1. 人的資本経営と企業価値 「人的資本経営とは、人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方」と定義され(注1)、経営陣が自社の中長期的な成長に資する人材戦略の策定を主導し、実践に移すとともに、その方針を投資家との対話や統合報告書等でステークホルダーに説明することは、持続的な企業価値の向上に欠かせないと考えられている(注2)。
産業構造の急激な変化、少子高齢化、個人のキャリア観の変化など、企業の事業環境が大きな変化を迎えている中で、企業が事業環境の変化に対応しながら、持続的に企業価値を高めていくためには、事業ポートフォリオの変化を見据えた人材ポートフォリオの構築やイノベーションや付加価値を生み出す人材の確保・育成、組織の構築など、経営戦略と適合的な人材戦略が重要である(注3)(資料2参照)。このような問題意識から、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」(経済産業省 産業人材政策室、以下、「研究会」)が2020年1月に組成された。研究会はその名称からも明らかなように「人的資本」(Human Capital)が企業価値を生み出すという前提に立つ。人材は、これまで「人的資源(Human Resource)」と捉えられる管理の対象であり、人材への投資はコストであると考えられてきた。事業環境の変化に対応し、経営戦略を転換するには、人材を「人的資本(Human Capital)」として捉え、人材の成長を通じた企業の「価値創造」を生み出し、人材に投じる資金は投資であると考えることが必要と考える(注4)。
■筆者プロフィール■

荒井 優美子(あらい・ゆみこ)公認会計士/税理士
コンサルティング会社、監査法人勤務後、米国留学を経てクーパース&ライブランド(現PwC税理士法人)に入所し現在に至る。クロスボーダーの投資案件、組織再編等の分野で税務コンサルティングに従事。2011年よりノレッジセンター業務を行う。日本公認会計士協会 租税調査会(出版部会)、法人税部会委員。一橋大学法学部卒業、コロンビア大学国際公共政策大学院卒業(MIA)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LLM)。