[【DD】M&Aを成功に導くビジネスDDの進め方(PwCアドバイザリー合同会社)]

(2020/01/29)

【第1回】ビジネスDDの目的と概要

松田 克信(PwCアドバイザリー合同会社 ディールズストラテジー&オペレーション パートナー)
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はじめに

 今回から、ビジネスDD(デューデリジェンス)をテーマに連載を始めさせていただきます。ビジネスDDと聞くと、これまでM&Aに携わったことのある人であれば、ピンとくると思いますが、そうでない人にとっては???となるのではないでしょうか。

 本連載では、そもそもビジネスDDはなぜ行うのか、何を行うものなのか、どのように進めていくべきかについて筆者なりの体験も踏まえて解説していきたいと思います。

 また、近年、ビジネスDDでカバーすべき論点も拡大してきています。本連載では、近年、ビジネスDDで議論となった新しい論点についても触れていきます。

 まずは第1回として、そもそもビジネスDDはなぜ行うのか、その目的について説明していきたいと思います。

第1回 ビジネスDDの目的と概要

(1)そもそもビジネスDDとは?

  • まず、ビジネスDDとは何かについて考えてみましょう。ビジネスDDとは、ざっくりいうと、M&A等に際して対象会社(事業)の事業状況を精査し、将来計画を精緻化することになります。一般的には、「市場状況(マクロ環境や競合動向など)」と「対象会社(事業)の強みと課題」を分析することで、対象会社の作成した事業計画の妥当性を検証していくことです。その上で、必要に応じて事業計画を修正します。その目的は大きく「Valuationへの反映」と「今後の事業戦略の立案」となります。その目的については、財務DD、税務DD、法務DDと少々異なる点があります。財務DD、税務DD、法務DDについては、対象会社がM&A等を進めるに際して、致命的な問題を抱えていないかを調べる視点が重要になります(もちろん、それ以外の視点もあります)。一方、ビジネスDDに関してはDDを通じてM&A等を中止するような致命的な問題点が抽出されることはあまりありません(もちろん、ゼロではありませんが、、、)。ビジネス上の課題は多く発見されますが、戦略上の課題であることが多く、Valuationへの反映点として認識すると同時に、今後の事業戦略策定にどう組み込んでいくかという議論になることが多くなります。
  • Valuationへの反映に関しては、「スタンドアローン」「シナジー」の2つの視点が必要となります。スタンドアローンとは対象会社(事業)単独という意味です。対象会社(事業)単独での事業計画を精査し、単独での企業(事業)価値を算出します。その上で、定量的に組み込むことが可能なシナジーを入れ込んで企業(事業)価値として認識を行います。ただし、シナジーについては定量化できる項目がそれほど多くないことも事実です。一般的には、まず、対象会社が作成したスタンドアローンの事業計画の妥当性を検証し、必要な修正を行います。キードライバーの変動要因を特定し、その変動可能性を加味して、3パターン(アップサイドケース、ベースケース、リスクケース)での事業計画を作成します。そのうえで、定量化できるシナジーを盛り込んだケースを作成していきます。
  • ビジネスDDで行う事業計画の精査ですが、その多くは、営業利益(もしくはEBITDA(償却前営業利益))までをビジネスDDで精査することになります。ビジネスがどのような状況を財務的にとらえることができる営業利益(もしくはEBITDA)までについて、ビジネスDDで担当することになるのです。したがって、売上がどう推移していくか、原価や販売管理費がどう変化していくかといった点について、市場状況分析や対象会社(事業)分析を通じて検証を行っていくことになります。営業利益(もしくはEBITDA)以降は財務DDなどからの結果を加えモデリングチーム などが作成することになります。BSやCFについても同様にモデリングチームが担当し、ビジネス、財務、税務のDDチームが協力して3表が完成します。
  • もう一点、ビジネスDDの重要な目的である事業戦略の立案ですが、ビジネスDDの実施により、市場の先行きや対象会社の強みと課題が明らかになります。それを踏まえて、M&A後の事業戦略を検討していくことになります。
  • また、ビジネスDDの結果によっては、対象会社の課題を補う施策の実施や競争力の源泉となる要素の担保など、PMIや契約関連における条件などに影響を及ぼすこともあります。

(2)ビジネスDDの種類と主な実施内容

  • 一般的にビジネスDDと言われるものも、いくつかの要素を含みます。大きくはコマーシャルDDとオペレーショナルDD。また、ITDD、ガバナンスDD、サステナビリティDDなども広義にはビジネスDDに入ると理解できます。
  • コマーシャルDDとは、日本よりも海外でよく使われるワードですが、ビジネスDDのうち、トップライン(売上)に重点を置いたDDと言えます(コストサイドを見ないという意味ではありません)。市場環境、事業構造を分析し、自社の強みと課題を踏まえ、トップラインの蓋然性を精査していきます。コストサイドは、どの程度の対象会社(事業)の内部データや内部情報が取得できるかに拠りますが、一定の条件を仮置きし、事業計画に盛り込まれているコスト計画の蓋然性を精査していくことになります。
  • オペレーショナルDDとは、主に生産オペレーションをQCD(品質、コスト、納期)と4M(人、機械、材料、方法)の観点で分析することです。特にメーカーの場合、生産力が強みの根源になっている場合が多く、きっちりとオペレーションについて分析することが求められます。
  • ITDDは対象会社の情報システムの状況を把握し、M&Aに際して、今後の経営や事業でITに関してどのような課題があり、どのような対応をする必要がありそうかを分析していくことです。システム統合は場合によっては経営に致命的な影響を与えかねません。したがって、PMIをより強く意識したDDが重要となります。具体的には、使用している基幹システムが異なる場合にその対応をどうしていくか、対象会社の保有データの移行にどの程度のハードルがあるかなどを見ていくことになります。
  • ガバナンスDDは、対象会社のガバナンスが自社のガバナンス基準に合致するかを見ることです。子会社管理規程や決裁権限規定等の分析を行うことが第一歩ではありますが、運用がきちんと行われているかについても、ヒアリングなどで分析していきます。ちなみに、ガバナンス不備による不正、コンプライアンス関連などは法務DDでみることが多く、法務DDとの連携も求められます。
  • サステナビリティDDは、昨今、内容として含まれることが出てきたDDです。ESG経営やSDG’sなどサステナビリティをキーワードとした経営課題が多くなってきており、対象会社がそのような対応をきちんと行えているか、行おうとしているかについて、調べることになります。統合報告書のようなものがあれば、それをベースに分析を行いますが、中小企業などで対応ができていない企業に関しては、ヒアリングでの検証が主になります。消費財企業であれば廃棄物処理や工場労働(特に海外)、機械や素材系製造業であれば二酸化炭素排出に関する姿勢などがよく論点となります。

(3)典型的なビジネスDDの進め方(コマーシャルDDの場合)

  • 典型的なビジネスDDの進め方を、最もよく実施されるコマーシャルDDを例に見ていきたいと思います。すでに記した部分もありますが、実施ステップは、大きく3つに分けられます。まず初めに、スタンドアローンでの事業性評価を行います。ここでは、市場分析、対象会社(事業)分析を行い、客観的に対象会社(事業)の状況を分析します。市場は伸びていくのか、対象会社の強みは何か、逆に課題は何か、市場環境が変わっても対象会社の強みと課題は変化しないかなどを検証していくのです。
  • そのうえで、価値向上のポテンシャルを分析します。スタンドアローンでのアップサイドポテンシャルとシナジーによるアップサイドポテンシャルを検証します。スタンドアローンでのアップサイドポテンシャルは、トップラインとコストの両面でどのような価値向上(コストではコスト削減)が可能かを、その可能性と共に分析していきます。シナジーについては、一旦、想定される項目を抽出し、その上で定量化が可能な項目については可能な限り定量化を行います。ここで注意が必要なのは、シナジーはマイナスに働くこともあることです。ディスシナジーと言ったりします。取引先の重複などによるカニバリの発生が代表的なディスシナジーです。事業性評価の際にも対象会社にインタビューを行いますが、特に、価値向上のポテンシャル分析で重要なのはマネジメントインタビューです。仮説ベースで考えたポテンシャルに対して、マネジメントの考えをヒアリングし、その確からしさを検証してく必要があります。
  • 最後に、事業計画の修正(場合によっては、作成)となります。多くの場合、対象会社で事業計画は作成されています。しかしながら、対象会社が作成した事業計画は多くの場合、希望的観測も盛り込まれており、多くの場合、その蓋然性には議論の余地があります。したがって、まずは、スタンドアローンでの分析をベースに、業績に大きな影響を及ぼす因子をキードライバーとして設定し、キードライバーのブレ幅によって、いくつかのパターン(多くはアップサイドケース、ベースケース、リスクケース)でスタンドアローンの事業計画を作成します。仮に、対象会社で作成した事業計画がない場合(中小企業の場合、時々ありうる)には、一から事業計画を作成することになります。スタンドアローンの修正事業計画を作成したのちに、シナジーについて盛り込めるかどうかの検討を行います。
  • 大きな流れとしては上述のようになり、完成した事業計画を基に、3表(PL、BS、CF)作成、Valuation、PMIでの課題の抽出につなげていきます。

(4)ビジネスDDを進める体制

  • このようにビジネスDDを進めていくには、自社の事務局とビジネスDDを実施する専門家(多くの場合、コンサルティングファーム)の協力体制が不可欠になります。特に、自社の事務局は、経営視点から対象会社(事業)のビジネス視点での価値を判断できる人物に加え、願わくば、対象となる事業のメカニズムを理解できるメンバーがアサインされるべきでしょう。また、オペレーショナルDDに関しては生産プロセスを評価できるメンバー、IT DDに関しては自社のシステム関連に詳しいメンバーといった、各DDの目的を踏まえ、論点設定が可能となるメンバーが参画していくことが求められます。ビジネスDDを実施する専門家が客観的に精査した結果を、自社の視点できちんと理解できるメンバーが参加しないとシナジーの検討が難しくなるとともに、ビジネスDDの結果をM&A後の事業戦略策定に結び付けられないといった事態を招いてしまいます。
  • 昨今では知財関連に関するDDも弁理士などと協力し、ビジネスDDで実施することがあります。特に、ベンチャー企業(ライフサイエンスやフィンテックなどが典型的)などの場合、知財がビジネスの競争力の源泉となることが多いため知財のビジネス視点での価値を判断する必要があります。その知財がない場合にはどのようにビジネスが困難になるのか、別の技術の進展などで知財そのものの価値がなくなるなどは想定されうるのかなどを検証していくことになります。その場合、自社の知財関連部署の参加が必須となります。

 ビジネスDDとは何か、どう進めるかについてはここで紹介したことをベースに、案件ごとに案件特性などを考慮して調整が行われます。また、オペレーショナルDD、ITDDなどについては、それぞれで方法論があり、その方法論に沿って行われます。ただし、基本的には、対象会社の現在の状況を把握、分析し、強みや課題を明らかにして、事業計画に反映させていくという流れは変わりません。

 次回は、コマーシャルDDとオペレーショナルDDについて、それぞれの実施概要、実施における留意点などを見ていくこととしたいと思います。

■筆者履歴

松田 克信(まつだ かつのぶ)
15年以上のコンサルティング経験を有し、化学、消費財、金融、自動車、ライフサイエンス、不動産、SIer、半導体、運輸など、様々な業界のクライアント企業に対して、ビジネスデューデリジェンス、M&A戦略策定、成長戦略策定、新規事業立案、事業構造改革、経営管理強化などのプロジェクトを実施。コンサルティング業界に入る以前には、メガバンクでの不良債権管理・処理や法人融資経験も有する。また、近年、ビジネスにおけるサステナビリティの実現などもテーマにしたコンサルティング業務もリード。財務、事業、経営の3つの視点からの企業価値向上支援を強みとし、PwCアドバイザリー合同会社のディールズストラテジー&オペレーションチームの中心メンバーとして活動。

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