[M&A戦略と法務]

2021年12月号 326号

(2021/11/10)

M&Aに関するインサイダー情報の発生時期・再考

宮下 央(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
  • A,B,EXコース
1.検討の経緯

 インサイダー取引に係る金融庁の課徴金納付命令を取り消したモルフォ事件(東京地判令和3年1月26日)は、インサイダー取引の基本的な要件に係る事実認定において、いくつか興味深い点があり、その決定内容は実務家の注目を集めた。それらの事実認定のうち、判決は、「業務執行を決定する機関」の「決定」のタイミングについて、金融庁(課徴金審判決定)とは異なる事実認定をし、課徴金納付命令を取り消す判断をしたが、本稿では、もう1つの論点であった「業務執行を決定する機関」の事実認定に着目し、改めてその意義を検討することとしたい。

 M&Aを検討する際に、どの時点から当該M&Aについてのインサイダー情報が発生したものとして取り扱うかは、実務において常に重要な問題となるが、「業務執行を決定する機関」の意義は、インサイダー情報がどの時点で発生するかということに極めて大きな影響を及ぼすため、この点を検討する意義は大きい。


2.本稿の問題意識

 インサイダー取引規制の対象となるインサイダー情報には、会社の業務等に関する重要事実(金融商品取引法166条1項)と公開買付け等に関する事実(金融商品取引法167条1項)があるが、会社の業務等に関する重要事実のうち、会社の決定に係る重要事実(いわゆる決定事実)は、会社の「業務執行を決定する機関」が金融商品取引法166条2項1号に掲げられた事項(以下「各号列記事項」という。)について「決定」をしたことがこれに該当する。また、公開買付け等に関する事実についても、公開買付け等を行う主体が法人である場合は、「業務執行を決定する機関」が公開買付け等を行うことの「決定」をしたことがこれに該当する。(したがって、M&Aに関するインサイダー情報は、M&Aの具体的手法が会社法上の組織再編であれ、公開買付けを含む株式の取得であれ、「業務執行を決定する機関」が「決定」したときに発生する。)

 そこで、「業務執行を決定する機関」の意味するところが重要となるが、これについては、形式的に会社法上の決定権限を有する機関だけではなく、「実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関」を意味するとされるところ(日本織物加工事件最高裁判決(最判平成11年6月10日第一小法廷判決・刑集53巻5号415頁))、これは会社により、また決定する事柄により異なると考えられることから、実態に照らして個別に判断するものとされる。

 また、「決定」とは、各号列記事項を行うこと自体についての決定だけではなく、それに向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定することを含むとされる(注1)(したがって、M&Aの文脈においては、M&Aの実施に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定することが、ここでいう「決定」であるということになる。)。

 これらの解釈自体については、学説上も実務上もほとんど異論がないと思われるが、「業務執行を決定する機関」に該当するかどうかを判断する際に問題とされる「意思決定」が、具体的に何についての意思決定を指しているのかということは、あまり議論がなされていない。

 M&Aの検討に即してより具体的にいうと、

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