1.税のある世界での企業の資本構成と企業の平均的な期待収益率への影響
連載
第8回では、MM命題の世界において、企業の
加重平均資本コスト(WACC)とはどのような概念なのかについて解説しました。そして、MM命題の完全資本市場の前提とは異なり、税の存在する実際の世界においては、金利の節税効果を通じて、企業の資本構成がその企業価値に影響を与えることを説明しました。それでは、このような金利の節税効果によって、企業の期待収益率(資本コスト)は、どのように影響を受けるのでしょうか。このことは、実務上で用いられている加重平均資本コスト(WACC)を理解する上で、非常に重要なポイントです。
まず、税の存在する世界で、無借金の企業U社が、ある事業を行っている状況を考えましょう。現在この企業の法人税率(tc)は30%で、事業の価値(事業用資産の時価)は、100、この事業の税引後の期待収益率(rA)は7%で、その期待収益率はCAPMによって計算されているとします(rf=1%、β=1、rM-rf =6%)。この企業の時価ベースの貸借対照表(B/S)を記載すると、図表9-1のようになります。
この企業の事業は、貸借対照表の左側(借方)に資産として認識され、右側(貸方)には資金調達手段、もしくはその資産の資金提供者として、株主資本100が認識されます。ここで、事業の期待収益率が7%なので、株主資本の期待収益率(=資本コスト, rE,U)も7%となります。
図表9-1 負債のないU社の事業用資産の期待収益率と株主資本コスト
それでは、この企業と全く同じ事業を行っているが、無借金ではなく、資金調達を一部有利子負債(銀行借入れや社債)で賄っているL社が存在したとしたら、どうなるでしょうか。ここでは…
■鈴木 一功(すずき かずのり)早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授
東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA(経営学修士)、ロンドン大学(London Business School)金融経済学博士(Ph.D. in Finance)。M&A部門チーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発等を担当の後、2001年から中央大学大学院国際会計研究科教授。2012年4月より現職。証券アナリストジャーナル編集委員、みずほ銀行コーポレート・アドバイザリー部のバリュエーション・アドバイザー。主な著書として『企業価値評価(入門編)』、『企業価値評価(実践編)』、『MBAゲーム理論』(いずれもダイヤモンド社)、他にコーポレート・ファイナンス、M&Aに関する論文多数。
※詳しい経歴は
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