[特集インタビュー]

2023年1月号 339号

(2022/12/09)

冨山和彦・日本取締役協会会長が語る「シン・ガバナンス論」

冨山 和彦(日本取締役協会 会長、経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム 代表取締役社長)
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冨山 和彦(日本取締役協会 会長、経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム 代表取締役社長)

冨山 和彦(とやま・かずひこ)

東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。2022年8月日本取締役協会会長に就任。
経済同友会政策審議会委員長。金融庁・東証「スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員ほか政府関係委員多数。著書に「コーポレート・トランスフォーメーション」「社長の条件」「決定版 これがガバナンス経営だ!」他。

コーポレート・ガバナンス改革のジレンマ

―― 3期目を迎えた経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システム(CGS)研究会」(座長:神田秀樹・学習院大学大学院法務研究科教授)が、2022年7月に「CGSガイドライン改訂について」を纏めました。

 多くの企業が取締役会の活性化などに取り組み、経営力向上につながったという声も聞かれる一方、これまでのコーポレート・ガバナンス改革が、中長期的な企業価値向上に資する投資の拡大や、リスクテイクの活性化にまでは現状では寄与していないとの評価もあります。

 こうした状況を受けて、研究会ではガバナンスの改革を通じた中長期的な企業価値の向上と執行側の機能の強化、取締役会の役割・機能の向上、社外取締役の資質・評価の在り方、経営陣のリーダーシップ強化のための環境整備などが議論されました。冨山会長は委員として研究会に参加されたわけですが、研究会でどのような議論が行われたのかについて振り返っていただけますか。

「ガバナンス改革については、形式と実質の間のギャップが埋まらないために、現実の結果に結び付いていないのではないかという議論がずっとあって、それをどう埋めていくかということがテーマになっていました。実際に企業を経営しているのは経営者ですから、最終的には経営者の能力、資質、また経営者がどのように選ばれているかが根幹にある問題です。その背景を探っていくと、テストで高得点を取った人が選ばれるという日本の教育システムの問題にまで議論が広がってしまいます。

 正解なき世界で正解を作っていかなければならないという現実的な問題解決の観点からすると、ガバナンスが一番大事な課題で、これは私が以前から言ってきたことです。神田先生も基本的にそういう問題意識でこのガイドライン作りに取り組んでこられました。ただ、より本質的な問題になればなるほどガイドラインを作るのが難しいということがあります。2022年7月に『コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針――指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針』を出しましたが、ここにもジレンマがあって、重要なのは経営に関わる人々の能力であったり、経験、あるいは意欲、覚悟なのですが、細かく書けば書くほど、“形式順守”だけが重視されかねないという危惧が常に存在するということです」

―― 今回のガイドライン改訂のポイントはどこにありますか。

「ポイントはやはり社外取締役の役割です。数合わせ、あるいは形式的なスキルマトリックス合わせ的なスタンスで、枯れ木もなんとかの賑わいという感じで社外取を位置付けるのはやめようということを明確にアピールしています。ただ、そのためにどうするのか、ということを書き込めば書き込むほど、すごく形式順守モードになってしまう。そこはジレンマを感じながら議論しました。

 ガバナンスというのは守りというか、事件や問題を起こさないために統制を利かせてチェックをすることだという誤解がまだ、特にメディアを中心にあります。しかし、それは内部統制の話であって、ガバナンスとはレイヤーが違うのです。もちろん様々な不祥事が後を絶たないので、それをどのように防いでいくかということは大事です。国の仕組みで例えると刑事政策です。しかし、刑事事件が多発するのは、根本的に社会に何らかの病巣があるから起きているわけで、社会政策がしっかりしていて社会が安定していれば、犯罪が多発するということはないはずです。そういう意味で、本来ガバナンスが関与すべきは社会政策の方、つまり経営の本筋がうまくいっていない、あるいは経営者が不適格だから結果的に不祥事が起きているという問題への対応です。正しい事業モデルの選択、競争モデルの選択を行っていくことが経営の本質的な仕事で、それができるような経営者をしっかり選ぶ、あるいは今の経営者が不適格であれば適格者に代えていくということがガバナンスの本質なのです。

 もともとガバナンスというのは政治学用語で、どの国でも統治機構に関して、憲法で最初にどのようにして行政府のトップを選ぶかが書かれています。ここに統治の本質があります。実は、これが企業のガバナンス改革における“背骨”だったのですが、ガバナンスを日本語にしてしまうとなぜかコンプライアンスの話と混同されてしまう。したがって、改めてガイドラインの議論を進める中で“本義”を議論しなければならないという状況が続いています。これは日本的とも言えますが、神田先生もこのポイントについてはすごく頑張ってリードしておられました」

アクティビストへの対応

―― 最近、投資のプロが取締役として参画する「ボード(取締役会)3.0」という言葉が聞かれます。1950~60年代の米国で支配的だったアドバイザリー・ボードを「1.0」、社外取締役を中心としたモニタリング・ボードは「2.0」と呼ばれます。しかし、「2.0」では、社外取締役の情報収集やリソース等に限界があるということで、経営戦略に関する監督として社外取締役が参画するボードとして「3.0」が提唱され、CGS研究会でもテーマとなっています。

 「ボード3.0」は、スタンフォード大ギルソン教授、コロンビア大ゴードン教授が提唱しているものですが、両教授は、従来型社外取締役の「3つの限界」として①会社について得られる情報の不足、②自前の調査分析資源を持たない、③企業価値向上への切迫した動機を持たない――という点を挙げています。監督型取締役会だけでは激変する事業環境に即応する戦略策定や、アクティビストとの議論が難しいという指摘ですが、まずアクティビストへの対応について冨山会長のご意見をお聞かせください。

「株式会社の統治メカニズムというのは資本民主主義です。資本民主主義というのは

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