[【PMI】 攻めのPMI -企業価値最大化の契機としてのM&A(マッキンゼー・アンド・カンパニー)]

(2019/03/28)

【第1回】 「攻めのPMI」とは? ベストプラクティスと、それを超える変革の兆し

野崎 大輔(マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー)
加藤 千尋(マッキンゼー・アンド・カンパニー アソシエイト・パートナー)

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「攻めのPMI」でディール価値を最大化

  昨今、株主価値への注目度の向上や、クロスボーダー含む活発なM&A活動などにより、日本企業もM&A成功の鍵を握る買収後の統合作業 -即ちPMI- への注力・注目度が上がってきているように感じている。その中で、色々なベストプラクティスや日本企業のPMIの事例も出ており、「失敗しない」PMIの型も、浸透しつつあるのではないだろうか。

  本連載では、「攻めのPMI ~企業価値最大化の契機としてのM&A~」と題して、ディールからの価値創造の目標を高く設定し、PMIで確実に果実を刈り取るためのポイントに注目していきたい。敢えて、「失敗しないPMI」ではなく、言わば「攻めのPMI」のアプローチを紹介していく。M&A、PMIの成功の観点が数多ある中で、価値創造に敢えて注目したいのは、日本企業がM&A後の価値創造の機会を十分に活かせないケースを検証し、一方で本当に意欲的な目標を掲げ、グローバル企業への変革の契機とするようなM&AとPMIを行うポジティブな動きを紹介し、多くの企業の参考にしてもらいたい、という想いからである。

  以下のテーマで、価値創造の観点から、「攻めのPMI」のポイントを紹介していきたい。

 第1回「攻めのPMI」とは? ベストプラクティスと、それを超える変革の兆し
 第2回シナジーの網を広く張る: シナジー検討のあるべきアプローチ
 第3回クリーンチームの積極活用: シナジー刈り取りを加速する
 第4回掲げるべきシナジーの目線は? 過去ディールのデータベースを活用する
 最終回 
新たなトレンドに: 「変革のPMI」の兆し


価値創造の最大化はなぜ難しいのか

  企業・事業買収の際、買収を行う側は、通常は事業価値にプレミアムを上乗せした価格で買収している。買収から価値創造をするなら、そのプレミアムを超えるだけの価値を「シナジー」の形で、ディールから創出する必要がある。企業はシナジーを想定、推計した上で、その価値創造を実現することを目論んで買収価格を提示するものである。しかし、Due diligence段階で見たシナジーが実際のシナジーの金額や実現アプローチと合致することは稀である。

  Due diligenceで想定したシナジーがそのとおりに実現されるケースは全体の50%にも満たない、と言われている。実際は、価値創造に貪欲な企業は大抵、ディール合意から完了、統合活動を通してシナジーの推計、実行プランを都度更新しながら、実際に刈り取る価値を最大化すべく動いている。

  特に、売上のシナジーは、コストよりも達成するのは困難である。マッキンゼーが世界中の200ものM&Aの経験豊富な企業幹部に行ったサーベイでも、あらゆる業界で、当初計画した売上シナジーと、実際に得られたシナジーには平均して23%ものギャップ、つまり取りこぼしが生じていた。

  日本企業に見られるケースとしては、国外事業のM&Aにおいて、いざ買収に合意すると、「失敗しない」ことや「元の経営陣を残す」ことが優先され、ディールに払ったプレミアムを回収して自社にプラスの価値をもたらす変革に十分に取り組まれない事例が見られる。

  例えば、最初に買収先の経営陣に遠慮し、「いい事業だから買収したので、これまで通り頼む」とこれまで通りの運営を許容する。統合のメリットを期待している買収先は、却って肩透かし感や不透明性を生み、マイナスの心象になる危険性がある。その後、事業の結果が失速してくると、その理由を探るために、色々な管理部門から報告の要求を行う。一方、現地では親会社の日本人はいるものの、事業のラインのグリップが十分に効かせられていないため、本当の実態は分からない。

  こうして、日本本社は、現地の経営陣の資質に疑問を持つようになる。また、現地は、頻度を増す報告義務に辟易し、本社の管理、意思決定、投資判断などに不満を持つようになる。こうして互いの信頼は棄損され、新たな価値創造はおろか、ベースの事業さえ当初の期待を達成できないことになる。このような悪循環に陥ってしまう統合のケースも見られるほど、特に海外でのPMIからの価値創造は困難を伴う。

価値創造のベストプラクティスとは

  本来は、買収される側の経営陣も、新しいオーナーが自社を強化してくれるようなメリット、価値を提供してくれることを期待している。買収側は、その期待に応えて買収先との組織間の信頼を確立するためにも、価値創造の方策をくまなく探し、短期的な施策も、思い切った大きな手も含めて、網羅的に考えて行動することが本来の責務である。更に、そういった方針について、買収合意の前から相手の経営陣と話し、ディール完了の前から検討を進め、早期にアクションを実行していくのが、ベストプラクティスである。

  このシナジーの考え方として、かねてよりベストプラクティスとされているのは、あり得るシナジーの種類を体系的に捉えていくことである。一つの軸には、3つの価値創造の層を検討する。従来のビジネスの堅守、合体によるシナジーの実現、そして選択的な変革の実行、の3つのレイヤーがある。もう片方の軸には、コスト、資産、売上の3種類がある。この3×3の9つのセルのそれぞれでシナジーを考え、実現することで、およそシナジーを網羅的に捉えることができる。

[図1]



シナジーの種類だけでなく、シナジー実現のタイミングも非常に重要である。現在、シナジー実現に向けた動きを、買収の完了ではなく、所謂Pre-closeという、買収の発表から完了の間のタイミングを有効活用して、シナジー獲得の準備をすることも、買収価値の最大化に向けては、非常に重要な動きである。

  当然、法的な制限はあり、情報共有や相手企業の経営への関与など、法的なガイドラインは順守する必要がある。

  その範囲内で、例えばClean Teamを結成して、その中でシナジーの精緻化を行ったり、シナジー獲得の準備まで行ったり、統合後のシナジー獲得体制を築いたり、といった活動は、すべてシナジー実現の早期化に貢献する、重要な動きである。

  同時に、そういった動きは、競合や顧客・サプライヤからの牽制や交渉といった、マイナスのインパクトをもたらす脅威への対抗策としても必要である。

  更に、シナジーの推計の精度も、Due diligence段階から合意、統合にかけて、どんどん精緻化していく必要がある。そうすることによって、どの領域の活動が重要で、より経営資源や経営陣の注目を集めるべきかも分かるし、実現したシナジーと想定の間のギャップを減らすこともできる。近年では、過去の様々な買収案件について、シナジーの金額が株式市場に向けて公開されていることも多い。こういった情報や業界の知見を元にすることで、ディールが生むシナジーの種類や金額を、データに基づいたシミュレーションをすることも可能となっているし、そういったデータベースのツールを活用するのも、有効な手段となる。

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