[【企業変革】価値創造経営の原則と実践(マッキンゼー・アンド・カンパニー)]

(2021/02/18)

【第1回】ニッポン株式会社に求められる価値創造経営

野崎 大輔(マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 パートナー)
柳沢 和正(マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 パートナー)
呉 文翔(マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 アソシエイト・パートナー)

< こちらの記事は、会員登録不要でご覧いただけます >

はじめに 

 本連載では7回にわたって価値創造経営の要諦を述べていきたい。いうまでもなく価値創造経営とは決して新しい概念ではなく、どんな企業であっても価値の創造を目指して経営をしているだろう。価値を創造することは商売の大原則であり、それを今更、改めて「価値創造経営」と呼ぶ必要などないと思われる読者も多いかもしれない。しかし一方で日本の企業は総体としてはコーポレートファイナンスの見地からの「価値」は必ずしも創造していないということもまた残念ながら現実である。見方を変えると価値を創造するどころか価値を破壊している企業も少なくないのである。つまり一見、当たり前に映る価値創造経営は必ずしも実践されていないといえる。

 なぜ日本の企業が総体としては価値を生み出していないのかに関してはさまざまな経緯があると考えられるが、それらを本連載で考察することはしない。過去の原因に目を向けることはもちろん大事ではあるだろうが、より重要なのは将来に目を向け、どのように価値創造経営を実践していくのかを考えることである。そしてそのための第一歩としては、そもそも価値創造とは何を意味するのか、それを経営として実践するためにどのようなことに留意するべきか、といった価値創造経営の原則を理解することだと考えており、それらを本連載では述べていきたい。具体的には以下のテーマについて各回で取り上げていく。

第1回:ニッポン株式会社に求められる価値創造経営

第2回:価値破壊の重力との飽くなき戦い

第3回:取締役会はいかに価値創造に貢献するべきか

第4回:価値創造のための経営企画機能

第5回:事業売却による価値創造

第6回:価値創造のための戦略

第7回:価値創造とシナジー


 昨今は新型コロナウィルスにより事業環境は急激に変化し、株式市場もまた大きく揺れ動いた。しかし、どのような状況においても価値創造経営の原則は不変であり、またこのような環境だからこそ、原則に立ち戻ることが有効であると筆者は考えている。

 本稿が少しでも日本の企業の価値創造に貢献できれば幸いである。

【1997年はエクイティガバナンスの幕開けであった】

 1997年は日本の資本市場において一つの転換点となる年であった。1997年には日本の大企業のバランスシートにおいて純資産が長短期借入金を上回ったのである[図1]。この時期は日本の金融機関はバブルの後遺症ともいえる不良債権問題に直面しており、山一證券の自主廃業、北海道拓殖銀行の破綻、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の国有化などの出来事が続け様に起こった。一方でエクイティ投資家の目線ではこの1997年はエクイティガバナンスの幕開けになった年と捉えることもできる。以降、日本の大企業のエクイティは積み上がり続けた一方で、デットはほぼ横ばいとなり、結果として負債資本倍率は低下し続けた。デット投資家に代わってエクイティ投資家がガバナンスの主役になったのである。

[図1]


【しかしエクイティ投資家はリターンを得ていない】

 しかしエクイティ投資家はその期間ほとんどリターンを出せなかったのである。1997年1月から2019年12月までの期間でTOPIXは18%しか上昇していない。一方で同期間にアメリカのS&P500は+333%、ドイツ株価指数は+366%、経済的な成熟期に入ったと言われているイギリスであってもFTSE100は+87%である [図2]。一般にエクイティ投資家は年率6~7%のリターンを期待すると言われているが [1]、その基準に全く届いていない。

[図2]


 しかしこの期間、日本の企業は決して成長しなかった訳ではない。1997年度から2018年度までの間に東証一部上場企業の累積の売上高は1.9倍(年平均成長率3.0%)になり、営業利益率も2.9%改善し、結果的に営業利益額も3.1倍(年平均成長率5.5%)に成長した。つまり売上高はもちろん利益も成長しているのである。一般に日本は人口減少に代表されるように低成長に直面しており成長性こそが課題と認識しているが、大企業は成長しているのである。

【日本企業は価値創造できていなかった】

 成長しているにも関わらず株価が伸びていないのは決して株式市場が非合理的だからではない。理由は価値創造をしていないためである。株主に対して企業が付加価値を生むためには自己資本利益率 (ROE; Return On Equity)が株式資本コストを上回っている必要があり、株式資本コストは6~7%程度と考えられているが [1]、ニッポン株式会社の過去20年のROEの平均も6.2% であり株式資本コストとほぼ同じ水準である [図3]。つまり株主に対してニッポン株式会社は価値を生んでいないのである。これでは株価の上昇は望むべくもない。むしろ株式市場は合理的に正しく評価をしてきたといえるのである。また資本構成に左右されない投下資産利益率 (ROIC; Return On Invested Capital)を見てもやはり世界的に低い水準である [図4]。日本企業は総体としては資本コストを上回る利益は出しておらずコーポレートファイナンスの見地からはこれまでに一貫して価値創造ができていなかったといえる。

[図3]

 
[図4]


【投資家の要求は高まっている】


 一方で株主構成に目を向けると、1997年度から2018年度までの間に金融機関の持ち分が減少し、それに替わって外国人投資家の比率が高まっている [図5]。外国の機関投資家は国内機関投資家に比べて日本の上場会社に期待する資本コストが高く [2]、より高いリターンを出すことが求められる。また2014年に策定されたスチュワードシップ・コードにより機関投資家もまた投資先企業との建設的な「目的を持った対話」が求められるようになった。更に一時期は下火であったアクティビストの活動も再度活発になり、株主提案数も増加している。このような環境においては株主の期待と要求は高まり、企業はそれに対してこれまで以上に応えることが求められているといえるだろう。

[図5]


【価値破壊は経営の問題である】

 このようにコーポレートファイナンスの見地からは大いに課題を抱えた「ニッポン株式会社」であるが、なぜ収益性が低いのだろうか?この原因は個別企業によって異なるかもしれないが、全体としては売上高が伸びているにも関わらず過去20年以上にわたってほぼ一貫して価値創造できていないのは、本質的には企業活動全体に責任を持っている経営に問題があるといえるのではないだろうか。

【価値創造は結果なのか?】

 コーポレートファイナンスの見地からは企業が一年間に生み出す付加価値はエコノミックプロフィットで表すことができる。そしてエコノミックプロフィットはROICから加重平均資本コスト (WACC; Weighted Average Cost of Capital)を引いたものに投下資産を掛けて算出することができる。ROICがWACCを上回っていれば当該企業は価値創造をしたことを意味し、下回っていれば価値破壊をしていたことになる。

 ROICや投下資産は財務諸表にある数字を組み替えることによって計算でき、財務諸表の数字は企業活動の結果であるため、価値創造もまたあくまでも結果であるといえる。この論理を展開し、価値創造は結果であり、それを直接的に追い求めるのではなく、競争力のある製品・サービスを魅力的な価格で顧客に提供し、競争力を磨いて利益を出すことこそが企業の目的であり、価値創造はその結果に過ぎないといった考えの経営者もいるだろう。

 しかし競争力を向上することを目指し、企業価値は結果であると考えて経営するのと、企業価値向上を目指し、そのために競争力を向上すると考えて経営するのでは、経営者の行動は似て非なるものとなるだろう。典型的なのは、何らかの投資を行うときに投資対効果や資本コストの概念が希薄になることが挙げられる。投資によって売り上げが伸びて利益さえ出れば問題ないと考える経営者も多いが、価値創造にコミットしている経営者であれば、例え利益が伸びるとしてもそれが資本コストを下回るのであれば決して投資はしないはずである。これは一見自明かもしれないが現実にはそのような事例は枚挙にいとまがない。

【株主資本主義の課題は認識しつつも企業価値向上に取り組むべきである】

 もちろん中長期的に企業価値向上を目指すことだけでは解決できない社会課題も存在する。企業が価値創造をするだけでは全ての社会問題は解決されない。また2019年にアメリカの主要企業のCEO (Chief Executive Officer)らが所属する経済団体であるBusiness Roundtableは企業の存在意義を、株主を第一とする方針から株主を含むステークホルダーを重視する方針に変更すると発表した例が象徴的な様に株主資本主義が発達したアメリカでも一定の揺り戻しの動きもある [3]。しかし日本では長期的に価値創造ができていない状況であり、その議論をするのは早計ではないだろうか。より厳密にはそのような議論があることは認識しつつも、日本の経営者は当面は第一には価値創造をすることを主眼に置くべきだろう。

【価値創造の原則はシンプルである】

 企業価値や価値創造などと書くと学術的、あるいは財務的で専門性が高い領域であり、このような議論はあくまでも学者ないしは財務・経理の領域であり経営者が考えるべきテーマでないと捉えられるかもしれない。しかし上述の通り中長期的な企業価値の向上は経営者のミッションであり、経営者こそが向き合わなければならないことである。もしも経営者が企業の活動がどのように価値創造に繋がっているのかを明確に理解していなければ、それは暗闇で運転をしているようなモノであり正しい価値創造経営はできないだろう。しかし幸にして企業価値の原則は極めてシンプルなものである。むしろ最初は単純過ぎると感じられるかもしれない。しかしその原則を正しく理解し腹落ちさせ、そして何よりもそれを実践する姿勢こそが日本の多くの企業には求められているのである。

 今回は価値創造経営の概要を紹介したが、次回以降はより実践的に価値創造経営について解説していきたい。


[1] 「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト。いわゆる「伊藤レポート」

[2] 「Equity Spread の開示と対話の提言」(柳良平;企業会計)


[3] Business Roundtable, Statement on the Purpose of a Corporation


マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社

■筆者略歴

野崎 大輔(のざき・だいすけ)
マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 パートナー

日本における戦略・コーポレートファイナンス研究グループのリーダー。
M&A、合弁事業立ち上げやその他のパートナーシップ締結、事業統合マネジメント、戦略立案、次世代リーダー育成など、幅広い分野に従事。日系企業のM&Aプロジェクトのプロセス全般における支援のほか、製造業、資源・エネルギー、消費財、ヘルスケア、戦略的投資家、機関投資家など、幅広いクライアントに関わる数多くのプロジェクトに従事。Kohlberg Kravis Roberts (KKR) およびゴールドマン・サックスでの勤務経験を持つ。

東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。


柳沢 和正(やなぎさわ・かずまさ)
マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 パートナー

日本におけるプライベートエクイティ・プリンシパルインベストメント研究グループのリーダーとして、プライベートエクイティおよび商社の成長戦略、M&A戦略、ビジネス・デューデリジェンス、買収後のバリューアップ、売却などのコンサルティングサービスを提供。加えて製造業企業から消費財企業まで幅広いクライアント企業に対して戦略立案やコーポレートファイナンスに関するコンサルティングサービスを提供。
東京大学工学系研究科修士課程修了。

呉 文翔(くれ・ぶんしょう)
マッキンゼー・アンド・カンパニー 日本支社 アソシエイト・パートナー

ポートフォリオ戦略、企業買収や事業売却などのコーポレートトランザクション、統合マネジメント、投資先企業の事業価値向上施策立案など豊富な専門的知見を活かして主にプライベートエクイティファンドや総合商社のクライアントにコンサルティングを提供。資源・エネルギー、電力、消費財、ヘルスケアなど、幅広い分野において数多くのプロジェクトに従事。
2015年からマッキンゼーの東京オフィスに参画。マッキンゼー入社以前は三井物産にてエネルギーセクターでの事業投資案件に従事し、数多くのクロスボーダーM&A案件を担当してきた経験を持つ。
慶應義塾大学法学部法律学科(学士)卒業/ハーバード大学経営学修士(MBA)修了。





バックナンバー

おすすめ記事

スキルアップ講座 M&A用語 マールオンライン コンテンツ一覧 MARR Online 活用ガイド

アクセスランキング