1. はじめに
日本企業によるIT分野のM&Aの重要性は近年高まる傾向にある。レコフデータによると、2017年の譲渡件数は3050件となり、業種別に見ていくと譲渡件数のトップは「ソフト・情報」の912件でシェアは29.9%であった(注1)。ソフト・情報業界は2016年に続いて業界1位を維持し、増加率は46.8%であった。日本企業がIT技術を活かした経営改革や事業創出を企図して積極的にIT関連企業のM&Aを行おうとしていることがうかがわれる。日本政府はビッグデータやIOTの利活用による経済成長に強い関心を示しており、企業側もこの政策の流れをチャンスとみているとも思われる。
業種(中分類)別M&A件数・シェア上位10(当事者2)2016年 | 2017年 |
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業種 | 件数 | シェア | 業種 | 件数 | シェア |
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ソフト・情報 | 621 | 23.4% | ソフト・情報 | 912 | 29.9% |
サービス | 392 | 14.8% | サービス | 460 | 15.1% |
電機 | 163 | 6.1% | 電機 | 176 | 5.8% |
その他小売 | 144 | 5.4% | その他販売・卸 | 173 | 5.7% |
その他販売・卸 | 142 | 5.4% | その他小売 | 115 | 3.8% |
食品 | 91 | 3.4% | 化学 | 82 | 2.7% |
化学 | 89 | 3.4% | 食品 | 80 | 2.6% |
医薬品 | 70 | 2.6% | 建設 | 78 | 2.6% |
機械 | 70 | 2.6% | 不動産・ホテル | 72 | 2.4% |
不動産・ホテル | 67 | 2.5% | アミューズメント | 67 | 2.2% |
出所:レコフM&Aデータベースより
他方で、IT企業やデジタルプラットフォーマーの市場の寡占化や有力企業による高い技術力を有するスタートアップ企業の買収に対して、警戒が必要であるという声が高まりつつある。ITや通信産業では、企業の統廃合が進んでプレーヤー数が限られている分野が増える傾向にある。Google、Apple、Facebook、Amazon(GAFA)等の有力プラットフォーマーが、技術力の高いベンチャー企業を次々と傘下に収め「勝者総取り」という批判がある。中国のAlibabaやTencent 等のプラットフォーマーもGAFAと同様にM&Aに乗り出している。M&Aにより有力プラットフォーマーの競争力が高まる結果として当該企業や投資家にメリットが生じるとしても、競争事業者や消費者に対する不利益が生じる可能性がある。特にプラットフォーマーの関連事業において強力な「ネットワーク効果」が認められる場合、すなわち、プラットフォームの利用者が増えればプラットフォームが提供する製品やサービスの価値が高まり、その結果として更にプラットフォームの利用者が増えるような場合には、M&Aは既存企業の立場を強化して参入を阻止する可能性が特に高いのではないかと考えられている。
本稿では、近年のM&A例を用いて、IT分野のM&Aの企業結合規制の最新動向について解説する。独禁法上の企業結合規制は、一般的に大企業同士のM&Aに適用される可能性が高いが、必ずしも市場のプレゼンスが高くない企業のM&Aであっても規制の対象になる可能性があることに注意しなければならない。
2. ビッグデータが集中するM&A
プラットフォーマーのM&Aによってビッグデータの集中が進むことに対する懸念がある。ビッグデータが特定の企業に集中することによりプラットフォーム上で提供するサービスの質が著しく高まるとしても、他の競争事業者が追随できなくなるとサービス提供の競争が失われて結果的に消費者に不利益を与える可能性があると指摘されているからである(注3)。
最近の事例としては、Microsoft/LinkedIn (2016)において(注4)、当事会社がオンライン広告のために保有しているインターネット利用者の個人情報は、インターネットにおいて入手が妨げられるものではないことから、本件M&Aは競争を阻害しないという判断が米国FTCや欧州委員会から示されている。同様の判断は、ユーザーの検索行動やウェブブラウジング活動のデータに関わるGoogle/DoubleClick (2008)や(注5)、インターネット利用者の様々な個人情報に関わるFacebook/WhatsApp (2014)でも示されている(注6)。
一方で、消費者行動の調査を提供しているNielsonによる、ほぼ同様のサービスを提供しているArbitronの買収(Nielson/Arbitron (2013))においては(注7)、これらの企業のみが、大規模かつ代表性のあるテレビ視聴率調査を実施できる調査パネル及び必要な調査技術を有しており、他の事業者は容易に同様のデータを得ることはできないという判断が米国FTCにより示された。同様の判断は、クレジットデータ、犯罪記録、自動車記録などの法執行者向けのデータサービスを提供するReed Elsevier/ChoicePoint (2009) (注8)、小中高 (K-12)むけのマーケティングデータを販売しているDun & Bradstreet/Quality Education Data (2010) (注9)、製品やブランドの顧客評価サービスを提供するBazaarvoice/PowerReviews (2014)でも当局により示されており(注10)、M&Aの一方の当事者のサービスの売却といった問題解消措置が求められている。