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[【法務】カーブアウトM&A の実務と課題(柴田・鈴木・中田法律事務所 柴田堅太郎・中田裕人弁護士)]

(2020/02/27)

【第3回】 カーブアウトM&Aにおける法務デュー・ディリジェンス(セラーズ・デュー・ディリジェンスを中心に)

柴田 堅太郎(柴田・鈴木・中田法律事務所 パートナー弁護士)
中田 裕人(柴田・鈴木・中田法律事務所 パートナー弁護士)
5. 買主による法務DDのポイント

 カーブアウトM&Aにおける買主による法務DD(便宜上<注4>、以下「バイヤーズDD」という。)では、上記で述べたセラーズDDと同様の調査を行うこととなる。しかし、売主と買主という立場の違いから、法務DDの視点と範囲が異なってくる。具体的には、主として以下の2点で異なる。

(1) 法務DDの範囲

 バイヤーズDDでは、通常の法務DD同様、カーブアウトM&Aの実施にあたり法的な障害がないか、対象事業の価値に悪影響を与えるような事項がないかを網羅的に調査することとなる。例えば、対象事業に関する潜在債務やコンプライアンスリスクの有無を調査することになる。

 これに対して、セラーズDDは、スタンドアローンイシューから、カーブアウトM&Aの実施により売主グループに悪影響が及ぶことのないように、承継対象権利義務の特定作業が中心となり、これらのような対象事業のリスク分析を行うことは基本的にない。

 なお、バイヤーズDDでも、その対象となるのは対象事業であって、売主全体をレビューする必要はない。具体的には、売主の株主関係をレビューすることは特段の事情のない限り必要はないし、また、取締役会議事録その他の議事録も、対象事業に関連するところのみをレビューすることとなる。

(2) スタンドアローンイシューの視点

 スタンドアローンイシューとの関係では、セラーズDDはカーブアウトM&Aによっていかに対象外事業に悪影響を及ぼさないようにするかという観点から分析検討がなされる。そのため、対象外事業部門において対象事業に関連する特許権その他の資産や、ライセンス契約のその他の契約関係の存在が判明したとしても、承継対象権利義務の対象外とする、やむをえず承継対象権利義務の対象とせざるを得ない場合でもライセンスバックの対象とする方向での検討が行われる。

 これに対して、バイヤーズDDでは、カーブアウトM&Aの実行後、対象事業が独立した状態で運営できるよう、対象外事業部門に属するものであっても、対象事業に必要なリソースがないかを調査を試みることとなる。売主の対象外事業部門としては、対象外事業に悪影響が及ぶ可能性があることから、開示を拒絶することがある。このように、バイヤーズDDの開示範囲を巡って、売主との間で交渉上の衝突が起きる可能性が出てくる。

6. 知的財産権

 ここでは、以上の解説の具体例として、カーブアウトM&Aにおいて特に問題となりやすい知的財産権について法務DDのポイントについて解説する。なお、以下では会社分割によるストラクチャーを想定している。

(1) 承継対象となる知的財産権の範囲

 売主の立場からは、他の資産と同様に、基本的には、対象事業「のみ」に関連する知的財産権(対象事業部門が所管する知的財産権であることが多い。)を承継対象とすることとなる。しかし、対象事業に必要な知的財産権はそれだけではない。対象事業と対象外事業で共通して使っている特許権や商標権も存在しており、しばしばその取扱いを巡って売主と買主の間で対立が生じることとなる。

 売主はそのような対象外事業でも使っている知的財産権を買主にライセンスすることを提案することとなるが、買主がそれでは満足できない場合がある。特に特許権については買主が満足しない場合が多い。なぜなら、買主自ら実施するためだけであればライセンスでも十分であるが、特許権自体を保有することは自ら実施することのみがその用途ではなく、むしろ、第三者の実施を差し止められるという強力な禁止権に重要な意義があるからである。この禁止権は、競合他社の排除にももちろん有効であるし、他のメーカーからの特許攻撃に対するカウンター攻撃の材料として、あるいは、クロスライセンス交渉の際の材料として、非常に有効である。特に、買主が事業会社以外の会社(ファンド等)である場合や、事業会社であっても、対象事業に関係する特許が手薄な会社である場合には、このような目的で特許を売主からできるだけ多く譲り受けたいというインセンティブが働く。

 譲歩案として、対象事業に「主として関連する」知的財産権を承継対象とすることもある。その結果、対象外事業と共用の知的財産権も、対象事業が「主として関連する」ものである限り承継対象となる。売主としても、特許料の負担を軽減するために、あまり利用価値がない特許権を買主に譲渡してしまい、買主からライセンスバックをもらうことにすることに、一定のメリットがある。ただし、その場合、売主は自らの実施権は確保されるが、禁止権は失うので、注意が必要である。

 なお、承継対象に含めようとする知的財産権が売主に残るクロスライセンス契約の対象となっている場合には、当該知的財産権を買主に承継させることが当該クロスライセンス契約の違反とならないか、検討する必要がある。

(2) 共有の知的財産権

 第三者と共有している知的財産権を個別承継により譲渡するには、共有者間の契約で特段の合意がない限り、共有者の同意が必要である(特許法73条1項)。この点、合併、相続のような一般承継の場合には、特許法73条1項の「譲渡」に該当しないとして、共有者の同意は必要ないとされている(注5)。これに対して、会社分割も会社法上の整理としては包括承継とされているが(前述4(4)参照)、共有者の同意が必要かは明確ではない。

 特許庁実務では、会社分割による共有持分の移転について、特許法73条1項に規定する他の共有者の同意書の添付は不要という扱いがなされている(注6)。

 しかし、会社分割による特許の共有持分のみの移転は、実質的に個別承継と変わらないことから、他の共有者の同意が必要と解する立場も実務上の有力な見解であると理解している(注7)。そこで、買主の立場からすれば、このような有力説を前提として、最終契約では、共有者の同意取得をクロージングの前提条件とすることが望ましい。これに対して、売主の立場からすれば、共有者の同意取得には努めるとしても、同意取得をクロージングの前提条件とすることまでは避けるよう交渉することとなる。

(3) ライセンスアウト契約

 ライセンスアウトの対象となっている知的財産権(本(3)で以下「ライセンスアウト対象知的財産」という。)が買主に承継される場合には、ライセンスアウト契約も付随して買主に承継させることになる。ライセンスアウト対象知的財産権だけ承継させると、売主が当該ライセンスアウト契約の違反となる可能性もあるし、特許及び実用新案権の場合にはライセンスは、当然に買主に対抗できるので、買主とライセンシーとの間でライセンスはあるが、ライセンス契約はないという事態に陥ってしまうためである。

 当該ライセンス契約中にCOC条項や譲渡禁止条項があれば、採用するストラクチャー及び譲渡禁止条項の内容によっては契約相手方であるライセンシーの同意が必要だが(前述4(4)参照)、ライセンスが終わってしまえばライセンシーが困るため、ライセンシーが反対するインセンティブは通常ない。そのため、実際上この点が問題となることはほとんどない。

 承継対象の知的財産権がライセンスアウト対象知的財産権の一部に止まる場合には、承継によりライセンサーが売主と買主の二者に分属してしまうことになるため、売主又は買主のもとで新たなライセンスアウト契約を締結して、売主と買主がそれぞれライセンシーと契約する形にしておくことが望ましい。

(4) ライセンスイン契約

 対象事業のみに関連するライセンスイン契約は、売主としても必要がなくなるものであるので、基本的に承継対象とすることとなる。ただし、ライセンスイン契約にCOC条項や譲渡禁止条項があれば、契約相手方の同意が必要となる。そして、通常そのような条項が含まれているから、契約相手方の同意は必要となることが多い。ただし、ライセンス契約によっては、会社分割後も、分割前の実施規模の範囲内ではライセンスが継続すると規定されているような例もあり、そういう例外的な場合には相手方の同意は不要となる。

 これに対して、規格特許のライセンスや特定の特許プールのライセンスなど、誰でもお金を払えば加入可能な性質のライセンスについては、買主が新たに加入すれば足りるので、承継対象とする必要がない(注8)。ただし、買主が新たに加入する場合、売主と同じ条件で加入できるとは限らないので、注意は必要である(売主がプールに特許を出しているが、買主は出していない場合など)。

(5) 包括クロスライセンス契約・共用ライセンスイン契約

 包括クロスライセンス契約は、売主も必要とする場合が多いこと、及び、ライセンサーと売主との関係性が重要であることから、承継対象とできないことが多いが、買主側としては、承継できないと、ライセンサーから攻撃を受けることになるので、承継したいとのニーズが強い。対象事業が当該クロスライセンスの下で行われていた以上、売主がライセンサー保有特許権を実施している可能性もあるし、少なくとも特許調査をしていなかったと思われるため、ライセンサーとしては買主をターゲットにする理由が十分にあるためである。この売主と買主の間の包括クロスライセンス契約を承継対象とするか否かの見解の不一致によりディールブレークとなることは珍しくない。このことは、対象事業と対象外事業に跨る共用ライセンスイン契約についても同様に当てはまる。

 以上のような問題があるため、売主としてはクロスライセンス契約を承継対象とするという判断は取れないことが多い。多くのカーブアウトM&Aにおいてこの問題は避けがたく、協議の結果、買主が包括クロスライセンス契約を承継できない場合には、結局、買主としては、自らの包括クロスライセンス契約で自己を守ったり、自己の保有する特許をカウンター材料として自分を守ったりすることでリスクマネジメントをするという対応が現実的といえる。とすると、自分のクロスライセンス契約や特許がないようなファンドが買主の場合、(もちろん特別補償等による最終契約上の対応などは検討するとしても、売主が拒否すれば)ディールを諦めざるを得ないこととなってしまう。

(6) 社内システム

 通常、対象事業に必要なシステムとして、会計、人事等の管理システム、受発注等に用いるシステム、工場のオペレーション管理のシステム、知的財産権の管理システムなど、様々な社内システムが存在する。対象事業のみに関するシステムであれば買主に移管すればよいが、ほとんどのシステムは対象外事業にも共通して用いるため、移管ができない場合がほとんどである。そこで、買主のシステムが利用可能になるまでの期間、トランジション・サービス契約又はシステム利用契約で売主のシステムを使わせてもらうように手当てする場合が多い(次々回参照)。

(注1) セラーズDD一般について、大久保圭「結果を契約に活かしきる法務におけるセルサイドDDの実務ポイント」経理情報1195号19頁
(注2) 「承継」又は「移転」には、「合併、会社分割その他の包括承継の場合も含む。」と明記されている場合には明確に該当することとなる。
(注3) 契約実務の実態からは、そもそも譲渡禁止条項において、会社分割は含まない趣旨であるという明確な意図を持って「譲渡」と規定している例は少ないように思われる。
(注4) 通常、デュー・ディリジェンスは買主により実施されるため、「バイヤーズDD」という用語は一般に用いられていない。
(注5) 中山信弘編「新・注解特許法第2版中巻」(青林書院、2017年)1421頁
(注6) 特許出願支援課登録室編「産業財産権登録の実務〔改訂6版〕」(経済産業調査会、2010年)302頁
(注7) なお、特許権の登録が必要な場合について定める特許法98条の「一般承継」に会社分割は入らないとした裁判例(神戸地判平成26・3・27公刊物未搭載(平成25年(ワ)第312号))が﨑地康文「M&A、ベンチャー投資における知的財産デュー・ディリジェンス」(商事法務、2019年)209頁に紹介されていることから、同様に会社分割における共有者の同意においても、特許法73条1項に基づき同意が必要との解釈が取られる可能性はあると思われる。
(注8)売主が必要としないのであれば、かつ、相手方の同意との関係で承継可能であれば、承継対象としてもよい。

■筆者履歴

柴田 堅太郎(しばた けんたろう)
1998年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2006年ノースウエスタン大学ロースクール卒業。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2007年ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所を経て、2014年2月に柴田・鈴木・中田法律事務所を開設、現在に至る。M&A、ベンチャーファイナンス、コーポレートガバナンス、企業の支配権獲得紛争などのコーポレート案件を主な取扱分野とする。




中田 裕人(なかだ ひろひと)
1999年東京大学法学部卒業、2007年University of Washington, School of Law (LL.M. in Intellectual Property Law and Policy)卒業。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。長島・大野・常松法律事務所を経て、2014年2月に柴田・鈴木・中田法律事務所を開設、現在に至る。知的財産権紛争、知的財産権関連契約を含む知的財産権法務全般を主な取扱分野とする。

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