[対談・座談会]

2022年8月号 334号

(2022/07/11)

[座談会]加速するデジタル化・グローバル化とM&A

―― 公取委の企業結合審査はどう変わるのか

【出席者】
伊藤 憲二(森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士)
山田 香織(フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー パートナー 弁護士)
---------
石垣 浩晶(NERAエコノミックコンサルティング東京事務所代表/マネジングディレクター)(司会)
  • A,B,EXコース
(左から)山田香織氏、石垣浩晶氏、伊藤憲二氏

(左から)山田香織氏、石垣浩晶氏、伊藤憲二氏

<目次>
  1. 企業結合審査の最新動向 ~デジタル分野における慎重な手続
  2. グローバルな垂直型案件での公取委の対応
  3. 「経済分析室」設置についての背景
  4. 経済分析の副作用等
  5. 審査実務における課題
  6. 審査実務の理想形とは?
  7. 垂直型・混合型企業結合について
  8. トラスティ導入について
  9. 経済分析活用の審査への影響
  10. デジタル分野の企業結合や独禁法違反事件の取り扱い
  11. まとめ ~公取委の今後
1.企業結合審査の最新動向

~デジタル分野における慎重な手続

石垣 「今回は、公正取引委員会が企業の経営統合の際に実施する『企業結合審査』の最近の動向について、実務家の目線から、その現状や課題、将来展望等を議論できればと思います。

 まず、企業結合審査における近年の特徴の一つとして、公取委によるデジタル分野の企業結合審査への強い関心が挙げられると思います。公取委では、伝統的な産業の企業結合と比べ、デジタル分野の企業結合に対して厳しめの審査が行われる傾向があるようです。近年であれば、GoogleとFitbitの経営統合、YahooとLINEの経営統合の事例が典型的でした。デジタル分野における最近の企業結合審査をどうお考えですか」

伊藤 「デジタル分野について公取委が慎重かつ厳しく審査する傾向にあるという点については、実務での実感とも符合します。まず、公取委は、デジタルプラットフォーマーによる買収案件については、届出要件を満たさない案件でも、自ら積極的に審査を開始する傾向にあります。私の経験上も、公取委の方から当事会社に接触があり、審査対応を迫られたケースがあり、そうしたケースは今後増えていくのではないかと思います。

 公取委は、グローバルなM&Aの動向等を日常的にモニターしていて、デジタル分野で目を引く案件があれば、公取委として審査すべきか否か前広にチェックをしているように思います。海外企業から日本の公取委への届出要否を相談されることも多いですが、デジタル分野の案件については、単に法律(独占禁止法)や企業結合ガイドライン上の要件を満たすか否かではなく、実質的なリスク分析が必要になっていると言えます。競争法上の問題の深刻さの程度だけではなく、当事者にデジタルプラットフォーマーが含まれるか、世間の注目度はどうか、他の規制当局の動きはどうか ―― 等、周辺的な事情も加味して考え、自主的に届出すべきか否かを判断する必要があります。

 また、実質的な審査の局面では、提供を求められる情報量が相当増えているほか、慎重な手続がとられるため、会社からすると、通常の案件より手間も時間もかかるようになってきています」

2.グローバルな垂直型案件での公取委の対応

山田 「最近はデジタル分野でも経済分析を使うケースが増えています。垂直型企業結合(当事会社グループ同士が取引段階を異にする企業の結合)では、囲い込みのリスク(縦の関係)やコングロマリット化が問題になるケースも少なくなく、その場合には経済分析でも、囲い込みをするインセンティブや現実的な能力があるかシミュレーションを行ったりする場合があります。水平型企業結合(当事会社グループ同士が一定の取引分野において競争関係にある企業の結合)は、価格変動や市場需要の代替性等に関して経済分析をしますが、それに比べても、前者の垂直型の経済分析は、どのように前提シナリオを設定するかで、かなりフレキシブルに説明シナリオが考えられるという印象があります。

 例えばグローバルに複数国の当局が関与している案件の事例ですと、特に米国の司法省(DOJ、Department of Justice)のエコノミストは分析シナリオの前提が甘いなどと、何度も分析のやり直しを迫ってくることが珍しくありません。米国においても、会社側はもちろん有利な前提条件でシミュレーションを作ってくることが多いですから、『この前提は甘い』という議論が当局と会社の間で始まってしまうと、水掛け論のような議論になってしまうこともあります。

 ただ、そのやり取りをしていて実感するのは、抽象的に批判・議論するよりも、『Aという数字を入れてみると、B部門の利益が出ないので囲い込みのインセンティブはない』といった具体的な議論をすることは、非常に価値があるということです。

 すなわち、大きいプラットフォームが怖いのでとにかく規制すべき、という風潮に水を差すためにも、実際の数字を入れ、囲い込みをしても意味がないというストーリーを具体的に議論する価値は非常に高いと思っています」

石垣氏

石垣 浩晶(いしがき・ひろあき)

1991年青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科卒、1994年筑波大学社会科学研究科経済学専攻修士(経済学)、1998年米国パデュー大学クラナート経営大学院経済学博士号取得。立命館大学経済学部助教授、公正取引委員会企業結合課企業結合調査官主査等を経て2006年にNERAに入社。2016年より現職。独占禁止法上の企業結合規制に関しては20年近い経験を有しており、競争当局に届出が必要となる企業結合計画の市場画定や競争制限の可能性について評価する経済分析を提供し、客観的な定量的証拠に基づく審査を促進してきた。また、合併・買収等を計画している当事会社や第三者の依頼を受けて、企業結合計画に関わる独禁法上の規制リスクを予備的に評価するサービスも提供している。

石垣 「2019年12月に公表された企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針(『企業結合ガイドライン』)の『改正版ガイドライン』には、閉鎖・排他行為を行う『能力』と『経済的インセンティブ』に関する記載があります(注1)。指摘されたのは、垂直関係の合併においてインセンティブと能力についてチェックをするという競争当局の姿勢についてだと理解しました。これまで公取委のこの手のシナリオ分析では、『能力は見るがインセンティブはあまり見ない』という印象があるのですが、企業結合ガイドラインの改正で実務が少し変わってきたのでしょうか。

 関連して、冒頭のGoogleとFitbitの経営統合の案件になりますが、本件では、垂直型企業結合において問題がないことを主張する経済分析による定量的な証拠が提出されました。しかし、問題解消措置が提出されて、競争上の問題は解決してしまったので、当該経済分析の妥当性について深追いして検討することは行われませんでした。

 公取委が『言うべきことがあるのに言わないで終わった』話も沢山あるのではないでしょうか。こうした点については、公取委が積極的にもう少し議論をしていく必要があったのではないでしょうか」

山田氏

山田 香織(やまだ・かおり)

独占禁止法を専門とする。フレッシュフィールズブルックハウスデリンガーのロンドンオフィスでの勤務経験を有し、現在は東京オフィスにて公取委その他海外当局によるカルテル事件、クロスボーダーM&Aの当局審査、私的独占事件の捜査への対応、競争者間の業務提携、独禁法に関わる流通契約のアドバイス等につき、幅広い分野で経験を有する。東京大学法学部第2類卒業、オックスフォード大学クイーンズカレッジ法学部修士課程修了、ロンドンスクールオブエコノミクス法学部修士課程修了。第二東京弁護士会所属。1999年から2005年まで外務省(旧条約局、経済局等)に勤務。現在、内閣官房デジタル市場競争会議WG委員を務める。

山田 「デジタルの経済分析には垂直統合型の案件が多いですが、グローバル案件の場合、日本の公取委主導で経済分析をすることは少ないのではないでしょうか。また、いわゆる『縦の関係』で日本が主戦場の案件を担当した際にも、海外当局が絡まない場合、それなりのシェアであっても公取委から経済分析が要求されずに審査が終わっているように思います。

 他方、グローバルの大きなデジタル案件で何が起こっているかというと、海外で先に走り始めたものは当然後追いで公取委が事案を見ることになるのですが、本社の人が英語でどんどん海外競争当局の担当者と直接電話会議で話せているのとは対照的に、公取委では語学のカベや時差などいろいろな障壁があり、必ずしも議論に参加できていないということです。例えば、欧米当局が100を見ている中で公取委はその6割を見て時間切れになってしまうという事案も多いのです。例えば他国であれば『いや、我々はまだ審査が終わっていないので続けますよ』と強硬に出る国・当局もあるのですが、公取委はそこまではまだ執拗に踏み込んで対応しないケースが通常です。『グローバルな案件において他国でクリアランスを獲得したのだから、日本だけが理由でクローズが止まってしまうという迷惑はかけたくない』という遠慮・良心のようなものが感じられるのですが、そのあたりも今後、改善していく余地はあると考えています」

伊藤氏

伊藤 憲二(いとう・けんじ)

1995年京都大学法学部卒業、2002年米国ジョージタウン大学ロースクール(LL.M.)卒業、2003年公正取引委員会事務総局官房勤務を経て、2005年に現事務所に入所。長年にわたり競争法関連分野全般の助言・案件対応に従事。国内外の企業結合・アライアンス案件に日常的に従事するほか、二次審査案件など困難案件の実績も豊富。デジタル分野や規制分野など他領域との交錯分野にも積極的に取り組む。国際カルテル事案を含む調査対応、競争法に関わる訴訟対応等にも豊富な経験を有するほか、近時は企業の不祥事・危機対応一般も取り扱う。

伊藤 「デジタル系の企業結合はグローバルなケースが多く、山田先生がご説明された傾向も認められると思いますが、日本企業同士での垂直統合型が問題となるケースもあります。その場合、企業結合ガイドラインで考え方が明示されたこともあり、公取委としては垂直統合についてもしっかり審査しようとする傾向はあると思います。逆に、日本の会社が中心の案件だと審査に時間がかかり、当事会社がしびれを切らしてしまうという場合もあります。

 企業結合ガイドラインには、『能力』と『経済的インセンティブ』に関する記載がありますが、これに沿って審査をしようとすると、特にインセンティブのところの判断はかなり経営判断に踏み込む側面があり、審査の難度が高くなるように思います。業界特有の事情も考慮する必要があり、それらも踏まえて企業サイドの行動を予測することは、なかなか難しい作業のように思います。ですから、当事会社としても、時間を掛けて経済分析等を行い競争制限の懸念がないことを示していくのではなく、当該懸念を払拭する『問題解消措置』を講じることを約束して、早期にクリアランスを取得したいという意向の場合もあります」

3.「経済分析室」設置についての背景

石垣 「公取委の企業結合審査に関する最近の最も大きなニュースとしては、2022年4月1日に経済分析室が設置されたことが挙げられます。実際、この3~4年の間で、企業結合事例において経済分析の取り扱いが格上げされ、実務においても経済分析班が参加して経済分析を実施するケースが非常に増えているという印象があります。経済分析が企業結合審査の必要な手続になる流れがあるように見えます。今回の経済分析室の設置をどう見ていますか」

この記事は、Aコース会員、Bコース会員、EXコース会員限定です

マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。

関連記事

バックナンバー

おすすめ記事

スキルアップ講座 M&A用語 マールオンライン コンテンツ一覧 MARR Online 活用ガイド

アクセスランキング