[【企業変革】TSR戦略とESG~どのようにESGを企業価値向上につなげるか(ボストン コンサルティング グループ)]

(2021/07/07)

【第1回】企業価値観点でのESGの重要性

加来 一郎(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー)
坂上 隆二(ボストン コンサルティング グループ パートナー&アソシエイト・ディレクター )
グレゴリー・ライス(ボストン コンサルティング グループ パートナー&ディレクター)

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はじめに

 企業経営におけるESG(Environment, Social, Governance: 環境、社会、ガバナンス)の重要性はかつてないほどに高まっている。メディアでもESGという言葉を見かけない日はない。一方で、経営層との議論のなかでは、ESGの重要性は否定しないが、ESGに取り組むことが本当に企業価値の向上につながるのか、ESGと業績(財務パフォーマンス)とのトレードオフをどう考えるべきか、ESGのさまざまな要素の中で何にフォーカスして取り組むべきか、といった悩みがよく聞かれる。


 本連載では、企業がESGに対してどのように向き合い、取り組んでいくべきかという問いについて、どのように企業価値につなげるべきか(もしくはどうすれば企業価値につながるか)という観点から検討していきたい。具体的には、以下のテーマを取り上げる予定である。

  • 第1回:企業価値の観点でのESGの重要性
  • 第2回:ESGとTSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)の関係
  • 第3回:企業はESGにどのように取り組むべきか―― 国内外の先端的な取り組みの紹介を交えて※
  • 第4回:日本企業への示唆
※2021年9月8日修正

企業にとってESGの重要性は高まっている

 そもそも企業にとってなぜESGが大切なのか。企業は社会に貢献すべき道義的責務があるという見方もあるが、より実際的な観点からの答えのひとつは、ESGに取り組んでいない企業は消費者や取引先から選ばれなくなるリスクがあるため、というものだ。BCGが2020年に欧米を対象に実施した調査では、消費者の67%が商品購入時に環境配慮型の商品かどうかを考慮する、59%が環境負荷の高い包装パッケージ・ボトルの商品を避ける、とそれぞれ回答した。消費者に環境や社会に配慮していないと認識された企業・商品は選ばれなくなるケースが増えており、この傾向は今後さらに高まっていくものと考えられる。

 加えて、各国の政府もESGに関連する、なかでも環境に対する負荷の低減を目的とする規制を強化しており、事業継続のためにESG対応を迫られている業種もある。たとえば、自動車業界でいえば各国でのガソリン・ディーゼル車販売禁止がこれにあたる。また、企業が政府からの資金やサポートを得る際に、ESGに対する取り組みが求められることも増えている。たとえば、フランス政府は、COVID-19の影響で経営難に陥っているエールフランスKLMへの70億ユーロの融資の条件として、温室効果ガス排出削減を目的に、運航時のCO2排出が少ない機体の導入や鉄道と競合する複数の国内航空便の廃止を要求した。

 これらもさることながら、企業価値の観点で業種を問わず何より重要なのは、資本市場や機関投資家がESGを重視するようになってきたことである。ESG投資は国連が2006年に提唱したPRI(責任投資原則)を踏まえて行われる投資の総称であるが、その金額は急速に増加しており、2020年12月にはグローバルで約38兆ドルの規模に達した。この額は2025年には約53兆ドルに達すると見られており、グローバルの運用資産残高(AUM)に占める割合は約4割に達する(図表1)。これまでESG投資はアクティブ投資が中心であったが、近年ではパッシブ投資でもESGの要素を考慮して運用を行う割合が高まっていることも一因となっている。 



 実際、機関投資家が投資判断を行う際に、ESGの側面を考慮することが増えている。たとえば、米系の大手資産運用会社であるブラックロックは2020年にサステナビリティを投資判断の新たな軸にすると発表し、ESG評価を投資判断基準に組み入れるとともに、一般炭などESGリスクの高い産業への投資から撤退するとしている。また、北欧のプライベートエクイティファンド、EQTパートナーズは、投資判断の際にサステナビリティに関するリスクを精査すると同時に、廃棄物削減やエネルギーマネジメントの高度化によるバリューアップ機会を評価し、国連が提唱するSDGsの達成に資する投資を行うとしている。日本でも、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2015年にPRIに署名して以降ESG投資を推進している。ESG指数に連動するGPIFの運用資産は、2020年12月時点で約7兆円(注1)に達しているが、この金額は2018年3月時点の1.5兆円とくらべて約5倍となっている。さらには、機関投資家の判断に影響をあたえる議決権行使助言会社(ISS、グラスルイスなど)も、ESGに資する議案について賛成推奨を出すことが増えており、企業経営者にとってESGは既に無視できないものとなっている。 

経営者の課題意識

 このように投資家の間でESG重視の傾向が強まる中、企業側もESGに関連する情報開示に積極的に取り組んでいる。日本企業も、東証一部上場の2,175社のうち、約1/4にあたる531社が非財務情報を含む統合報告書を作成・公表している。また、日立や花王、リコーなど、ESGにフォーカスを当てた投資家向けの説明会を実施している企業も増えている。

 一方、私たちは、日々企業の経営者と議論するなかで、ESGへの対応に関する悩みや疑問を耳にすることも多い。特によく聞くのが、ESGへの取り組みが本当に企業価値の向上につながるのか、というものだ。ESGへの流れは無視できないことは理解しつつも、それが企業価値にどうつながるかが見えないため、どの程度の本気度で取り組むべきか、どの程度のリソースを投入すべきか確信が持てない。また、いくらESGに取り組んでも、結局は四半期ごとの利益によって市場に評価されるのではないか、との思いもある(ESG先進企業であっても、業績が伴わなければ株主からは信認が得られない例があることを踏まえると一定程度正しい)。

 また、これに関連して、具体的にESGの何に注力するべきか、という声もよく聞かれる。そもそもE(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)自体が幅広い概念であり、さらにE・S・Gのそれぞれにも多種多様な内容が含まれる中で、具体的に何に注目すべきか、何にフォーカスして取り組むべきかが分からないというものだ。そのような中で、多くの企業は一般的に重要だとされる要素、例えばCO2排出量や使用電源の再エネ比率など、さまざまな指標を集計して開示しているが、それが投資家の評価を得る上で十分かどうか確信を持てずにいる。

 さらに、取締役会を含めてどう社内でコンセンサスをとり、一枚岩となって進めていくか、という課題もある。サステナビリティを担当する役員がいくら旗を振っても、取締役会でESGの重要性について共有されていないと、投資家からは本気で取り組んでいないと見られてしまう。  

 このような課題の背景として、ESGに関する評価手法やスコアリングの基準が統一されていない、という点がある。企業のESGに対する評価/スコアでは、評価機関によってばらつきが存在することが多く見られる(図表2)。そのため、ある評価機関でESGのスコアが高い優良企業とみなされても、別の評価機関ではスコアが低く、ゆえに企業の評価とESG(のスコア)の関係性が見えないということが起こる。


企業が意識すべきこと

 ESG評価と企業価値の関係性については、これまでさまざまな研究・調査が行われているが、両者の間に有意な関係性があるかどうかについては、見方が分かれている(この点については連載の第2回で詳しく述べる)。ただし、ここで重要なのは、前述の通り、投資家がESGを「重要なもの」として捉えており、この傾向は今後さらに強まると考えられることだ。投資家に「選ばれる」ためには、ESGが企業価値に影響するかを問うにとどまらず(これ自体重要な問いではあるが)、環境・社会・ガバナンスという切り口で、何を実現すれば自社の中長期的な業績向上につながるかを自社固有の目線で考えることである。

 企業価値とは、端的に言うと、将来生み出されるキャッシュフローを資本コストで現在価値に割り引いたものである。すなわち、ESGが企業価値の向上に寄与するとき、それはESGへの取組みが売上の増加や収益性の向上を通じて将来のキャッシュフローを増加させるか、もしくは事業リスクの低下を通じて資本コストが下がる場合である。したがって、企業にとって大切なことは、ESGに関連するさまざまな要素の中から、自社の収益の向上もしくはリスクの低減につながる取組みを特定した上で、その取組みがなぜ収益拡大・リスク低下につながり得るかを語る「ストーリー」を投資家に対して発信することである。ESGへの取り組みの効果は短期的に発現しないものもあるが、これが中長期的には収益に結びつくことを可能な限りデータで定量化した上で、投資家に対して説明することが重要である。 

 これは「言うは易し」ではある。実際にはESGへの取り組みの自社の業績に対する影響について説得力を持って語ることは容易ではない。だからこそ多くの経営者が悩んでいる。ただし、先を行く企業は、ESGの各項目が自社の事業や収益に与える影響を可能な限り定量的に分析する努力をしている。難しいから避けるのではなく、そこにリソースを投下して懸命に道を探っているのだ。 

 また、経営層を含め社内全体が一枚岩となってESG重視の姿勢を発信することも重要だ。投資家は企業全体としての本気度を注視しており、人によって発言がバラバラだと、信用を失うこととなる。そのため、普段から取締役会の場を含めてESGについて議論しておくことや、さらには経営者の報酬をESG関連の取組み・成果と紐づけ外部に発信することも有効だ。

 一方、同時に理解しなければならないのは、ESGは企業価値に影響する重要な要素であるものの、ESGだけが企業価値に影響するわけではない、という点である。すなわち、いくらESGに対して真摯に取り組んでいても、事業戦略/事業そのものにおける競争優位の構築が置き去りになっていては、企業価値の向上にはつながらない。

 今回は企業がESGに対してどのように向き合うべきか、について私たちの見方を総論として紹介した。次回は、ESGと企業価値の関係について、さらに掘り下げて検討していきたい。


(注1)2020年3月時点の公表残高5.7兆円および2020年12月に新たに選定されたESG指数2件に基づくパッシブ運用の当初運用額1.3兆円の合算

ボストン コンサルティング グループ(BCG)

■ 筆者略歴

加来 一郎(かく・いちろう)
ボストン コンサルティング グループ (BCG) 東京オフィス シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。

慶応義塾大学経済学部卒業。住友商事、外資系コンサルティングファーム、PEファンドを経てBCGに入社。BCGプリンシパルインベスター&プライベートエクイティグループのアジア・パシフィック地区リーダー、同コーポレートファイナンス&ストラテジーグループのコアメンバー。戦略策定・買収プロセス・買収後の価値創出を約20年にわたり支援。

坂上 隆二
(さかうえ・りゅうじ)

ボストン コンサルティング グループ (BCG) 東京オフィス パートナー&アソシエイト・ディレクター。京都大学法学部卒業。パリ第二大学国際関係学修士、仏国立行政学院(ENA)国際行政課程修了。外務省を経てBCGに入社。BCGコーポレートファイナンス&ストラテジーグループおよび同プリンシパルインベスター&プライベートエクイティグループのコアメンバー。企業価値向上に向けた戦略策定やM&A/PMIの実行を支援。



Gregory Rice
(グレゴリー・ライス)

ボストン コンサルティング グループ (BCG) ニューヨーク・オフィス パートナー&ディレクター。ヴァンダービルト大学経済学部卒業。BCGコーポレートファイナンス&ストラテジーグループのコアメンバー。アクティビスト対応および企業価値向上支援のエキスパート。 投資銀行およびヘッジファンドで30年を超える経験を積んだのち、BCGに入社。

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