[M&A戦略と会計・税務・財務]

2022年7月号 333号

(2022/06/09)

第178回 ESGデューデリジェンス(ESG DD)の実務に向けて

小松 健太(PwCアドバイザリー合同会社 シニアマネジャー)
  • A,B,EXコース
1. M&AにおけるESGデューデリジェンス(ESG DD)の必要性

 環境・社会・ガバナンス(ESG)課題を投資の際の意思決定に組み込むよう求めた投資責任原則(PRI)に基づくESG投資は、拡大を続けている。PRIには、60か国以上4000以上の機関が署名している。2020年のGlobal Sustainable Investment Reviewの報告によるとESG投資の総額は、35兆3000億ドル、世界の運用資産全体の36%を占め、過去2年間で15%成長した(注1)。国内外でも機関投資家によるESG投資は増加傾向にあり、 日本におけるESG投資残高は総運用資産残高の62%にものぼる(注2)。

 長期的視点に基づいたサステナビリティ経営の推進、特に環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)面における企業の方針の策定、事業の展開、これらに関する情報の開示を求める投資家の声はますます高まっている(注3)。また、市民のSDGs(持続可能な開発目標)の認知度も7割を超え(注4)、市民社会においてもよりステークホルダーとの関係を重視し、長期的視点に基づく企業運営を求める経営への注目も高まっている。つまり、これまでのように財務収益性のみにフォーカスするだけでは十分とは言えず、より広範なステークホルダーを考慮し、長期的な目線でレジリエンスや社会などに係る非財務価値にもフォーカスした経営が求められるようになっているのである。

 そのようなESG重視の動きは、M&Aにおいても顕著だ。ESG・SDGs・持続可能をキーワードにしたM&Aは、昨年度に比べて倍増し(2020年度の40件から2021年度の83件)、特に環境(E)において、脱炭素・カーボンニュートラルをキーワードにしたM&Aは大幅増(2020年度の4件から2021年度の59件)と急激に存在感を高めている(注5)。対象企業が地球環境や気候変動に適切な対応を行っているかがより注目されるようになっているのである。他方、新疆ウイグルの強制労働やミャンマーの国軍による市民の弾圧など人権問題、すなわち社会(S)の側面も無視できない。例えば、国内大手飲料メーカーがクーデターを行ったミャンマー国軍の関連企業とのジョイントベンチャーを解消し、ミャンマー事業から撤退する方針を明らかにした例もある。また、環境(E)や社会(S)を重視した経営を進めるためには、公正で効率的なガバナンス(G)が整備されていることももちろん重要だ。また、昨今、投資家が企業評価にあたり、財務諸表に十分に反映されないESGに関連する非財務情報を重視していることも言われている。

 今後はM&Aのプロセスにおいても、財務価値をベースとした一般的なデューデリジェンスに加え、非財務価値を含めた企業価値全体にフォーカスしたESGリスクとオポチュニティの適切な把握を行うこと、すなわちESG DDを実施することが不可欠となるだろう。本稿では、そのESG DDのプロセス、活用方法を述べ、そのうえで既に実施された海外事例を紹介し、最後にESG評価機関によるESG評価の違いについて説明を加えたい。

2. ESG DDのプロセス

 ESG DDは、優先すべきESGに関する課題の特定、対応体制の整備状況、収益化に向けた計画、ESG関連リスクの把握を目指す一連の査定である。いうまでもなく、ESGに関する事項は、数多くの分野にまたがり(以下挿入図参照)、M&Aが進行し、時間的に制約がある場面で必要な事項をすべて査定することは不可能である。

ESG要因とは何か?
環境・社会・ガバナンス(ESG)要因の例は無数にあり、絶えず変わっています。その一部を以下に挙げます。
環境
気候変動
温室効果ガスの排出
資源の枯渇(水を含む)
廃棄物および汚染
社会
労働条件
(奴隷労働および児童労働を含む)
地域コミュニティ
(先住民コミュニティを含む)
健康および安全
従業員関係および多様性
ガバナンス
役員報酬
賄賂および腐敗
取締役会/理事会の多様性および構成
税務戦略
(出展:国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクトと連携した投資家イニシアティブ「責任投資原則」)

 したがって、ESG DDでは、まず、対象会社のESGに関するビックピクチャーを把握することになる。第1に全社的なサステナビリティに関する戦略・体制、 ESGの視点からみた事業の全体像、経営陣のESGに対する認識、気候変動や人権、コーポレートガバナンスに関する開示情報の質や量などを調査し、対象会社のESGに対する感度を図ることになろう。この時点において、基本的なESG戦略やESG担当部などが設けられていなかったり、開示が不十分であったりすることは、これ自体がリスクと評価される可能性が高い。

 第2に対象会社の

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