[対談・座談会]

2021年12月号 326号

(2021/11/10)

[座談会]M&A関連法制と実務の最新動向[2021年版]~サステナブルな資本主義と上場企業法制上の諸論点~

【出席者】(五十音順)
石川 真衣(日本証券経済研究所 研究員)
松井 秀征(立教大学 法学部 国際ビジネス法学科 教授)
山田 剛志(成城大学 法学部 教授)
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武井 一浩(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)(司会)
  • A,B,EXコース
左から山田 剛志氏、武井 一浩氏、松井 秀征氏、石川 真衣氏

左から山田 剛志氏、武井 一浩氏、松井 秀征氏、石川 真衣氏

<目次>
第一部 2021年企業法制度の振り返り
第二部 サステナブルな資本主義と上場企業法制をめぐる議論
  1. 株主最優先主義対ステークホルダー資本主義
  2. ESG/サステナビリティガバナンスなど
  3. 株主構造の変化
    • (1)
      金融緩和の長期化/アクティビストの隆盛
    • (2)
      機関投資家側のブロック化とパッシブ化の進行
    • (3)
      形式主義化の進行
    • (4)
      議決権行使権者の分離現象
  4. サステナブルな資本主義の時代における上場会社企業法制上の論点
    • (1)
      ボード改革の進展の重要性
    • (2)
      株主/ボード/マネジメントの役割・権限分配論
    • (3)
      株主の公正な意思決定の前提となるインフラ
    • (4)
      株主間の公正性
    • (5)
      サステナブルな資本主義は「株主最優先主義対ステークホルダー資本主義」のグローバルな現代的課題である
    •  
      日本は企業価値を毀損する買収に対してきわめて無防備である
    • (6)
      きわめて無防備な日本の上場企業法制
    • (7)
      フランスも危機感を持って上場企業の株主構成の変化に対応した法制見直しを行っている
  5. 株主が果たすことが適切な役割~日本の現行の権限分配の建て付けは欧米と比較して特異
    • 欧米の上場会社法制では経営陣のマネジメント権限は会社法上の固有の権限である~経営陣のマネジメント権限は株主の権限から発出して導かれるものではない
    • 欧米の上場会社法制は特定株主の利害によって経営が支配される弊害に対処した法制になっている
    • 株式会社を社会の諸利益の集合体として捉えているドイツの会社法制
    • 欧米と異なる株主権限の法制を放置して政策保有株式だけ剥ぎ取るのはバランスを欠かないか
    • リスクマネーを拠出している残余権者の株主(株主総会)だからといって何でも決めることが正当化されるものではない
    • 欧米の会社法制の基本構造は「ボードがマネジメントを監督する+株主はボードの構成員を選ぶ」間接民主制である
    • 会社法295条2項は間接民主制の1つの礎
    • 株主総会とボードとマネジメントは上下関係ではなく三権分立の関係
    • 「アクティビストという特定株主の意向が上場企業の経営を左右している危険性」が米国で批判されている
    • ドイツでは権限分配だけでなく事実上の政策保有でも対応(政策保有は日本特有の現象ではない)
    • フランスでも株主・株主総会が介入できない権限分配が会社法の強行法規で定められている
    • 上場会社法制において株主を同質の主体として捉えていることの問題点
    • 日本における買収行為時の情報開示要請
    • 主要株主の保有状況について公衆縦覧型の仕組みを導入すべき
  6. EUにおける透明性向上の制度的措置の動向
    • 「日本は米国に次ぐアクティビストの遊び場になっている」というフランス政府からの指摘
    • EUが全域で導入した上場企業の(0.5%以上保有の)機関投資家に対する質問権
    • 会社からの質問権行使に応じない機関投資家には議決権行使が停止される
    • 大量保有報告制度の閾値を5%→3%にする+貸株への措置
    • ホワイトペーパーなどパブリックキャンペーンに対する透明性向上
    • 透明性の向上はアクティビスト活動が良いか悪いかの話ではない
    • ESGなどサステナブルな資本主義をグローバルに発信している欧州の上場会社法制には社会との共存の基本理念がある
  7. アクティビズムがもたらす株主間の不公正性に関する論点
    • 日本における物言う株主と上場企業との対話の実態
    • 有事導入型の買収防衛策を避けるウルフパック戦略
    • アクティビストから役員が送り込まれることの意味
    • 企業の中長期的利益を犠牲にして自分だけが短期的に儲ける懸念
    • 選挙において新人側に求められる透明性
第一部 2021年企業法制度の振り返り

武井 「本年も最初に2021年の企業法制の振り返りを行いたいと思います。

 第1に、5月に令和元年改正会社法が施行されました。M&A関連で言いますと株対価M&Aの新たな手段として株式交付制度が導入され、課税繰延の税制措置が付いたこともあり活用事例も出てきています。また株対価M&A関連では、2021年に産業競争力強化法(産競法)で新たな会社法特例が手当てされ、株式取得会社側が上場会社である場合に株式買取請求権の対象外とされています。産競法改正の関連ではバーチャルオンリー株主総会も解禁されました。

 第2に、市場構造改革への対応があります。プライム市場の創設という形で、日本の上場会社をめぐる環境インフラは大幅に変わることが見込まれています。

 第3に、市場構造改革の定性基準の関連もあって、ガバナンス・コードが改訂されました。今回の改訂も大変重要な改訂事項が目白押しです。

 第4に、ガバナンス・コード改訂でも取り上げられましたが、特に昨今、サステナビリティ関連への対応の急速な進展が台風のようにグローバルでも押し寄せています。サステナブルとデジタルがとても大きなテーマになっています。サステナビリティに関しては、脱炭素や気候変動問題への対応があるわけですが、それ以外にもいろいろなテーマについて議論が国際的にも国内にも起きています。新しい資本主義のあり方を主張する議論も多く出てきています。

 第5に、金融審議会(金融審)ではディスクロージャーワーキングで開示制度見直しの議論が行われています。また、経済産業省(経産省)の非財務情報の開示研究会や内閣府=経産省『知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会』などの議論も注目されます。

 いろいろな角度からいろいろな方が関心を持って議論している中で、サステナブルな資本主義に関する議論が活発化し定着した1年であったかと思います。コロナも収まらないまま1年が経ちましたが、企業及び社会のサステナビリティに対する問題意識はより強まっていますし、デジタル化への関心も高まっています」


第二部 サステナブルな資本主義と上場企業法制をめぐる議論

武井 「昨今関心が高いサステナブルな資本主義等をめぐって、会社法制を中心に、証券法制も含めて、企業法制についての論点について多角的に、まだ日本で議論が深まっていないと思われる法制的論点を含めて議論ができればと思っています。立教大学の松井秀征先生、成城大学の山田剛志先生、日本証券経済研究所の石川真衣先生にお集りいただきました。よろしくお願いいたします」

1 株主最優先主義対ステークホルダー資本主義

武井 「『株主最優先主義対ステークホルダー資本主義』といった、資本主義を再定義する議論が活発です。『株主最優先主義』は、分かりやすい反面いろいろな弊害も指摘され、反省の議論がグローバルにも出てきています。

 コロナ渦によって、社会的課題への取り組みの本格化が多くの上場会社により迫られています。企業は株主に利益還元をするためだけに存在しているのではなく、『何のために企業が社会に存在しているのか』という『パーパス』から検討すべきであると言う議論が、この1-2年で欧米で主流となっています。数年前からの欧州発のESGの流れも2019年以来の米国発のステークホルダー資本主義の流れも、サステナビリティの概念の元に融合・定着しつつあります。欧米は日本に先んじて、『新しい資本主義』という課題、社会の多くの者からみて納得感のある資本主義の在り方に直面したといえます。

 株主最優先主義において最も良く指摘される課題が短期志向/ショートターミズムの弊害です。欧米諸国は長年にわたって制度的対応を進めてきました。たとえば金融立国である英国における著名なケイレビュー*では、(1)企業経営者と投資家の双方のショートターミズムを是正して、株式市場が企業の長期的業績を高め、機関投資家ひいては最終貯蓄者が受益を受けるように構造改革を行うべきである、(2)ショートターミズムがR&Dなど長期価値を生む有形・無形資産への過小投資を招き、また過剰な事業変革や財務リエンジニアリングなどの短期的過剰行動が起きている、(3)長期的にものを見る投資家の層がある程度厚くないと経済社会全体として健全な発展はない、(4)ショートターミズムの進展がもたらすイノベーションの衰退は一国経済にとっても大打撃となる、と指摘しています。

 短期志向化の進展により、企業が本来人的投資等に向けるべき資本・資産が短期保有の投資家に吸い上げられる懸念は、株主最優先主義の負の側面です。負の側面の拡大による社会的格差の拡大は、重大な政治問題にもなっています。実体経済から乖離したマネーゲームでは国民は豊かになりません。一部の投資家だけが巨万の富を得て、従業員や取引先は益々困窮します。こうした悪循環に伴う社会的分断・社会的不満の弊害は到底放置できないという議論がグローバルに説得力を増しています。最近は社会のサステナビリティまで含めた『サステナブルな資本主義』という言葉が日本でも急速に広まっています。これがいかなる意義や制度論をもたらすかという議論があります。株主最優先主義の見直しは、欧米を含めてグローバルに出てきている話で、いろいろなバランスが問われる世の中になってきているわけです。社会の多くの者からみて納得感のある『新しい資本主義』の在り方はグローバルな課題となっています。

 株主最優先主義の最大の難点・課題は『短期志向/ショートターミズム』の弊害です。またこの弊害はサステナブルな資本主義という観点からも同様です。欧米諸国では長年にわたってショートターミズムの弊害に対する制度的対応が進められてきましたが、日本でもそういった議論に巻き込まれつつあります」

* John Kay THE KAY REVIEW OF UK EQUITY MARKETS AND LONG-TERM DECISION MAKING, FINAL REPORT, JULY 2012

2 ESG/サステナビリティガバナンスなど

武井 「さらにブレークダウンをしていきますと、第1に『ESG』という流れがあります。ESGはご存じの通り相当定着していて、これを考えた企業経営を行い、機関投資家側もESG投資やサステナブルファイナンスといったことを考えなければならない。それを踏まえて、第2に『サステナビリティガバナンス』という表現を用いていますが、サステナビリティに対応した企業体制のあり方、バランスのあり方も企業側が真剣に考えています。企業経営、企業価値に結び付けることが重要で、これまでのCSR(企業の社会的責任)とは相当違って、ビジネスモデルとしてサステナビリティに取り組む。そのときに、社内でもいろいろ横串を刺さなければいけないので、サステナビリティ委員会の設置を含めた議論が起きています。これらは重要な流れであり、昔の寄付云々などとは全然違う、事業モデルの変革といったものが起こりつつあります。

 今回のガバナンス・コードでもサステナビリティに関する方針を取締役会で定め、それを開示してくださいというサステナビリティガバナンスに関する取り組みともリンクします。

 第3が、否応なしに進む経済の『グローバル化』の波です。もともと資本市場側はグローバル化しているわけですが、デジタル化の進展により実業すべてがグローバル化しつつある。米欧中という巨大な経済圏がある中で、日本の立ち位置、日本企業がどうやって国際競争力を強化するのか。簡単ではない話ですが重要です。

 第4が『デジタル化』です。いろいろなデジタルプラットフォーマーが生まれて、データ覇権、データガバナンス、サイバーセキュリティといったデジタル化の進展に伴う諸課題にどう対処するかが問われています。

 第5に、『国家経済安全保障』という論点があります。諸外国の法制を見ていても上場企業法制のテーマの1つとなります」

3 株主構造の変化

(1) 金融緩和の長期化/アクティビストの隆盛

武井 「そういった中で、上場会社の周りでいいますと、この10年で大きく起きていることとして株主構造の変化が挙げられます。要因の1つ目は金融緩和の継続、長期化です。リーマンショック以降の金融緩和が長期化しています。その中にアクティビストの活動を含めて極めて活発な投資活動、アクティビストの隆盛があります。今後も、アクティビスト活動の隆盛は続いていくことでしょう」

(2) 機関投資家側のブロック化とパッシブ化の進行

武井 「株主最優先主義に関する現代的課題としては、株式保有におけるブロック化とパッシブ化の進行があります。また日本で着実に進む政策保有株式の売却により、こうした株主構成のブロック化とパッシブ化はさらに進展することとなります。

 日本版ケイレビューとも呼ばれる2014年の伊藤レポートでは上場企業側と機関投資家側のそれぞれに対して重要な諸課題が提起されましたが、そのうち、機関投資家側の課題には未解決のものが多い状況です。2020年8月28日に経産省から公表された報告書**でも改めて、(1)日本市場の投資家は、パッシブ投資家と短期のアクティブ投資家に偏っており、とりわけ中長期的な企業価値向上に関心のあるアクティブ投資家が不足している、(2)パッシブ運用が拡大しているところ、パッシブ投資家は、その性質上、投資判断や運用に係るコストを極小化していくことをより重視していると考えられる上、一定の市場全体を投資対象としており、個社の深い分析を行うことが必ずしも容易でないと考えられるため、パッシブ投資家が個別企業と対話を行うことや対話を通じた企業との価値協創に寄与していくことに関しては構造上困難な面もある、と指摘されています。

 株式市場がパッシブ投資家ばかりだとそもそも情報を市場に反映させる者がいなくなる構造矛盾(機能不全)状態となるため、パッシブ運用が市場の多数派になることは元々は想定されていませんでした」

**「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間とりまとめーサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に向けて」

(3) 形式主義化の進行

武井 「短期志向化は、機関化された株主の形式主義化の進展によって、その影響が増大される懸念があります。そもそも個社個社に対する議決権行使という行動はコストがかかるアクションです。他方でパッシブ機関投資家は、できるだけ低廉なコストで効率的に運用することが要請されています。そこで、一律の機械的行使基準を設けて企業の個別事象を勘案せずに○×を決めるなど、個別の議決権行使等が形式主義に陥る懸念が生じます。一部の大手機関投資家は自らアナリスト等を抱えて個別に議決権行使を真摯に行っていますが、そうした例は内外の機関投資家全体で見ますと多いとまではいえません。アセットオーナー側の理解の面においても、課題があります。スチュワードシップ(SS)コードはこうした形式的な行動等に対して繰り返し警鐘を鳴らしています。

 また海外投資家にとって、他国の個別企業の議決権行使に個別のコストを割く合理性はますます乏しいといえます。従って、海外投資家の保有比率の増大は、議決権助言会社の影響力の増大という事象に直結することとなります。議決権行使助言会社も議決権行使のブロック化の一事象です。

 こうした機関投資家側のブロック化現象は、わずかの保有株式数の提案でも、当該ブロック化された機関投資家を通せば、提案が通る環境となります。短期志向化した提案であったりあるいはその本音が特定株主の利益を図る提案であっても、形式化した基準さえクリアーする形にすれば賛成が得られる可能性があるわけで、ブロック化された機関投資家が短期志向の提案であると気づかないで(あるいは誤導されて)賛成する事象もありえます」

(4) 議決権行使権者の分離現象

武井 「リスクマネー拠出者と議決権行使権者との分離現象の進展も、現代的課題です。

 株式会社では、法人格を持った事業主体がリスクマネーを集めやすくするためにいろいろな工夫を凝らしており、その1つとして、リスクマネーを出した株主が、役員を選解任する議決権を有しているという点があります。逆に株主が有している役員選解任権等の議決権は、リスクマネーを拠出していることを重要な前提・正当化要因としています。日本の会社法も伝統的には、株主としての地位に基づく権利の一部だけを譲渡することなど議決権と自益権とを分離することに否定的でした。

 しかしこうした前提は、現実の上場会社ではすでに相当失われつつあります。現在の証券市場では、議決権と自益権とは各種の金融技法で分離して取引されています。貸株取引も多く、基準日時点にだけ議決権を保有することが可能です。各種デリバティブを駆使した分離も多く、『ウルフパック戦略』を駆使したアクティビスト活動も国際的に多い状況です。議決権が自益権から切り離された『エンプティボーティング』状態は多発しています。『リスクマネーを出しているのでそれに応じた議決権を行使する』という前提は、現在ではすでに相当失われています」

4 サステナブルな資本主義の時代における上場会社企業法制上の論点

(1) ボード改革の進展の重要性

武井 「上記を踏まえて、サステナブルな資本主義のもとでの日本企業の中長期的企業価値向上のための制度的インフラ上の論点が出て参ります。

 まず根本的に重要となるのが、the board (ボード)機能の強化です。今般のガバナンス・コード改訂でもサステナビリティへの対応、ボードにおける方針策定とリーダーシップ、開示と説明などが明記されています。

 上場企業である以上、資本市場と向き合った企業経営を行うことは前提条件です。underperformしている上場企業に対しては資本市場からの厳しい規律を受けます。サステナビリティへの取り組みは、単なるリスク対応としてではなく、社会課題解決への貢献を通じた収益機会の発見力を高めることが重要となります。

 Management(マネジメント)が中長期の企業価値向上策を示すため、ボードが必要な後押しと多角的なgood questionを発したコーチング機能を発揮することで、企業側が骨太なプランが自律的に構築する。こうしたボード機能の強化(間接民主制の強化)が重要で、資本市場と長年にわたって向き合ってきた欧米の会社法制が共通して行き着いた1つの到達点であるとも考えられます。

 日本は、ガバナンス・コードを含めたガバナンス改革が進められ、この中間のボードを『見える化』している過程ともいえます。もともと監査役会設置会社が数年前までは上場会社の大半を占めていました。監査役会設置会社はどうしてもそのボード機能が取締役会と監査役会に分かれているという状態で、片や取締役会はマネジメントも兼ねているため、どうしても中間のボード機能が見えにくいという課題がある中で、ガバナンス・コードは2回の改訂を経て取締役会の機能、中間のボード機能の実効化を行っていると整理できるかと思います。

 サステナビリティに関する事項は、ステークホルダー間での激しい価値観の衝突と厳しい利害調整が求められる事項が少なくありません。上場企業経営において多様な利害の考慮が求められる点で、より難しい舵取りが迫られる面があります。自社の中長期的企業価値の観点から、物事・課題を本質を見極める力、社内外の関係者を説得する力が求められます。事業戦略に組み込んだ1丁目1番地の事項として進めること、サステナビリティ委員会等を設置して社内で骨太な議論を行うことなどがレジリエントな企業体の1つの礎となる時代であるといえましょう。上場企業のボードもこうした観点からの監督機能を強化していくことが重要となると考えられます」

(2) 株主総会/ボード/マネジメントの役割・権限分配論

武井 「その上で、今日は以下の3つの論点を議論としてとりあげたいと思います。

 今日の第1のテーマが、株主が決めるべきこととマネジメントが決めるべきことの区分です。最近ではその中間にボードがあって、『株主/ボード/マネジメント』のそれぞれの役割分担で何をどう決めるのがいいのかという議論です。伝統的な役割・権限分配がありますが、新しい形での議論をしていく必要があるのではないかということです。この論点は、会社法でいうと司法審査の際の裁判所との役割分担の話にもなります。

 先ほども申し上げましたとおり日本は、ガバナンス・コードを含めたガバナンス改革が進められ、この中間のボードを『見える化』している過程であると理解されます。他方で、株主や株主総会が決める事項の範囲が、法定決議事項とか株主代表訴訟とかいろいろな点で、欧米の仕組みに比しても特異なまでに広い状況になっています。

 ドイツでは元々、株主総会は最高機関ではなく、株主総会、ボード、マネジメントの3者は並列関係にあり、相互の勢力均衡を会社法の立法方針としています。マネジメントには、一定範囲で、株主総会やボードに指図されずに業務執行を行う権限が与えられています。その上で、マネジメントの選解任権限を有しているボードの半数を、株主による選解任が及ばない従業員代表としています。

 米国では、企業価値・企業経営の時間軸についてボードの専権事項であることが会社法において明確にされています。また多くの州会社法でステークホルダーの利害を考慮することを認めるconstituency statuteが制定されています。

 フランスは、あとでも議論されますが、株主や株主総会が介入できない事項などきちんと権限分配がなされた法規定となっています。また、記名式での2年以上の株式保有により議決権が2倍となる複数議決権制度をデフォルトで上場会社に採用していたり、いくつか法制度上の対応を行っています。最近では、2019年のPACTE法等の制定により、企業が社会的及び環境的な利益などを考慮することを正面から認める制度的手当てがなされています。

 英国では2006年に会社法が改正され、従業員利益や顧客・サプライヤー等の事業上の関係の発展を促す必要性、地域社会及び環境にもたらす影響等を考慮して、取締役は企業の中長期的な成功を最も確実に達成すると誠実に考える方法で行動すべき旨の法的義務が、会社法172条で明記されています。そしてこの172条の遵守状況の開示強化等を盛り込んだ英国ガバナンス・コード改訂が2018年に行われています。

 上場会社は株主側の入退場が自由です。ショートターミズムを含めて多種多様な利害の者が株主になります。そうした中で上場会社では、ボードによる監督を通じて、マネジメントが適正に経営を行う。他方で、欧米の法制は、特に上場会社について、株主がマネジメント事項を決定することに制約を付した法制になっています。

 こうした機関間の権限分配に関する論点について、東京株式懇談会会報833号(2021年5月号)に『今、改めて株主総会を考える』をご寄稿され、株主総会を1つのご専門とされていらっしゃいます松井先生にまずお話をしていただいて、皆でディスカッションしたいと思います」

(3) 株主の公正な意思決定の前提となるインフラ

武井 「今日の第2のテーマが、株主の公正な意思決定の前提となるインフラという議論です。

 例えば、株主総会でアクティビストがアジェンダを出す。選挙に例えると、現職と新人が候補で出ていて、ブロック化した機関投資家の票をとりあっているわけです。そうした選挙で、現職側にはすごく透明性が求められている。他方で、新人側には透明性に関する規律がほとんどなく、情報開示義務等の規律が日本ではあまりありません。元々、日本の会社法制等で、株主側に情報の開示を求めるという法制があまりないわけです。金融商品取引法(金商法)で大量保有報告書、公開買付規制などわずかにあるだけです。片や、米国では、証券法によって、一任運用資産が1億ドル以上の機関投資家は四半期ごとに保有明細をSECに提出する公衆縦覧制度があります。欧州では、2017年に第2次EU株主権指令が制定され、0.5%以上保有する機関投資家について、上場会社側がその実態を質問権行使により把握できる制度が法定されています。

 フランスでは、英語でいうと『stronger transparency measures applicable to investors taking public positions』(透明性の確保・向上)という切り口からの法制度整備の議論が進められています。パッシブのブロック化した機関投資家はロジックで動く者が多いわけです。そういった株主たちが誤動されず、正しい情報開示の下で判断する環境が重要となります。さらに、アメリカの買収防衛策においても、ユノカル基準の『脅威』というときに、株主が誤動されるおそれということも『脅威』の1つであるという議論も出てきています。フランスの動向について、石川さんに頭出しをしていただいて議論いたします」

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