[書評]

2013年7月号 225号

(2013/06/15)

今月の一冊 『友好的買収の場面における取締役に対する規律』

 白井 正和 著/商事法務/8000円(本体)

今月の一冊 『友好的買収の場面における取締役に対する規律』 白井 正和 著/商事法務/8000円(本体)  会社の取締役と株主は利益相反関係にある。放っておくと、取締役は株主の利益を犠牲にし、自己の利益の追求に走る誘惑にかられる。M&Aの場面では取締役が買収防衛策を導入したり、MBOをしたりする場合に問題になる。従来、日本ではこうした利益相反性が顕著になる場面で、取締役をどう規律すればよいかが議論されてきた。

  しかし、この問題は広く友好的買収一般に共通する問題である。買収対象会社の取締役は、強い権限や交渉力を利用して買収後の役職や報酬を確保し、本来であれば株主にわたるべき利益の一部を自己の手にしている可能性がある。日本では株主の利益を図るという取締役の意識も低く、社外取締役も少ないことを考えると、取締役の自己利益の追求は、「野放しの状態」とも言えると著者は指摘する。

  このように利益相反関係が潜在的にある友好的買収の取締役の規律のあり方について、日本で初めて本格的に取り組んだのが本書である。実はこの問題は米国では20年以上にわたり論議されてきた歴史がある。米国法が試行錯誤の結果、生み出した「知恵の結晶」を詳細に探り、日本での解釈論と立法論の提言をしている。

  友好的買収の場面で、取締役の規律づけの仕組みは日本も米国も同じだ。一つは株主によるものだ。取締役が買収先の選択や買収条件の交渉をし、株主が受け入れるか否かを決める。二段階の判断枠組みをとり、株主が最終的に判断する。もう一つは裁判所の介入を通じた規律づけである。

  仕組みは同じでも、規律づけが実際に機能しているかといった「実効性」の点で日米は大きく異なる。株主による規律づけが機能していない点は、日本も米国も同じだが、裁判所の介入を通じた規律づけは、日本では機能していないのに対し、米国ではよく機能している。

  どうして米国では裁判所の介入による規律づけが機能しているのか。著者は二つ理由があると言う。一つは友好的買収の対象となる会社の取締役の行為が信認義務に違反するかどうかの審査基準が形成されてきたこと、もう一つは株主による取締役の行為の差止請求が裁判所で認められていることによる。

   現在、審査基準は大きく三つに分かれる。その変遷や考え方などが詳細に語られている。米国・デラウェア一般会社法や判例法理、学者の研究論文が実に丹念に読み込まれている。下級審のデラウェア州衡平法裁判所の判決について、裁判官の考え方まで示されている。米国留学時代の成果なのだろう。本書の最も読み応えのあるところである。

  日本でも有名なユノカル基準やレブロン基準がつくられたのは、敵対的買収の場面だった。しかし、その後、友好的買収の場面でも使われるようになっている。レブロン基準は、敵対的買収で会社が売却状態になった場面では、取締役は株主の利益のために最善の価格を獲得しなければならないというものだったが、その後、友好的買収で取締役が会社の支配権を移転する取引に着手した場合に、株主に最善の取引を実現するため合理的に行動する義務とされている。またユノカル基準は、敵対的買収で防衛策の有効性を判断する基準だったが、今では友好的買収で買収会社と対象会社との間で結ばれる取引保護条項の有効性を判断する際の基準となっている。株主の判断権限を奪う点で、防衛策も取引保護条項も共通しているからだ。このほか、完全な公正の基準や、これらに当てはまらない場合に使われる経営判断原則でも、取締役の責任が重くなっていることが解説されている。

  審査基準が複数並立する背景には、二つの相反する考え方がある。友好的買収の場面では、潜在的な利益相反問題が存在することから株主の利益確保のために広い裁量を与えられている取締役を規律づけする必要がある、いや、会社には株式市場からは認識できない隠れた価値が存在するから情報優位の立場にある取締役に広範な裁量を認めることで株主により多くの利益を帰属させることが可能になる、というものだ。裁判所は、現実の場面に応じてこの二つを調整し、審査基準を使い分けながら株主の利益を図っているという。

  では、日本は米国から何を学ぶべきか。日本で裁判所の介入による規律づけが機能していないのは、一つは取締役の善管注意義務・忠実義務違反の有無の判断の審査基準が確立していないからだ。米国法を参考に、対価が現金の場合のほか、買収側の株式であっても対象会社の取締役が会社支配権の移転を伴う取引に着手した場面ではレブロン基準を採用することなどを提案している。

  さらに、対象会社の取締役の行為について、不利益を受ける株主の差止請求を認め、裁判所の介入を通じた規律づけを実現するのが望ましいとしている。この点は、今回の会社法制見直しの要綱に「組織再編等の差止請求」として盛り込まれているが、差止請求の要件である法令・定款違反には取締役の善管注意義務・忠実義務違反は含まないと説明されている点については、疑問で、それも含めるべきだとしている。

  本書は、著者が東京大学大学院法学政治学研究科に提出した博士論文を基礎に加筆・修正したものである。日米の詳細な文献が引用されているが、これだけの文献を渉猟して、分析を加える力に驚くばかりである。今は東北大学准教授である。少壮学者の誕生に心からエールを送りたい。
(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

 

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