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[【法務】民法改正が事業承継M&Aに与える影響(ソシアス総合法律事務所 高橋聖・小櫃吉高弁護士)]

(2019/09/25)

【第2回】 事業承継M&Aにおける表明保証と民法改正

高橋 聖(ソシアス総合法律事務所 パートナー弁護士)
小櫃 吉高(ソシアス総合法律事務所 弁護士)
はじめに

 前回(第1回)では、民法改正が事業承継M&A取引に影響し得る場面をいくつか取り上げ、考察しましたが、第2回である本稿では、改正民法下における事業承継M&Aの契約実務上の留意点のうち、特に表明保証とこれに違反した場合の補償責任と改正民法に焦点を絞って検討したいと思います。

表明保証と補償責任

 事業承継M&Aにおける最も典型的な取引は、事業承継の対象となる会社の株式譲渡ですが、株式譲渡契約では、一般的に、売手・買手の双方が、互いに相手方に対して、ある時点において一定の事実が真実かつ正確であることについて、表明し、保証する旨が規定されます。具体的には、株式譲渡契約締結の時点又はクロージングの時点において、売手・買手の双方が、それぞれ株式譲渡契約を締結する権利能力や行為能力を有していることを表明保証し、売手が、対象会社の株式を適法に保有していることや、対象会社の計算書類、資産、契約関係、労務、事務等に関する事項について、一定の内容・状態にあることを表明し、保証することになります。

 そして、これらの表明保証に違反があった場合、当該表明保証を行った当事者が相手方に発生した損害を補償しなければならないとする、いわゆる補償責任を定めた規定が、表明保証規定とセットで設けられることになります(なお、株式譲渡契約における表明保証と補償責任に係る留意点の詳細については、拙稿[事業承継M&Aの法務]「第2回 株式譲渡契約の構造と論点(2)」MARR Online<2017年12月12日>を参照ください)。

 契約当事者に権利能力等がなかったという事態はほとんど考えられませんので、実務上、補償責任が問題となるのは、売手による対象会社株式や対象会社の内容・状態についての表明保証に違反があった場合の売手の補償責任であることが圧倒的に多いのが実情です。

 例えば、株式譲渡契約書において、売手が、「対象会社は、対象会社が雇用する従業員に対する賃金を法令に従い適時に支払っており、未払賃金は一切ない」旨を表明保証していたところ、株式譲渡のクロージング後に、実は対象会社において一部従業員に対して残業代を支払っていなかったことが判明した場合、当該未払残業代相当額について、買手の売手に対する補償請求が認められるかという点が問題となります。

売買に関する民法改正と表明保証

(1)改正の概要

 株式譲渡契約は、「株式」という目的物の売買に関する契約ですので、民法の売買に関する規定の適用を受けますが、今回の民法改正によって、売買については、①手付に関する改正、②売主の基本的な義務に関する改正、③売主の担保責任に関する改正、④代金の支払い拒絶に関する改正、⑤買戻しに関する改正等、様々な改正がなされます。この中で、株式譲渡契約における表明保証に影響し得る改正として、③の売主の担保責任に関する改正が挙げられます。

 まず、現行民法では、「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に、売手の担保責任が生じることになりますが(現行民法第570条及び第566条)、改正民法では、「隠れた瑕疵」という用語は使用せず、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」に売手の担保責任が生じることとしています(改正民法第562条第1項本文等)。これは、売買における瑕疵担保責任について、売手が売買契約の内容に適合した種類、品質及び数量の目的物を引き渡す義務を負うことを前提に、当該義務に違反したことにより負う責任として、目的物の引渡しが納期に遅れた場合の履行遅滞や、目的物の引渡し自体ができなかった場合の履行不能に並ぶ、いわゆる債務不履行責任の一場面として整理されたものであり、その結果、目的物の「瑕疵」(その種類の物が通常有する品質・性能を欠いている状態)というのは、「契約の内容に適合しない」場合の一類型として位置付けられ、「隠れた」(すなわち、買手が瑕疵の存在を認識していなかった)という要件も不要とされます。そして、「契約の内容に適合しない」かどうかの判断は、合意の内容や契約書の記載内容だけでなく、当該契約の性質、当事者が当該契約を締結した目的、契約締結に至る経緯等、当該売買契約を巡る一切の事情に基づき、取引通念を考慮して評価判断されるべきものとされます。

 この点に係る改正に伴い、株式譲渡契約における表明保証と補償責任との関係では、以下の点に最も留意する必要が出てくると考えられます。すなわち、現行民法では、買手が売手に対して担保責任を追及するためには、目的物に「隠れた瑕疵」があることについて売手の故意・過失等の帰責事由は必要とされない一方で、「隠れた」という用語から、買手が当該瑕疵の存在について善意かつ無過失であったこと(買手が当該瑕疵の存在を知らず、かつ、買手が取引上必要な注意をしても発見できなかったこと)が必要であると解されていました。しかし、改正民法では、上述のとおり、売手の担保責任が債務不履行責任の一場面として整理され、債務不履行を規律する規定が適用されることになったため(改正民法第564条)、買手が売手の担保責任として損害賠償請求を行うためには、目的物が契約の内容に適合していないことについて売手の責に帰すべき事由が必要となり(改正民法第415条第1項ただし書)、一方で、「隠れた」という要件が無くなったことから、目的物が契約の内容に適合していないことについて買主が善意かつ無過失であることは直接的には必要がなくなり、このような買手の主観的な事情は、あくまでも、売買の目的物に係る当事者間の「契約の内容」の解釈の際に考慮され得る一つの判断要素となるに過ぎません(例えば、目的物に瑕疵があることを売手も買手も知っていたような場合には、当該状態の目的物を引き渡すことが当事者間の契約の内容であったと認められる重要な判断要素になると思われます)。

(2)事業承継M&A取引における表明保証と補償責任に与え得る影響
 
① 表明保証違反に基づく補償責任の法的性質

 現行民法下における表明保証違反に基づく補償責任の法的性質については、従前から見解が分かれており、(ア)表意者がその真実性・正確性を保証したことが表意者の債務の内容となり、真実かつ正確であると保証した事項と真実とが食い違っている場合には、表意者の債務不履行責任を構成するという見解、(イ)売手の表明保証により、売買における売手の瑕疵担保責任の範囲を拡張する特約であるとする見解、(ウ)特定の義務の存在を前提とすることなく、表明保証とこれに違反した場合の補償責任を株式譲渡契約に従属する損害担保特約であるとする見解などが示されています。また、一種の債務不履行責任説と位置付けることも可能ですが、裁判例の中には、表明保証を売手による説明義務・情報提供義務を基礎付けるものとして構成し、売手に対する補償請求の可否について、これらの義務違反があったか否かを根拠として判断しているものもあります。

 このように様々な見解が存在する中、実務上は、表明保証違反に基づく補償責任については、上記(ウ)の損害担保特約であると解する考え方が定着しつつあるところではありますが、判例・裁判例上は、この点についての統一的な見解が示されていないという状況です。

②  現行・改正民法下における各見解の帰結

 現行民法における売買に関する担保責任を前提とすると、上記①の(ア)~(ウ)の各見解に立った場合、株式譲渡契約における売手の表明保証違反に基づく補償責任が生じるための、売手及び買手の主観に係る要件については、以下のとおりとなると考えられます。

(ア)債務不履行責任説売手の主観的要件表明保証違反について売手の責に帰すべき事由が必要
買手の主観的要件不要
(イ)瑕疵担保責任説売手の主観的要件不要
買手の主観的要件表明保証違反について知らず、かつ、知らないことについて過失がないことが必要
(ウ)損害担保特約説売手の主観的要件売手及び買手の主観的要件は原則として問題とされない(表明保証の要件・効果は契約の解釈により決定される)
買手の主観的要件

 上述のとおり、現行民法下では、株式譲渡契約における売手の表明保証違反に基づく補償責任について、(ア)の債務不履行責任説に立つか、(イ)の瑕疵担保責任説に立つかによって、売手と買手の主観的要件が異なる帰結になります。

 この点、改正民法では、(1)で上述したとおり、瑕疵担保責任について債務不履行を規律する規定が適用されることになったため、株式譲渡契約における売手の表明保証違反に基づく補償責任について、(イ)の瑕疵担保責任説に立ったとしても、表明保証違反に関する売手の責に帰すべき事由が必要となる一方で、買手が表明保証違反を知らないことや、知らないことについて無過失である必要がなくなりますので、(ア)の債務不履行説に立つ場合との間で、売手と買手の主観的要件についての相違がなくなると考えられます。

 これを、冒頭で挙げた未払残業代の例で見ますと、現行民法下では、(イ)の瑕疵担保責任説に立った場合、売手が対象会社における未払残業代の存在を知り得なかったとしても、売手の補償責任は認められる反面、買手が当該未払残業代の存在を認識していた、あるいは容易に認識できた場合には、売手の補償責任は認められないこととなりますが、改正民法下では、同説に立ったとしても、(ア)の債務不履行責任説と同様に、買手の当該未払残業代についての認識の有無は関係なく、むしろ売手が当該未払残業代の存在を知り、又は知り得たかという点が問題とされることになります。

実務上の留意点

 上記①で述べたとおり、表明保証違反に基づく補償責任について、実務上は、(ウ)の損害担保特約説が一般的な見解ではあるものの、訴訟となった場合において、裁判所がどのような見解に基づいた判断を行うかは不透明さが残るところです。

 したがって、改正民法下では、(イ)の担保責任説に立った場合でも、表明保証違反に関する売手の故意又は過失が必要となることを踏まえると、株式譲渡契約における買手として、売手の故意・過失にかかわらずに、売手の表明保証違反に基づく補償責任を問えるようにしたい場合(すなわち、上記の例で言えば、売手が未払残業代の存在を知り得たか否かにかかわらず補償責任を行えるようにしたい場合)には、念のため、株式譲渡契約書上、売手の故意・過失等の主観的要素が売手の表明保証違反に基づく補償責任の要件ではないことを明示的に規定しておくことが重要となると考えられます。具体的には、以下のような条項が考えられます。

(サンプル条項)

売手の表明保証違反について、売手が本契約締結時点において認識し、又は認識することができた事由その他売手の責に帰すべき事由の有無は、これに基づく補償責任の有効性、範囲及び効果その他の事項にいかなる影響も及ぼさないものとする。


 また、現行民法下における裁判例の中には、表明保証違反に基づく補償請求の可否の判断に際し、売手が表明保証に違反していた事実に関し、買手がこれを知っていたか、あるいは知らなかったことについて重大な過失があった場合には、買手は売手に対する補償請求ができない場合があることを示唆したものが存在します。従前は、株式譲渡契約書において売手の表明保証違反に基づく補償請求に関する買手の主観的要件が明確に規定されていない場合に、表明保証違反を知っていた、あるいは重過失によって知らなかった買手による補償請求を否定する根拠として、このような裁判例が存在することを挙げることが考えられましたが、改正民法下では、いずれの見解に立ったとしても、表明保証違反に関する買手の善意・無過失は原則として必要ないと解されることとなりますので、この点が今後の裁判所の考え方に影響を及ぼす可能性も否定できません。したがって、株式譲渡契約における売手として、表明保証違反を知っていた、又は重過失によって知らなかった買手からの補償請求を受けないようにする(すなわち、上記の例で言えば、買手が未払残業代の存在を知り、又は重過失によって知らなかった場合には補償請求が認められないようにする)ためには、株式譲渡契約書中に、以下のような条項を設け、このような買手の場合には売手に対する補償請求ができないことを明確に規定しておくことが、より一層重要となります。

(サンプル条項)

売手の表明保証違反について、(i)株式譲渡契約締結時点において買手が認識し、又は認識することができた事項、及び、(ⅱ)売手又は対象会社が本契約締結時点までに買手に対して直接又は間接的に開示した事項は、売手による表明保証の対象外とする。


(3)その他の留意点

 今回の改正民法では、売買における売手の担保責任として、買手が、損害賠償請求及び契約の解除以外に、修補や代替物の引渡し等の履行の追完請求(改正民法第562条第1項本文)や、代金減額の請求(改正民法第563条第1項・第2項)も請求できる旨が明文化されましたので、株式譲渡において、売手に契約違反があった場合の救済手段としてこれらの請求権を排除したい場合、契約書に明記されている補償責任等に加えて民法上の担保責任も併存的に認められる可能性も踏まえて、株式譲渡契約書中に、以下のような、違反があった場合の救済手段を契約書に明記したものに限定する旨の規定を置くことが引き続き重要となります。

(サンプル条項)

買手又は売手の本契約に基づく義務違反又は表明保証違反につき、当該買手又は売手は、本条に定める補償責任以外には、相手方に対し、代金減額、損害賠償、補償その他方法の如何を問わず、担保責任、債務不履行責任、不法行為責任その他いかなる責任も負わず、相手方は、本条に基づく請求以外には、補償及び賠償その他の請求をすることはできないものとする。

 
次回は

 以上、本稿では、表明保証とこれに違反した場合の補償責任と改正民法について取り上げ、考察しましたが、次回は、表明保証と補償責任以外の改正民法下における事業承継M&Aの契約実務において留意すべき点について、網羅的に概観していきたいと思います。



■筆者履歴

高橋 聖(たかはし きよし)
1993年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社リクルート勤務を経て、1999年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、国際取引、一般企業法務等を取り扱う。2015年にソシアス総合法律事務所を開設し、現在は、事業承継案件を中心に、多数の非上場会社売却案件に売手・買手のリーガルアドバイザーとして関与している。
University of Virginia School of LawにてLL.M.(法学修士号)取得。第一東京弁護士会所属弁護士・米国ニューヨーク州弁護士。




小櫃 吉高(おびつ よしたか)
2009年早稲田大学法学部卒業、2011年早稲田大学法科大学院終了。2013年より弁護士としてTMI総合法律事務所にて、主にM&A、労働法、一般企業法務等を取り扱う。2017年10月にソシアス総合法律事務所入所。現在は、事業承継案件を中心にM&A案件を取り扱うとともに、東京弁護士会労働法制特別委員会に所属し、労働法に関する執筆・セミナー等の活動も行っている。
東京弁護士会所属弁護士。


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