第1 はじめに
クロスボーダーのM&Aや投資案件で最近急激に存在感を増してきたものがある。CFIUSである。
CFIUSとは、対米外国投資委員会 (Committee on Foreign Investment in the United States)の略称であり、米国の国家安全保障への悪影響を生じるかという観点から、外国投資家からの一定の要件を満たす投資・買収を審査する権限を持つ米国政府の複数の省庁から構成される委員会である。CFIUSは、外国投資家からの投資等が米国の国家安全保障に対する悪影響があると判断した場合に、大統領に対して対象取引の中止、禁止、又は取消しを命じることを勧告でき、大統領はこの勧告を受けて、当事者に対し命令を発出することができる。
CFIUS自体の歴史は古く、1975年に組織されたものである。しかし、従前は防衛産業等の機微に触れるような産業への投資等、ある意味ではある程度は実務家の感覚から「危ない」と感じられるM&Aや投資案件以外の場合には、簡単にネガティブチェック的に検討されるようなことが多かった。
しかし、近年CFIUSによる規制を理由として案件が中止になったり、あるいはスキーム変更を行うことが余儀なくされるようなケースも出てきており、その存在感が非常に大きくなってきた。特に2017年以降、CFIUSが現に調査を行ったとされる事例が急増しており、それに関連する多くのニュースが紙面を賑わせることとなった(図表1)。
(図表1)CFIUS審査通知書、取下げ、大統領令等の件数(2012年から2018年) 年 (1)CFIUSへの通知書件数 (2)CFIUSが調査開始した件数 (3)大統領令の発動件数 (4)却下された通知書の件数 (5)通知書が取り下げられた件数 (5-1)通知書取下げ後、再通知の件数 (5-2)通知書が取り下げられ、断念された件数(注) (5-3) (5-2)以外の理由により取り下げられた件数 2012 114 45 1 不明 22 12 不明 不明 2013 97 48 0 不明 8 1 不明 不明 2014 147 51 0 1 12 7 2 3 2015 143 66 0 1 13 9 3 1 2016 172 79 1 0 27 15 3 9 2017 237 172 1 0 74 44 24 6 2018 229 159 1 2 66 45 17 4
注:図表1の(5-2)でいう当事者によって「断念された」場合とは、(1)CFIUSから取引の実行による国家安全保障への悪影響を緩和することが出来ないことから大統領の判断を仰ぐことになるという通知を受けた、または、(2)CFIUSから受け入れることが出来ない問題解消措置を提案されたなどの理由により、当事者が通知書を取り下げ、取引の実行を断念した場合を含む。 出所:米国財務省「Covered Transactions, Withdrawals, and Presidential Decisions 2014-2018」(https://www.treasury.gov/resource-center/international/foreign-investment/Documents/CFIUS-Summary-Data-2014-2018.pdf) 並びに2012年及び2013年のCFIUS「ANNUAL REPORT TO CONGRESS」(https://www.treasury.gov/resource-center/international/foreign-investment/Pages/cfius-reports.aspx より入手可能)を元に筆者作成
また2018年8月には、国防権限法の一部としてFIRRMA(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018)によるCFIUSの権限強化がなされた(注1)。
FIRRMAが成立したタイミングがトランプ政権成立後であり、いわゆる米中貿易摩擦のニュースとともに論じられることも多いため日本では誤解される向きも多いが、FIRRMA自体は共和党及び民主党の超党派議員によって国会に提出されたものである。したがって、CFIUSの権限の強化は一過性のものではなく、2020年の大統領選挙の動向にかかわらずこの流れは続くものとみるものも多い。 そのような中、2020年2月13日からFIRRMAの2つの最終規則が施行された。これは2019年9月に提案された規則案に対して出されたパブリックコメントを受けて一部修正されたものである。紙幅の関係で詳述できないが、本稿では簡単に最終規則の内容について触れたい。
第2 FIRRMA最終規則の概要
今回の最終規則は、2018年11月から暫定的な措置として行われていたいわゆるパイロット・プログラムを引き継ぎつつ新たにCFIUSの権限を強化させるものであり、特に重要なポイントは以下の通りである。なお、定義などの部分的な修正などはあったものの、2019年9月に提案されたFIRRMAの規則案から重要な変更はなされていない。