[M&A戦略と法務]

2024年9月号 359号

(2024/08/09)

対象会社株式の相続と価格決定申立て

小林 拓人(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
第1 はじめに

 株式会社の発行する株式は、上場株式であっても、非上場株式であっても、権利者が死亡し、相続が開始された場合であって、相続人が複数存在するときには、異なる内容の遺言がある場合などを除き、遺産分割協議が整うまでは相続人全員の共有(正確には準共有であるが、法的な効果としては共有と差異がないため、以下、単に「共有」という)となる(民法898条1項、同264条、最判平成26年2月25日民集68巻2号173頁)。

 このような相続人による相続財産の共有は、被相続人の死という社会的事実の発生によって、何らの手続も経ず当然に生じ、また、遺産分割協議が整うまで継続するために、相続財産をめぐる権利関係は関係者のコントロールできないところで複雑化していく。特に、遺産分割協議が整う前に、さらに相続人に相続が生じるような場合には、誰が権利を有しているかの確定が困難な場合が往々にして生じる。

 キャッシュアウトの場面においては、株式会社又はその利害関係人からしても、また、共同相続人からしても、株式が共有されている場合における共同相続人の1人は、どのような場合に、どのような要件で価格決定申立てを行うことができるのかは重要な問題といえる。本稿は、このようなキャッシュアウトの場面における、共同相続人のうちの1人による価格決定申立ての適法性について判示した長野地裁令和3年10月8日決定(金融・商事判例1633号30頁)(以下「本決定」という)を参照しながら、共同相続人による価格決定申立ての要件等に焦点を当てて考察する。

第2 株式が共有される場合の株主権の行使方法

 会社法106条本文は、株式が共有される場合、その権利行使者1人を決め、株式会社に通知(以下「指定権利行使者通知」という)しなければ、当該「株式についての権利を行使することができない」と定める。これは、民法251条以下の共有に関する規定に従って共有株式の権利が行使されると、発行会社においてその権利行使の適法性を確認する必要が生じ、発行会社の事務処理が煩雑になりすぎるためであると解されている(注1)。

 そのため、キャッシュアウトの場面において対象会社株式が相続されて共有となった場合には、会社法106条本文が適用され価格決定申立ての要件としても、指定権利行使者通知が必要となるのか、それとも当該通知は不要であり、民法252条等の共有物の管理に関する規定に従うだけで価格決定申立てをすることができるのかが問題となるのである。

第3 長野地裁令和3年10月8日決定

 本決定は、特別支配株主がキャッシュアウトとしての株式等売渡請求をした際に対象会社株式の共同相続人がした価格決定申立ての場面においてこの点について判断した初めての決定である。

1 事案の概要


■筆者プロフィール■

小林氏

小林 拓人(こばやし・たくと)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。12年弁護士登録、19年英国サウサンプトン大学ロースクール卒業(LL.M.)。海事・M&A・スタートアップ投資などを始めとして企業法務全般を幅広く取り扱い、価格決定申立てなどの商事争訟にも対応している。

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