はじめに
前回(第1回)では、民法改正が事業承継M&A取引に影響し得る場面をいくつか取り上げ、考察しましたが、第2回である本稿では、改正民法下における事業承継M&Aの契約実務上の留意点のうち、特に表明保証とこれに違反した場合の補償責任と改正民法に焦点を絞って検討したいと思います。
表明保証と補償責任
事業承継M&Aにおける最も典型的な取引は、事業承継の対象となる会社の株式譲渡ですが、株式譲渡契約では、一般的に、売手・買手の双方が、互いに相手方に対して、ある時点において一定の事実が真実かつ正確であることについて、表明し、保証する旨が規定されます。具体的には、株式譲渡契約締結の時点又はクロージングの時点において、売手・買手の双方が、それぞれ株式譲渡契約を締結する権利能力や行為能力を有していることを表明保証し、売手が、対象会社の株式を適法に保有していることや、対象会社の計算書類、資産、契約関係、労務、事務等に関する事項について、一定の内容・状態にあることを表明し、保証することになります。
契約当事者に権利能力等がなかったという事態はほとんど考えられませんので、実務上、補償責任が問題となるのは、売手による対象会社株式や対象会社の内容・状態についての表明保証に違反があった場合の売手の補償責任であることが圧倒的に多いのが実情です。
例えば、株式譲渡契約書において、売手が、「対象会社は、対象会社が雇用する従業員に対する賃金を法令に従い適時に支払っており、未払賃金は一切ない」旨を表明保証していたところ、株式譲渡のクロージング後に、実は対象会社において一部従業員に対して残業代を支払っていなかったことが判明した場合、当該未払残業代相当額について、買手の売手に対する補償請求が認められるかという点が問題となります。
売買に関する民法改正と表明保証(1)改正の概要
株式譲渡契約は、「株式」という目的物の売買に関する契約ですので、民法の売買に関する規定の適用を受けますが、今回の民法改正によって、売買については、①手付に関する改正、②売主の基本的な義務に関する改正、③売主の担保責任に関する改正、④代金の支払い拒絶に関する改正、⑤買戻しに関する改正等、様々な改正がなされます。この中で、株式譲渡契約における表明保証に影響し得る改正として、③の売主の担保責任に関する改正が挙げられます。
まず、現行民法では、「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に、売手の担保責任が生じることになりますが(現行民法第570条及び第566条)、改正民法では、「隠れた瑕疵」という用語は使用せず、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」に売手の担保責任が生じることとしています(改正民法第562条第1項本文等)。これは、売買における瑕疵担保責任について、売手が売買契約の内容に適合した種類、品質及び数量の目的物を引…
■筆者履歴
高橋 聖(たかはし きよし)
1993年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社リクルート勤務を経て、1999年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、国際取引、一般企業法務等を取り扱う。2015年にソシアス総合法律事務所を開設し、現在は、事業承継案件を中心に、多数の非上場会社売却案件に売手・買手のリーガルアドバイザーとして関与している。
University of Virginia School of LawにてLL.M.(法学修士号)取得。第一東京弁護士会所属弁護士・米国ニューヨーク州弁護士。
小櫃 吉高(おびつ よしたか)
2009年早稲田大学法学部卒業、2011年早稲田大学法科大学院終了。2013年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、労働法、一般企業法務等を取り扱う。2017年10月にソシアス総合法律事務所入所。現在は、事業承継案件を中心にM&A案件を取り扱うとともに、東京弁護士会労働法制特別委員会に所属し、労働法に関する執筆・セミナー等の活動も行っている。
東京弁護士会所属弁護士。