[対談・座談会]

2019年12月号 302号

(2019/11/15)

[座談会]2019年の企業法制の振り返りと論点~グループガバナンス指針/MBO指針/ヘッジファンド・アクティビズム他~

【出席者】
石﨑 泰哲(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)
三和 裕美子(明治大学 商学研究科 教授)
山田 剛志(成城大学 法学部 教授)(以上 五十音順)
武井 一浩(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)(司会)
  • A,B,EXコース
左から武井 一浩氏、石﨑 泰哲氏、三和 裕美子氏、山田 剛志氏

左から武井 一浩氏、石﨑 泰哲氏、三和 裕美子氏、山田 剛志氏

<目次>
第一部 法制度に関する2019年の主要事象の紹介
第二部 ヘッジファンド・アクティビズムをめぐる動向
一  欧米の制度的対応の動向について
  1. 米国の動向
    • (1)
      ビジネス・ラウンドテーブルの株主第一主義の修正
    • (2)
      四半期開示修正の動き
    • (3)
      バージョンアップしている米国の買収防衛策
    • 米国の買収防衛策は有事導入が普通
    • Barnes & Noble事件
    • アクティビスト・ファンドに対する10%での差別的停止を適法としたSotheby’s事件
    • (4)
      複数議決権株式による上場、シリコンバレーのロングターム取引所創設
    • (5)
      WarrenのAccountable Capitalism Act
  2. 欧州の動向
    • (1)
      ショートターミズムの抑制に向けた株主権指令の導入
    • (2)
      複数議決権制度の導入
    • (3)
      英国におけるガバナンスコード改定
    • (4)
      企業側が実質株主を把握する制度(know your shareholder制度)の導入
二  米国における議論
  1. NRGエナジー社の事案
    私的和解とBoard Representation
    P&G社の事案
    CSX社の事案
    アメリカをinvestmentの国からpayoutの国に変えたという指摘
    米国ビジネス・ラウンドテーブル新宣言の背景にあるペイレイシオ・格差拡大の深刻化
    株主第一主義の背景にあるアメリカMBAのファイナンス理論
    金融環境が生んだヘッジファンド・アクティビズムの台頭
    企業の組織再編・M&Aを決めるヘッジファンド・アクティビズム
    日本への影響
    欧州における対応・議論
    大量報告制度よりタイムリーな実質株主の把握制度の導入
    スチュワードシップ・コードを採択している機関投資家の役割
    欧州の機関投資家はステークホルダー的な考え方を持っている
    ドイツにおける事例
第三部 ヨロズ事件東京高裁決定
  1. 買収防衛策の導入・廃止は株主総会決議事項でなく取締役会決議事項である
    日本において責任を増す伝統的機関投資家

第一部 法制度に関する2019年の主要事象の紹介

武井 「本年も2019年の企業法制の振り返りを行いたいと思います。

 第一に、今年6月28日に、経済産業省CGS研究会(座長 神田秀樹教授)(以下「本研究会」という)で取りまとめられた『グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針』(以下『本ガイドライン』という)が公表されました。コーポレートガバナンス・コードの内容等も踏まえ、ガバナンスの実質化に資するよう、実務に解きほぐす内容が述べられています。本ガイドラインはグループ・ガバナンスを取り上げています。本テーマは本年6月に政府で閣議決定された成長戦略の項目としても掲げられています。日本の上場会社の大半は子会社等を抱えた企業集団で経営していますので、グループ・ガバナンスの話は、多くの上場会社に関係します。

 いくつか重要な指摘がありますが、事業ポートフォリオマネジメントに関して、自社がベストオーナーになれるのがコア事業であり、中長期的視点からのノンコア事業からの撤退のための社内基準等のあり方、事業セグメント毎の投資収益率などの評価指標の設定、事業セグメント毎にBSやキャッシュフロー計算書を整備して、事業評価のための指標を設定する、などの考え方が示されています。

 守りのほうについても、不祥事の多くが子会社で生じているところ、グループ全体での中長期的な企業価値向上を支える適切なリスクマネジメント、事業戦略の確実な執行を支える仕組みのあり方について述べられています。子会社による迅速な意思決定とグループ全体でのガバナンスの実効性確保とのジレンマが生じますが、事業面での分権化に対していかに集権化の串を刺すのかがイシューとなります。

 親子上場の点はマスコミ等でかなり取り上げられました。親会社側について、『グループとしての企業価値の最大化の観点から上場子会社として維持することの合理的理由を示すとともに、支配株主として上場子会社の取締役の選解任権限について上場子会社のガバナンス体制の実効性を確保できるよう行使し、その適切性について、情報開示を通じて、投資家等に対して説明責任を果たすこと』が求められます。上場子会社側については、『①上場子会社におけるガバナンスの実効性を確保するためには、支配株主からの独立性が重要であることから、独立社外取締役の独立性判断基準については、少なくとも支配株主出身者(10年以内に支配株主に所属していた者)に該当するものは選任しないこと、②取締役会の独立社外取締役比率を高める(3分の1以上や過半数)ことを目指すこと、③利益相反取引が発生する具体的な局面においては、例えば、独立社外取締役(又は独立社外監査役)のみ又は過半数を占める委員会において、一般株主の利益保護の観点から審議・検討することとし、かつ、取締役会においても、その審議結果が尊重される仕組みをつくること、④一般株主の利益を確保するためにどのようなガバナンス体制を構築しているかについて、投資家等に対して情報開示を行うこと』が求められるとしています。

 第二に、2007年9月4日付『企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針』が、策定後の実務の蓄積や環境変化等を踏まえ2019年6月28日に『公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―』として改訂されました。①支配株主による従属会社(上場会社)の株式全部の取得が対象取引に追加されたこと、②各公正性担保措置の機能や望ましいプラクティスのあり方について詳細な整理が示されたことなど、変更点は多岐にわたっています。実質的な内容に着目すると、新指針の内容は、旧指針において提示されていた基本的な考え方や実務上の対応の多くを受け継いでおり、旧指針の下で行われていた実務を否定するものではなく、新指針における基本的な考え方やその下で行われていた実務の枠組みを改めて整理した上で、より充実した実務上の工夫等を詳細かつ具体的に提示することで、旧指針に込められていた趣旨を深化・浸透させる内容となっていると評価できます。この新指針の内容については別途詳細にいろいろと取り上げられていますので、これ以上の詳細は省略します。

 第三に会社法改正がありますが、本座談会時点では要綱であり法律改正案等は公表されておりませんので、今日はとりあげないことにします。

 第四に、買収関連で、買収防衛策に関する重要判例として、ヨロズ事件の東京高裁決定が今年5月に出されました。この点は最後にとりあげます。

 第五に、2019年秋からスチュワードシップ・コードの改訂の議論が開始されます。その関連で、今年春にコードのフォローアップ会議から意見書が出されております。いろいろな事項が取り上げられておりますが、議決権行使助言会社に関して『2017年のスチュワードシップ・コード改訂において議決権行使助言会社の責務が明確化されたものの、その助言策定プロセスが依然として不透明であり、個々の企業の状況を実質的に判断するために必要な体制が備わっていないのではないか等の指摘がある。パッシブ運用が広く行われる中で多くの運用機関が議決権行使助言会社を利用している実態を踏まえると、企業の持続的成長に資する議決権行使が行われるためには、個々の企業に関する正確な情報を前提とした助言が運用機関に提供されることが重要である。こうした観点から、議決権行使助言会社において、十分かつ適切な体制の整備と、それを含む助言策定プロセスの具体的な公表が行われるとともに、開示された情報に基づく判断のみならず、自らと企業との対話も積極的に実施することが期待される。また、運用機関についても、企業との相互理解を深め、建設的な対話に資するため、議決権行使助言会社の活用の状況について、利用する助言会社名や運用機関における助言内容の確認の体制、具体的な活用方法等のより詳細な情報の公表を促すことが重要である』と述べられています。
[後注:2019年10月には産業競争力強化法を活用した上場会社によるスピンオフ案件が公表された]

 以上の点について石﨑先生のほうから、実務に与える影響等を含め、少しコメントを頂けますでしょうか。

石﨑 「西村あさひ法律事務所の弁護士の石﨑と申します。コーポレート業務やM&Aを専門としており、上場会社が関与するM&Aやアクティビスト対応等の業務にも携わっております。

 武井先生からご紹介頂いた企業法制の動きは、いずれも実務的にも相応のインパクトを有すると考えられます。本ガイドラインに関しては、親子上場の在り方を含めた、グループとしてのガバナンスの在り方について、改めて各上場企業が検討を行うことになると考えられます。

 また、『公正なM&Aの在り方に関する指針』のM&A実務に与える影響も大きなものとなると予想されます。この指針に示される公正性担保措置に沿った対応を取ることで、事後的な裁判においても取引条件が公正なものと判断される蓋然性が高くなるという意味で、指針が対象とするM&A取引における予測可能性を高める機能を果たすのではないかと思われます。また、指針が直接の対象とするMBOや上場子会社の株式取得取引はもちろんですが、これらには直接該当しないものの、一定の構造的な利益相反や情報の非対称性が懸念される事案については、多くの場面で新指針の公正性担保措置の方法論が参照されることとなると思われます。

 このような行政サイドでの動きに加えて、司法の方から、久しぶりに買収防衛策に関する重要な判断がなされたのが、ヨロズ事件の東京高裁決定です。詳細は後で取り上げますが、会社法上の権限分配の根本論に関して裁判所の判断を示すものとして、実務的にも大きな影響があるものと思われます」


第二部 ヘッジファンド・アクティビズムをめぐる動向

一 欧米の制度的対応の動向について

武井 「次に参ります。M&Aにも絡んで、ヘッジファンド・アクティビズムの活動は依然として世界的に極めて隆盛で、今年日本にも本格上陸したと言われています。ヘッジファンドは運用を委託されたアセットオーナーから標準より高い運用収益を求められます。ファンドマネジャーも運用収益による成功報酬を受け取ります。ヘッジファンド・アクティビズムを先行的に体験した欧米では、ショートターミズムという観点を含め、いろいろな議論がなされています。そこでまずは石﨑先生のほうから、欧米の状況の概要を制度的な事項を中心に紹介をお願いします」

1 米国の動向

(1)ビジネス・ラウンドテーブルの株主第一主義の修正

石﨑 「まず米国における状況ついてご報告させていただきます。米国企業はリーマンショック後の過剰流動性供給の影響から、投資家の短期主義的なリターンを求める圧力にさらされている状況が継続していました。米国の上場企業の中には『過激な株主還元要求等をつきつけてじきにいなくなる株主よりも、今後も長くいてくれる株主のために経営したい』と考えている経営者は多いのですが、現実には潜在的なアクティビストからの圧力に屈して、中長期視点からは必ずしも適切と考えている訳ではないにも関わらず、事業売却や過度な株主還元、財務エンジニアリングを選択してしまっている企業も多いという状況があります。もっとも、少し潮目が変わってきていることも事実です。象徴的なのは、米主要企業の経営者団体『ビジネス・ラウンドテーブル』が本年8月19日、従来の『株主第一主義』を見直し、企業がより幅広いステークホルダー(利害関係者)に配慮することを推奨する声明を出しました。これを受けた企業の具体的動きは見えていませんが、大きな地殻変動をもたらす可能性もあります」

(2)四半期開示修正の動き

石﨑 「もう一つ付け加えますと、米証券取引委員会(SEC)のジェイ・クレイトン委員長が昨年12月に2019年の活動計画を説明した中で、企業業績の四半期開示義務を巡って、短期主義を招いているとの議論があると指摘した上で、この点に関して市場参加者から幅広く意見を募ると表明している点が注目されています。四半期開示については、EUでは「上場証券の発行者についての情報の透明性に関する指令」(透明性指令、EU Transparency Directive )が、2004年12月に四半期開示制度を暫定的に導入しましたが、2013年10月の改正によりかかる開示義務を廃止しており、主要国でも四半期開示は法定の義務とはなっていません。このような欧州各国の動きもある中で、米国においても、四半期開示の功罪について議論が活発化していることが見て取れるところです」

(3)バージョンアップしている米国の買収防衛策

石﨑 「次に買収防衛策についてです。米国の買収防衛策は、

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