は①買収意向表明を売り手に提示します。それとほぼ同じタイミングで、当事者間(通常、売り手、買い手、対象会社の3者)で秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement,:以下、「NDA」という)を締結します。
NDA締結後、買い手は対象会社から定性的・定量的な内部情報を入手することができますが、この段階でどの程度広く深い情報が対象会社から開示されるかは案件によって異なります。一般的には、初期的段階であるこの時点において、対象会社から開示される情報量は、第6回で解説するDDで入手する情報量と比較して極めて限定的です。むしろこの時点では概要情報しか開示されないと考えて頂いた方が良いと思います。
買い手は、初期的段階からより多くの情報を入手したいと考えます。一方で、この時点では案件成立は全く不透明であり、相互の信頼関係も未だ構築されていないことが多く、対象会社は自社の内部情報についてなるべく開示したくありません。特に、買い手が同業他社の場合、秘密保持契約を締結しているとはいえ、案件が不成立に終わると、対象会社はその後、自社の内部情報が競合に流れている状態で戦うことになるわけですから、なおさら情報開示には消極的になります。初期的段階では、まずは話を前に進めることが重要ですので、売り手や対象会社にとって心理的に大きな負担にならない範囲で、彼らの感情を慮りながら情報提供の依頼を行っていくのが、買い手にとって賢明なアプローチと言えるでしょう。
そのような限定的な情報しか入手できない状況ではありますが、買い手は、これらの情報をもとに、買い手社内で①初期的検討を開始します。具体的には、本連載第1回で解説したM&A戦略策定フェーズで立てた戦略目標の達成可能性を再確認し、買収金額や買収スキームなどをおおまかに事前想定しておくという作業を行います。そのうえで、来たるべきDDや交渉に備えて、DDにおける論点を抽出し、交渉上留意すべき点を明確にしていきます。
②基本合意締結
買い手は、社内で①初期的検討を進めながら、売り手と少しずつ踏み込んだ交渉を重ねていきます。そしてある程度方向性が定まったところで、それまでに当事者間で合意できた事項を書面にしておくことが多いです。これを②基本合意と言います。基本合意は、MOU(Memorandum of Understanding)、もしくはLOI(Letter of Intent)と呼ばれることもあります。
基本合意を締結することは、法律で定められているわけでもありませんし、エグゼキューションにおいて必須という訳でもありませんが、実務上、多くのM&A取引において基本合意が締結されています。買い手にとっては、売り手から独占交渉権を確保したい場合は、それを売り手と約束したいですし、初期的検討の間に当事者で確認してきた内容を一旦整理しておくと、後で「言った、言わない」という不毛な議論を防ぐこともできます。また、その後に実施されるDDへの協力を明記しておくと、DDをよりスムーズに進めることも期待できます。
基本合意で定める事項は、たとえば以下のような項目で、独占交渉権や秘密保持契約などの一部条項を除き法的拘束力を持たせない形にすることが一般的です。案件によってシンプルな内容から、ほぼ最終契約と同等のものまで様々です。項目も以下に限定されず、この段階までに双方合意できた項目が盛り込まれます。逆に下記の項目すべてが含まれる訳でもありません。
売買金額の目安については、注意が必要です。法的拘束力が生じない形であったとしても、一旦金額が記載されると、その数字を無視した交渉はしにくくなり、後の条件交渉においてこの金額が縛りとなることがあります。DD実施前の段階ですから、買い手は数字を明記したくないものですが、売り手が交渉優位にある場合は、売り手は売買金額の目安を明示しない限りDDには進まないという姿勢をとることもあります。こうした場合、売買金額を特定の値ではなく、レンジで記載して落としどころとする場合もあります。
この段階で合意項目をどの程度まで具体的に記載するかは、状況によって異なりますので、財務アドバイザーや弁護士と相談しながら作成するとよいでしょう。
基本合意までがエグゼキューションにおける一つのヤマであり、区切りとも言えます。基本合意に至らず、自然消滅あるいは交渉中断になるM&A取引が世の中には実に多くあります。
③DD
エグゼキューションを前半と後半に分けるならば、基本合意後が後半戦になります。基本合意後、エグゼキューションに求められるスピード感はぐっと上がり、複数のDDアドバイザーチームがディールに入ってくるなど、エグゼキューションに関与する人数も格段に増えます。スケジュールが遅延しがちになるのもこの頃からです。
基本合意後、買い手は、対象会社の実態を把握するためにDDを実施します。
一般にM&A取引における交渉当事者と言うと買い手と売り手の2者ですが、DDでは対象会社が主役です。DDについては、本連載第6回で解説しますので、ここではエグゼキューションにおけるDDについての留意点をお話します。
DDの期間、対象会社に関する情報量が増えるにつれ、買い手は知りたいことが次から次へと出てきます。拙速に結論を出して失敗することを避けたいため、買い手はDDや交渉には十分な時間をとりたいと考えます。他方、DD以降、対象会社の企業価値は毀損しやすい状態に入りますので、対象会社の企業価値を守る観点からは、DDに入ったらエグゼキューションの期間をいたずらに延ばさないように心掛けることも重要です。
たとえば、DDの期間、株主変更の可能性があることを前提として動かざるを得ないため、対象会社の経営陣は、新たな株主の経営方針が気になり、重要な意思決定をしにくくなります。そうなると日々の業務推進に支障が生じるようになりますし、新たな商機を逃すかもしれません。さらに、対象会社では多くの役員や社員がDDに関与しますので、DD関与者以外にも情報が漏れやすくなります。一般の従業員が当該M&A取引の存在について勘付くことになると、組織には不安が走ります。
また、DDを受ける立場になる対象会社は、DDへの協力が求められます。対象会社では、通常業務に加えてDDを受けるための準備作業や実際のDD対応に追われることになり、業務負荷は一時的に一気に高くなります。DD対応には、エース級の人材が出てくることが多いので、今度は通常業務を回す人材が手薄になり、本業に支障が出やすくなります。
DDの期間やそれ以降は、こういう状況になることから対象会社の企業価値にマイナスの影響が出やすくなります。したがって、DDに入ったら最終意思決定までの時間をいたずらに長期化させることのない進め方が買い手には求められます。初期的検討の期間を含めDDが始まるまでの期間で、DDの論点を予め固めておき、仮説検証型のDDを実施するなどの工夫をしながら効率的にDDを進めることが肝要です。
④バリュエーション(Valuation)
M&Aの対象となる事業や企業の価値を評価することをバリュエーションと呼びます。買い手にとってバリュエーションの重要性とは、第三者算定機関からお墨付きを得ることではなく、自分が新たな株主となったらどれ位の価値を付加的に創出できるかをシミュレーションすることです。こうしたシミュレーションは、高値掴みを避けるためにも重要です。これについては、本連載第5回において解説します。
[特集・特別インタビュー]
冨山 和彦(日本共創プラットフォーム 代表取締役社長、経営共創基盤 グループ会長)
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