[M&A戦略と法務]

2023年5月号 343号

(2023/04/11)

M&A検討時における「知る前計画」の活用についての考察

―― インサイダー取引規制上の留意点

荒井 悦久(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
第1 はじめに

 上場会社(以下「会社」という)がM&Aの実施に向けた検討を開始する場合、インサイダー取引規制の対象となるインサイダー情報を構成する場合も少なくない(注1)。そのため、インサイダー情報に該当するM&Aを検討する場合には、インサイダー取引規制に抵触しないよう、当該M&Aが公表又は中止されるまでの間、会社自身や当該M&Aについて認識している役職員等による自社株式等の売買等(注2)を制限する必要がある。

 そして、この場合、会社による資本政策としての自己株式取得やインセンティブプランとしての株式付与を目的とした自己株式処分(注3)といった行為が制限されることになるほか、会社の役職員によるその保有する自社株式の売却等が制限されることとなるが、M&Aを検討する場合、検討開始から公表までの期間が比較的長期にわたる場合もあり、会社や役職員にとって相応の制限となり得る。

 インサイダー取引規制に関しては、インサイダー情報を知る者同士による市場外取引(いわゆるクロクロ取引)等の同規制の適用除外類型があるが、その中には、インサイダー情報を知る前に締結された契約(いわゆる知る前契約)の履行又は決定された計画(いわゆる知る前計画)の実行としての売買等(注4)といった包括的な適用除外類型も存在する。本稿においては、上記のような制限の下で会社や役職員による自社株式の売買等を適法に実施する観点から、会社や役職員が自身の判断で作成することができる「知る前計画」の活用可能性とその課題について、検討したい。

第2 知る前計画の概要

1 知る前計画の要件

 知る前計画の実行としての売買等は、インサイダー情報を知った後に行われる売買等であったとしても、インサイダー情報を知ったことと無関係に行われた売買等であることが明らかであるといえる場合、インサイダー取引規制に基づく制限をする必要がないと考えられることから、インサイダー取引規制の適用除外類型とされている。このような考え方の下、インサイダー取引規制の包括的な適用除外類型としての知る前計画は、以下の要件のすべてを充足する必要があることとされている(有価証券の取引等の規制に関する内閣府令59条1項14号。なお、インサイダー情報には、会社の業務等に関する重要事実と公開買付け等に関する事実があるが、本稿における以下の記載においては、紙幅の都合上、会社の業務等に関する重要事実を念頭に置いた記載をしている点には留意されたい。)。
要件1 インサイダー情報を知る前に決定された書面による計画の実行として売買等を行うこと
要件2 インサイダー情報を知る前に、以下に掲げるいずれかの措置が講じられたこと
(1)知る前計画の写しが金融商品取引業者に対して提出され、当該提出の日付について当該金融商品取引業者による確認を受けたこと(当該金融商品取引業者が当該計画を共同で決定した者である場合を除く。)
(2)知る前計画に確定日付が付されたこと(金融商品取引業者が当該計画を決定した者である場合に限る。)
(3)知る前計画が公衆の縦覧に供されたこと
要件3 知る前計画の実行として行う売買等につき、売買等の別、銘柄及び期日並びに当該期日における売買等の総額又は数が、当該計画において特定されていること、又は、当該計画においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること
 知る前計画は、インサイダー情報を知る前に決定される必要があるが(要件1.)、ここでいう「インサイダー情報を知る前に」とは、「知る前計画の実行として行われる売買等の時点において知っているインサイダー情報を知る前に」という意味であり(注5)


■筆者プロフィール■

荒井氏

荒井 悦久(あらい・えつひさ)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。2012年12月弁護士登録。M&A、コーポレートガバナンス、ベンチャーファイナンス等を中心に企業法務全般に幅広く従事しており、上場企業における開示実務やインサイダー取引規制等に関する実務にも多数関与している。

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