[書評]

2010年10月号 192号

(2010/09/15)

今月の一冊『合併ハンドブック』

玉井裕子編集代表 商事法務/5200円(本体)

 合併をめぐる法制度は、会社法の対価の柔軟化を受けて、近年、目覚しく発展した。しかも、多岐にわたる。金商法、税制、独禁法、計算、労働法規制など合併取引を進めるうえで直面する課題がほぼこの1冊で分かる。弁護士が書いた本だけに契約書の文言、図表、書式も取り入れて分り易い説明になっている。
合併の意義や手続きでは、会社法の教科書では得られない知識を補充してくれる。普段なかなか読む気がしない会社法施行規則、会社計算規則の条文を読み解くのにも役立つ。たとえば、簡易合併の要件は、合併対価の価額が存続会社の純資産の額の5分の1を超えないこととされる。普通の教科書では、数行そう述べて、あと関連条文を記載するだけだが、本書はこの説明に5頁を充て、しかも、登記に当たり必要な証明書の書式も示されている。実務家がつくるハンドブックの良さだろう。
合併は、単純明快な組織再編で、余り選択肢がないと考えられてきたが、対価の柔軟化で多様なストラクチャーの検討と選択が可能になった。交付金(現金)合併を使えば、個々の株主と交渉・合意がなくても、合併の手続きを経ることで、消滅会社の株主の退出をより少ない取引コストで実現できる。事業会社によるグループ内組織再編の一環として、上場子会社を完全子会社化する取引などに使える、と本書は勧めている。

合併ハンドブック

最近、その第1号とも言うべき案件があった。ユニ・チャームとユニ・チャームペットケアがTOB不成立を解除条件として行った交付金合併である。TOBで、97.28%を取得したため、ユニ・チャームペットケアにとっては略式合併となり、上場企業でありながら株主総会の承認決議も不要となった。対価の柔軟化が、外資の買収でなく、日本企業の再編にいかに役立っているか、目の当たりにした思いがする。
対価の柔軟化ではこんな利用法の提案もある。合併で事業統合後のシナジーが見込まれるが、どの程度、実現できるか不透明な場合、とりあえず消滅会社の現在の事業価値に相当するものとして金銭を交付し、さらに将来実現可能性のあるシナジーの価値分として新株予約権を交付する。実務家にとって、工夫のし甲斐が大きいのだ。
合併と税務では、欠損金の取り扱いが重要になる。本書を読み進めているとき、たまたまヤフーによるソフトバンクIDCソリューションズの子会社化と吸収合併をめぐり、税務当局が、ヤフーによる繰越欠損金の使用を否認し、265億円の追徴課税を行った。こうした問題を考えるうえでも、本書が役立つが、なかなか難解である。
普段、見落としがちな人事・労務問題も詳説される。合併で1つの法人格の中に事業を統合する以上、従業員の雇用制度は統一することが望ましい。従業員にとって労働条件の不利益変更や余剰人員の整理も生じる。経営合理化が、合併の主要な目的の1つである以上、避けてとおれない。退職年金の統合など複雑な問題もある。
合併と一口に言うが、無事成功に漕ぎ着けるには多くのハードルを乗り越えなければならない。編者代表の玉井裕子弁護士は、日経文庫『会社合併の進め方』の著者である。新会社法下での合併の要点をまとめたものとして評価を得た。併せて読むと、理解が進む。
日本のM&Aが足踏みし、中でも大型合併が低調である。キリンホールディングスとサントリーホールディングスの統合失敗の後遺症もある。本書を活用して、合併をもっと使いこなし、日本企業の再生、強化に繋がることを期待したい。(川端久雄)
 

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