[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2018年4月号 282号

(2018/03/15)

第36回 『経営理念の浸透キャラバン』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
  日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、新たな外部の血を取り込みながら、本格的なPMI=M&A後の経営改革の幕が切って落とされた。



一つ目の約束の期限到来

  10月の新体制発足後、CEOである狩井のリーダーシップの下で、製造本部・営業本部・コーポレートのそれぞれで改革検討が本格的にスタートしていた。ヘッドハンティング組などの外部の血もうまく入り込み、買収後になかなか手が付けられなかった経営課題について、改善の方向性や取組期限が具体的に論じられるようになった。また課題共有検討会等を通して製造・営業・コーポレートが組織の壁を越えて自らの課題を晒し、ともに議論を行うことで、全社の改革のベクトル合わせと熱量の増幅化も進みつつあった。
  各部門は検討のスピードを速め、その場で判断できることは先延ばしせず、果敢に意思決定を進めていった。経営幹部同士での議論も熱を帯び、日曜日に全員が出社して会議を行うことも珍しくなかった。そんな中で、狩井が10月1日に全従業員に向けて宣言した3つの約束のうち、「3カ月後を目途にレッディ社の新たな経営理念を発表する」の期限が到来した。

コミュニケーション・プラン

  年が明けた最初の総合朝会にて、狩井は全従業員に向けてビデオメッセージで語りかけた。
「これから1カ月をかけて、皆さんにレッディ社の新しい経営理念をお伝えしていきます。職場ごとにお披露目会の日時が示されるので、必ず参加をしてください」
  狩井により組成された経営理念検討タスクフォースは、12月中旬には経営理念の内容を概ね固めていた。そして年末にかけて、それをいかにして全従業員に周知し、浸透させていくのかというコミュニケーション・プランの議論を行っていた。その結果、全社一斉にお披露目をするのではなく会社の役職順に上から落としていき、また数週間をかけてインド全国をキャラバンで巡回することで、できる限り小集団単位で直接説明する機会を持つことになったのだ。
  レッディ社の従業員は1万人を超えており、製造拠点は4地域に一定程度集約されてはいるが、営業部門はインド全国に分散している。今回選択したコミュニケーション方法は多大な時間と手間を要することは自明であったが、タスクフォースに参加した多くのメンバーが小集団単位での直接説明方式を要望した。

経営理念の意味

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