[特集インタビュー]

2022年4月号 330号

(2022/03/09)

資本生産性とサステナビリティを共に高める経営実践論

~ 指南書『企業価値経営』の本質を語る

伊藤 邦雄(一橋大学CFO教育研究センター長、一橋大学名誉教授、TCFDコンソーシアム会長)
  • A,B,EXコース
伊藤 邦雄(いとう・くにお)

伊藤 邦雄(いとう・くにお)

現職:一橋大学CFO教育研究センター長、一橋大学名誉教授、TCFDコンソーシアム会長
一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部専任講師、助教授を経て同教授。その間、スタンフォード大学フルブライト研究員。一橋大学商学研究科長・商学部長、同副学長を経て現職。商学博士(一橋大学)。
日本IR学会会長、元日本会計研究学会会長、元日本ベンチャー学会会長。
経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブー企業と投資家との望ましい関係構築―」(伊藤レポート)プロジェクト座長、東京証券取引所・企業価値向上表彰制度座長、経済産業省・東京証券取引所「攻めのIT経営銘柄」選定委員会座長、経済産業省持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」座長、経済広報センター・企業広報賞選定委員会座長、日本IR企画協議会企画委員会委員長、国際統合報告評議会(IIRC)とSASBが統合したVRFのアンバサダー、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)コンソーシアム会長を務める。日本を代表する企業の社外取締役を務める。
主な著書に『コーポレートブランド経営』『医薬品メーカー勝ち残りの競争戦略』『危機を超える経営』、『次世代リーダー育成塾』(編著)、『新・現代会計入門』、『企業価値経営』(以上、日本経済新聞出版)などがある。
<目次>
  1. 伊藤レポートと2つのコードのインパクト
    利益の落伍者だった日本に挑戦した『伊藤レポート』
    持続的な企業価値創造のための制度改革
  2. ガバナンス改革は日本企業をどう変えたか
    概括的に捉えるといい方向へ、ズームインすると課題山積
    突如としてできた社外取締役マーケット
    企業経営は『総合格闘技』
  3. 投資家との対話はどう変わったか
    IRで価値創造ストーリーを語りきれているか
  4. コロナ禍がもたらしたサステナビリティとは何か
    2種類のサステナビリティの両立が求められている
    DX化を促す『デジタルガバナンス・コード』
    投資家もDX化が進む企業にポジティブ評価
    ダノン事件、エクソンモービル事件に見るESG経営の難しさ
  1. 日本企業のM&Aはどう変わっていくか
    M&Aでダイナミックな資金の循環を起こしている日立製作所
    ベストオーナーは誰か ~決めつけ的な幸せを打破する時期
    ベンチャー企業が持つ社会課題解決型のスピリット×AIテクノロジー
  2. さらなる企業価値創造を求めて
    進む『ボード3.0』の議論
    世界的に見れば日本はまだ利益の落伍者
    資本生産性とサステナビリティを共に高める経営戦略 ~『ROESG』の提唱
    CFOとCHROがもっと対話を
1. 伊藤レポートと2つのコードのインパクト

―― 伊藤先生は2014年8月に経済産業省のプロジェクトとして『伊藤レポート』をまとめられ、さらに、『日本版スチュワードシップ・コード(SSC)』、『コーポレートガバナンス・コード(CGC)』の2つのコードが本格適用となり、その後の日本のガバナンス改革を方向づけました。足元では、『伊藤レポート』から7年を経て、2021年4月に財務・非財務、企業戦略と多方面に目配りをきかせた、経営実践の指南書とも言うべき『企業価値経営』(以下:本書)を書き上げられました。『伊藤レポート』やESGに対応し、今日本企業が直面する環境激変、あらゆる課題が盛り込まれています。

 本日はまず、『伊藤レポート』が果たした役割、2つのコードとの関係を含め、一連のガバナンス改革についてこれまでの流れをお聞かせください。

利益の落伍者だった日本に挑戦した『伊藤レポート』

 「『伊藤レポート』は、想定を超えて国内外からの反響を巻き起こしました。とりわけ海外からの反響が大きかった。『利益の落伍者だった日本企業がやっと8%のリターンを求めることで世界へのキャッチアップを始めた』。ブルームバーグ誌の2014年9月17日の記事の見出しです。ここには、日本の隠しようのない歴史への揶揄と、かつてないほどの期待が凝縮されています。当時の日本企業のROEの平均は5%前後で、欧米との埋めがたい格差がありました。そのため、レポートは少なくともROEを8%以上にすることを提唱しました。

 『伊藤レポート』に先立って、2014年2月に『日本版スチュワードシップ・コード(SSC)』が公表されましたが、『伊藤レポート』はそれを先取りした形で、企業と投資家の望ましい関係構築のため、投資家との対話の必要性を強調しました。日本の経営者は、IR(Investor Relations)の場では投資家に対してROEを重視していますと言います。ところが、その経営者が会社のなかでROEを指標とした経営をしているかというと、まずそんなことはない。つまり、言語を使い分けていて、これを『ダブルスタンダード』と呼んで、そこに警鐘を鳴らしたのです。

 最低限ROE8%という提言は、本来なら各企業の資本コストを上回るROEをあげるという表現を取るべきでしょうが、当時の日本企業のあまりに低いROEに対し、資本生産性の上昇によって年金資産の富の減少を回復させるにはメッセージ性が必要でした。海外の投資家に日本企業に投資する際に想定する資本コストの水準を質問したところ、平均で7.2%でした。企業価値創造につなげるためにはそれを少し上回る水準がいいだろうということで『8%』とする決断を座長として下しました。具体的数字を出したインパクトは大きかったのです」

持続的な企業価値創造のための制度改革

 「『伊藤レポート』では、資本生産性の向上や投資家との対話に加えて、取締役会の活性化を含むコーポレート・ガバナンス改革の必要性とそれをコード化する必要性を訴えました。レポートの公表から1年後の2015年6月に『コーポレートガバナンス・コード(CGC)』が公表されたことで、ガバナンス改革が本格化しました。その後、CGCは2018年6月、2021年6月に改訂を行っています。

 2017年10月に『伊藤レポート2.0』が公表されました。2016年6月に閣議決定された『日本再興戦略 2016』では、コーポレート・ガバナンス改革を『形式』から『実質』に進化させ、持続的な企業価値向上と中長期投資の促進を図るための総合的な政策が打ち出されました。その中の政策課題として、『ESG投資の促進といった視点にとどまらず、持続的な企業価値を生み出す企業経営・投資の在り方やそれを評価する方法について、長期的な経営戦略に基づき人的資本、知的資本、製造資本等への投資の最適化を促すガバナンスの仕組みや経営者の投資判断と投資家の評価の在り方、情報提供の在り方について検討を進め、投資の最適化等を促す政策対応』を検討することが掲げられました。

 これを受け、2016 年 8 月に経済産業省において

この記事は、Aコース会員、Bコース会員、EXコース会員限定です

マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。

関連記事

バックナンバー

おすすめ記事

スキルアップ講座 M&A用語 マールオンライン コンテンツ一覧 MARR Online 活用ガイド

アクセスランキング