[寄稿]

2020年6月号 308号

(2020/05/19)

不確実性下におけるM&A取引のリスク分析と法務対応:~新型コロナウイルス感染拡大の影響を踏まえて

志村 直子(西村あさひ法律事務所 弁護士)
佐々木 秀(西村あさひ法律事務所 弁護士)
松本 祐輝(西村あさひ法律事務所 弁護士)
  • A,B,EXコース
左から佐々木 秀弁護士、志村 直子弁護士、松本 祐輝弁護士

左から佐々木 秀弁護士、志村 直子弁護士、松本 祐輝弁護士

1. はじめに

 中華人民共和国においてはじめて症例が報告されて以降、2020年に入ってから世界中で新型コロナウイルス感染症「COVID-19」(以下「新型コロナウイルス」という。)の感染が拡大しており、一部の国では市民の外出や事業活動が制裁を伴う形で厳しく制限されているほか、国境を越えた人・物の移動にも大きな制約が生じるなど、経済活動に対する影響も深刻なものとなっている。日本においても、政府・日本銀行による2020年3月時点での各種調査で既に景気の大幅な減速・落ち込みを示唆する数値が発表されており、また、4月7日には、2012年に制定された新型インフルエンザ等対策特別措置法(2020年3月13日に新型コロナウイルスを対象とすべく改正された。)に基づく初めての緊急事態宣言が発せられ、その後も各種の措置が講じられている状況であり、経済活動に対する影響は更に深刻なものとなることが予測される。

 上記を踏まえ、本稿では、新型コロナウイルスの感染拡大によるM&A実務への影響を中心に、M&A取引におけるリスクの分析とその対応方法について、法務デュー・ディリジェンスの実施及び最終契約の締結交渉の2つの局面に絞って概観することとする。なお、本稿では、単純化のために、特に断らない限り、二当事者間において一方が保有する非公開会社の株式の100%を他方当事者に譲渡するM&A取引を念頭に置く。


2. 新型コロナウイルス流行下におけるデュー・ディリジェンスに関する一般的な留意点

 新型コロナウイルスの流行下においては、不確定な要素が多いことに加えて、通常時には顕在化が想定し難いリスクが顕在化し得るため、M&A取引に際してデュー・ディリジェンスを実施する場合には、このようなリスクが顕在化した際の影響を検討する必要がある。例えば、通常時のデュー・ディリジェンスでは、いわゆる戒厳令が発せられるような事態を前提として分析を行うことは(例外的地域を除けば)ないと考えられるが、現在、一部の国では厳しい外出制限や事業活動の停止命令等が出されており、対象会社の事業内容によっては、対象会社の事業所・工場等の長期間の稼働停止や感染拡大国に所在する重要な取引先の稼働停止等により、サプライチェーンが破綻するといった事態が生じた場合の影響について検討することが必要となる。特に、新型コロナウイルスの流行前にデュー・ディリジェンスを実施済みである場合には、このような観点からの検討を行っていない可能性が高いと考えられることから、買主としては、ポイントを絞った追加の調査の実施を検討すべきである。

 また、新型コロナウイルスの流行や対応措置については、時期・地域によってその状況・内容に違いが生じると考えられることから、デュー・ディリジェンスの実施にあたっては、対象会社の事業内容及び地域特性を詳細に分析した上で、重大な影響が生じ得るポイントを把握しておくことが、効果的・効率的なデュー・ディリジェンスの実施の観点から通常時以上に必要となる。


3. 法務デュー・ディリジェンスにおけるチェックポイント

 新型コロナウイルス流行下においては、上記のとおり、不確定な要素が多いこと及び通常時には顕在化が想定し難いリスクが顕在化し得ることを踏まえ、例えば以下に述べるような点に特に留意しながら法務デュー・ディリジェンスを実施することが考えられる。

(1) 事業に関連する重要な契約

 通常時における法務デュー・ディリジェンスにおいては、対象会社とその重要な取引先との間の契約については、対象会社の支配株主の異動が契約解除事由等に含まれていないか(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項の有無)についての確認が中心となることが多い。新型コロナウイルス流行下においては、これに加えて、新型コロナウイルスの流行やそれに伴う政府の措置が当該契約における不可抗力事由に該当するか否か、これらの事由により契約の履行が困難となった場合に解約権が生じるか或いは解約権がどのように制限されるか、また、契約の履行が困難となった場合の損失や費用がどのように処理されるか等について、確認することが望ましい。

(2) 労務

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