[対談・座談会]

2022年3月号 329号

(2022/02/09)

[対談]日本企業の“グレート・リセット”とM&A

加藤 雅也(KPMG FAS シニアアドバイザー)
松田 千恵子(東京都立大学大学院 経営学研究科<ビジネススクール> 教授)
  • A,B,EXコース
左から加藤 雅也氏、松田 千恵子氏

左から加藤 雅也氏、松田 千恵子氏

<目次>
  1. 日本企業が直面している課題
    エイジングという病
  2. 日本企業が起こすべき変化とは何か?
    『イノベーション』と『トランスフォーメーション』の違い
    『イノベーション』は同じ土台の上で革新していく『進化』
    『コンピテンス』とは何か? 『トランスフォーメーション』はなぜ難しい
    日本企業の『トランスフォーメーション』成功例
  3. 自己変革のためのM&A戦略
    積み上げ方式では獲得できない不連続な変化
    小刻みに安全に変化する方が正しい選択か
    M&Aの目的:2つの戦略モードがある
    PMI初動における優先課題
    まず『ジョブ・ディスクリプション』を書くべきは社長
    リーダーの創出 ~明治維新と現代の比較
  1. 新事業の探索・育成の起こし方
    新事業のネタが浮遊する領域
    Fail fast, fail cheap, fail smart
    Diversity mix の活用
    CEOが自由に機動的に使える特別予算枠
    新規事業育成のステアリング ~2つの脳をスイッチングして使う
    10年に一度の『イノベーション』を追求し続ける
    社長は無知であることを知れ
  2. 企業変革成功への『攻め』のガバナンス
    会社はだれのものか
    オーナーズエージェント(オーナーの代理人)という考えの提唱
    リーダーの資質、役割がこれまで以上に重要
    人事制度の改革 ~人材の変革
    コンピテンスとは人材
    『攻め』のガバナンスとは
-- 本日は、KPMG FAS シニアアドバイザーの加藤雅也様と東京都立大学大学院教授の松田千恵子様に、2020年7月号の特集【緊急対談】『コロナショック後を踏まえた事業戦略とM&A』に続き、『日本企業の“グレート・リセット”とM&A』と題して、日本企業が直面する課題の根幹、自己変革のためのM&A戦略、新事業の探索・育成の起こし方などについてご議論いただきます。よろしくお願いいたします。


1. 日本企業が直面している課題

エイジングという病

加藤 「今回は編集部の方から尖ったお題を頂きました」

松田 「『グレート・リセット』というフレーズですね。日本企業は大きな変化の真っ只中にいます。まさに有事です。しかし、有事体制は十分にできていないようにも思えます。この問題の本質は何か。ここから議論を始めたいのですが、加藤さんのご認識はいかがですか」

加藤 「まず申し上げたいのは、事業のエイジング(老齢化)という観点です。日本経済の中核を支えてきた大手企業の多くがそのコア事業においてエイジングサイクルに入っており、成長活力を失っている。早急に新しい成長軌道を探索する必要性に迫られているが、解決案を見つけ決断するのはそう簡単ではない。

 この厄介な病気の兆候はコロナよりずっと以前から始まっていたが、先進国がリーマンショックの打撃から回復するのに手間取っている間に新興国(特に中国)から出現した新しい競合が急速に成長・拡大し、多くの産業分野で過当競争とコモディティ化をもたらした。影響した範囲は極めて広く、鉄鋼、化学、エネルギーといった素材型に始まり、家電、自動車、産業機器などの組み立て型からディスプレイ、電池、電子デバイス、さらには半導体、通信、エレクトロニクス、AIなどのハイテク分野にも及び始めた。まだ日本企業が競争優位を保っている特定分野もあるが、多くのセグメントにおいて日本企業の事業収益は悪化したままであり、これ以上放置すると治療が手遅れになる段階に来ている。解決策として事業ポートフォリオやビジネスモデルについて痛みを伴う大変革が必要だが、経営としての決断とアクションが遅れている感がある。

 これが底流にある根本の問題であり、そこに上乗せする形でESG、エネルギー変換、デジタル技術、ガバナンス改革、グローバルサプライチェーン再編(中国デカップリング)などの新しい課題が出現して、日本企業に変化することを強要しているというのが全体の構造図ではないでしょうか」

松田 「エイジングとは、具体的に何で、どうすればよいのでしょうか。もう少しお聞かせください」

加藤 「エイジングとは、規模成長が停止または鈍化した市場分野において、技術革新が一巡停止し、新しい競合者の参入が増えて過当競争が常態化すること。事業利益の中核を支えていた主力商品のコモディティ化が進行して価格低下の圧力が続き、まともな利益を生まなくなる。製造設備の老朽化が進み更新をすべき時に来ているが、投資回収が見込めないので実施せずに放置される。むしろ新規参入者のほうが新しい設備を配備しているので効率が良い。減損とリストラで余剰生産キャパシティを削減して何とかぎりぎりの採算ラインを確保するも、中国企業など母国マーケットの規模が大きく労務費コストの安い相手にはスケールメリットで歯が立たない。品質も汎用品では差がなくなってきた。

 ではどうするのか。現実的な選択肢の一つとして『量を捨てて利益を採る』がある。コモディティ化した汎用品の市場から漸次撤退し、価格プレミアムが採れる高付加価値品に売上げミックスを傾斜していく。個々の売上規模は小さくともマーケットインの発想で丁寧に需要を拾い上げて、世界で1位か2位のシェアを維持する(所謂、セグメントニッチトップの戦略)。実際に、化学や鉄鋼メーカーなどの素材型産業の多くが既にこの方向に舵を切っている。組み立て型の産業分野でも同様の考え方であり、量を捨てて隙間の付加価値に活路を求めている。

 このような作戦行動を採用するだけで、満足できるレベルの利益水準が確保される、または、延長線上に新しい成長軌道を力強く描けるなど根本解決になるならばハッピーだが、多くの場合、コア事業のエイジングという大きな問題を根本的に補完して解決したことにならないのではないだろう。もし技術やビジネスモデルにイノベーションを起こすことができれば(小改善ではなく、本当の意味の革新)、局面を大きく打開できるが、現実的に見てこの路線の成功確率は高くない。

 従って、大きなリスクと精神的ストレスを背負ってもトランスフォーメーションという領域に踏み込まざるを得ないのではないか、それが私の問題認識です」


2. 日本企業が起こすべき変化とは何か?

『イノベーション』と『トランスフォーメーション』の違い

加藤 「成長活力を失った事業に効く特効薬であるかのように『イノベーション』と『トランスフォーメーション』という言葉が最近よく使われていますが、この2つの用語が世間一般や企業経営者の中で混同して使われている風潮があります。このことはM&Aの成功確率を上げるために重要な買収動機の自己認識というテーマと大いに関係してくるので、ここで概念整理をしておきたいと思います。

 図表1をご覧ください。これは私独自の解釈なのですが、『トランスフォーメーション(変革)』とは、自社に備わった既存のコンピテンスから遠く離れた別種のコンピテンスを取得して自分を変えることにより新しい事業を創設する、もしくは、ビジネスモデルを大改造することと定義される。既存のコンピテンスからの乖離距離が近くて、積み上げ式の連続変化で済む範囲を『インプルーブメント(改善)』と呼んで区別する。

加藤 雅也(かとう・まさや)

加藤 雅也(かとう・まさや)

KPMG FAS シニア アドバイザー
神戸大学経済学部卒業。日本板硝子(株)に37年勤務。海外工場での現場実務 (原価管理、生産 計画、労務の文化改善など)、及び北米統括本社におけるファイナンスや事業開発を含め11年間の米国駐在を経験。2001年末よりコーポレート経営企画部長(海外)としてピルキントン買収プロジェクトの実行、PMIの全分野についての実務リーダーを務めた。多数のM&A(国内・外)を手掛けると同時に、長期戦略ビジョンの見直しや中期計画の推進など、経営戦略の分野でアドバイザーとして5人の社長(日本人3人、外国人2人)に仕えた。12年より執行役員、戦略企画部長。18年4月からKPMG FASのシニアアドバイザーとして日本企業向けに海外M&Aを活用したグローバル化、戦略的シナジー実現による企業価値向上を支援する。

 『イノベーション(革新)』とは、製品設計、品質、製造法、オペレーション、またはビジネスモデルに現れる変化の内、独創性・先進性の程度が極めて高いものを指し、その効果として競合を圧倒するような差別化が起き、売上や利益の飛躍的な向上に寄与するものであると定義される。企業はこれを発明・開発しようとするが、得られるものの多くはマイナーな効果しか持たない『インプルーブメント』であり、本当の意味の『イノベーション』が生まれる確率は高くない。もちろん、小さな『インプルーブメント』の積み重ねは大いに奨励されるべきだが。例えば、世界中の自動車メーカーが新車販売をガソリン車からモーター駆動のEVやFCVに大変換することを目指しているが、これは『トランスフォーメーション』だろうか。商品の仕様は変わっても『自動車を製造して売る』というビジネスモデルは同じで、これに適合したコンピテンスの範疇で変化が収まるのであれば、これは『トランスフォーメーション』ではない。ただし、技術における『イノベーション』や『インプルーブメント』は大いに必要となるだろうが。もし、彼らが志向している変化のゴールが『自動車というモノの価値』を売るのでなく『モノ以外の新しい価値(something new)』を売ることを収益モデルの中核とするような方向へ変革することを考えているならば、それは『トランスフォーメーション』であると言える。このsomethingが何であるか、明確に狙いを絞って公表しているカーメーカーは今のところ私には見えていない気がするのですが」

図表1:企業における変化の概念整理


『イノベーション』は同じ土台の上で革新していく『進化』

松田 千恵子(まつだ・ちえこ)

松田 千恵子(まつだ・ちえこ)

東京都立大学 大学院 経営学研究科 教授/東京都立大学 経済経営学部 教授
株式会社日本長期信用銀行にて国際審査、海外営業等を担当後、ムーディーズジャパン株式会社格付けアナリストを経て、株式会社コーポレイトディレクション、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン株式会社でパートナーを務める。企業経営と資本市場にかかわる実務、研究及び教育に注力している。事業会社の社外取締役、公的機関の経営委員等を務める。東京外国語大学外国語学部卒、仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士、筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)

松田 「『トランスフォーメーション』は、既存のコンピテンスから遠く離れた別のコンピテンス領域に自分を移動させてビジネスモデル自体を変え、新しい事業を興すのに対し、『イノベーション』は、既存のコンピテンスの土台のままで、高い独創性、先進性を持った技術やアイデアを用いて圧倒的な差別化を実現するということでしょうか。『イノベーション』のほうが地続きの移動で、『トランスフォーメーション』は全く違う大陸に引っ越す、そんなイメージに聞こえます。ところが、日本の経営者はそこを混同していて、ここではない違う大陸に行くことを『イノベーション』だと思っており、何か新しいことやると全然違う大陸に行けるような気がしているということでしょうか」

加藤 「そうです。企業にとって必要な変化を起こすためにM&Aを活用する場合、その買収目的は何か。図表1のどの方向へ向けたポジション移動なのか、自分で頭の整理をしておくことが重要なのです。従来は、エリアAの範囲内で既存事業の強化を意図したM&A事例が最も多かったはず。また、エリアAからBへの移動を期待した買収動機もよくある。例えば、成功すれば『イノベーション』と呼べるような新技術を開発中のベンチャーを青田買いで手に入れる、などが典型例。エリアAからCへの移動は、新事業の創設または自己のビジネスモデルを大改造することを意図したもので、『トランスフォーメーショナル M&A』と呼ばれる。大きなリスクを伴う戦略だが、事業ポートフォリオを抜本的に変革する際に有効な手段と考えられます」

『コンピテンス』とは何か? 『トランスフォーメーション』はなぜ難しい

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