[視点]

2025年3月号 365号

(2025/02/12)

日本製鉄によるUSスチール買収計画とアメリカの対内直接投資規制

渡井 理佳子(慶應義塾大学大学院法務研究科教授、University of Washington School of Law客員教授、ニューヨーク州弁護士)
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1.はじめに

 2025年1月3日、ジョー・バイデン大統領は日本製鉄株式会社(日本製鉄)によるUnited States Steel Corporation(USスチール)の買収計画について、中止命令を出した(注1)。

 1989年にアメリカの投資規制法が制定されて以降、中止命令が出されたのはこれが9件目となる。今後、仮にこの買収計画が承認されるに至ったとしても、本件が中止命令の中で最も注目を集めるケースであることに変わりはないであろう。買収計画が発表されてからの1年あまりを振り返りつつ、アメリカの投資規制法の現状を概観することとしたい。

2.買収計画の経緯

 日本製鉄は、2024年秋のアメリカ大統領選挙の約1年前に当たる2023年12月18日、USスチールを約141億ドルで買収する契約についての発表を行った(注2)。これは、敵対的買収ではなく、日本がアメリカの同盟国であることからすると、大きな問題になるとの予想はなかったということができる。

 しかし本件は、直ちに多くの反響を呼ぶこととなった。買収計画の発表直後である2023年12月21日、ホワイトハウスのラエル・ブレイナード国家経済会議委員長は、USスチールはアメリカを象徴する企業であり、たとえ同盟国からの買収であっても、バイデン大統領は慎重な調査を要すると考えているとの声明を出した(注3)。2024年1月になると、共和党の大統領候補としての指名を争っていたドナルド・トランプ前大統領は、買収計画への反対を明言した(注4)。その後、バイデン大統領に代わって民主党の大統領候補となったカマラ・ハリス副大統領も、買収計画には反対であることを明らかにした(注5)。

 この背景には、USスチールが大統領選では常に激戦州として注目を集めるペンシルバニア州に本拠を置く企業であり、全米鉄鋼労働組合が強力に買収計画に反対していることがあったというべきであろう(注6)。バイデン大統領は、ペンシルバニア州出身であることに加え、「史上、最も労働組合に理解のある大統領」と述べたこともあるように(注7)、労働組合を支持母体として重視していた。

 その一方、


■筆者プロフィール■

渡井氏渡井 理佳子(わたい・りかこ)
慶應義塾大学大学院法務研究科教授、University of Washington School of Law客員教授、ニューヨーク州弁護士。
1989年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、1991年同大学院法学研究科公法学専攻修士課程修了、1993年アメリカHarvard Law School LL.M. Program修了、1995年慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻博士課程単位取得退学、2008年筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻博士課程修了、博士(法学)。
主著に、『経済安全保障と対内直接投資―アメリカにおける規制の変遷と日本の動向―』(信山社、2023年・第18回M&Aフォーラム賞奨励賞 『RECOF奨励賞』受賞)、「経済安全保障と行政庁の裁量処分」法律時報96巻1号18頁(2024年)、Japan's Response to the Trade Conflict Between the United States and China, 34 Wash. Int’l L.J. 156 (2024).

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