[対談・座談会]

2022年9月号 335号

(2022/08/09)

[座談会]トランスフォーメーションに向かって進化する日本企業のM&A

―― 最前線のリーダー達が視た現場実務の現状と課題

【出席者】(五十音順)
加藤 雅也(KPMG FAS シニアアドバイザー)(司会)
澤 由紀子(味の素 理事 グローバルコーポレート本部 コーポレート戦略部長)
ハジャティ 史織(日立製作所 コネクティブインダストリーズ事業統括本部 事業戦略統括本部 経営戦略本部 本部長)
  • A,B,EXコース
(左から) 澤由紀子氏、加藤雅也氏、ハジャティ史織氏

左から 澤由紀子氏、加藤雅也氏、ハジャティ史織氏

<目次>
  1. M&Aスペシャリストの道を選んだ経緯
    • M&Aに関する外資系プロフェショナルとの認識・知識のギャップに衝撃
    • プロジェクトマネジメント全般のスキル・経験が求められる
    • 事業会社においてFA経験者に期待される役割・機能 - 味の素の場合
    • 最初は英文の契約書で鍛えられる
    • 日立のポートフォリオチェンジとセルサイドの視点
    • 米国のグローバル企業をファイナンス視点から経験
    • ビジネス側に立った価値と、マーケットサイドから見る価値を紐づける
    • 日立のコネクティブインダストリーズセクターをサポートするミニコーポレート
  2. 買収動機
    • 戦略意図、アクションの経営層及びプロジェクトチーム内での共有
  3. 投資経済性
    • 買収プレミアムを超える価値創造があることの合理性と達成メカニズムが説明できるか
    • PMIの設計 ―― 目的を満たすべく、対象企業の組織文化や活躍市場の実態に適合するようPMI方針を案件ごとにカスタム設計できているか
  4. DD対象項目の予見と調査重点の置き方
―― 厳しさを増す経営環境の中で、新しい成長軌道の探索に苦心している日本企業が少なくありません。そこで、今回は大企業のM&A戦略最前線でご活躍しておられる味の素の澤由紀子・理事グローバルコーポレート本部 コーポレート戦略部長と日立製作所のハジャティ史織・コネクティブインダストリーズ事業統括本部 事業戦略統括本部 経営戦略本部 本部長のお2人にご出席いただき、事業ポートフォリオのトランスフォーメーション(PX)について、M&Aスペシャリストとしての視点からお話しいただきます。司会は日本板硝子でピルキントン買収プロジェクトの企画、実行、PMIの全分野についての実務リーダーを務めたKPMG FASの加藤雅也シニアアドバイザーにお願いしております。

Ⅰ.M&Aスペシャリストの道を選んだ経緯

M&Aに関する外資系プロフェショナルとの認識・知識のギャップに衝撃

加藤 「簡単に自己紹介させてください。私は前職のガラスメーカーで海外のJV工場勤務とか子会社出向など現場の方が長く、アカデミックな理論より先に実務・実戦としてのM&Aを覚えた職人気質の人間です。40歳の頃からコーポレートの戦略企画部門に配属され、ピルキントン社買収のようなクロスボーダー案件も含めバイサイド、セルサイドの両面で複数の案件を経験しました。大きな会社ではなかったので市場調査、戦略企画、資金調達からエグゼキューション、PMIまでM&Aプロセスのほぼ全域を小さなチームで担当し、トップマネジメントと直接会話する立場で仕事ができたことは幸いでした。実戦で起用したフィナンシャルアドバイザーや各専門分野のプロフェショナルの方々に教えていただきながら、現実のM&Aで起きる様々な問題を体験して自分なりに考え方を纏めてきました。

 今日は色々と質問させていただきますのでどうぞよろしくお願いします。

加藤氏

加藤 雅也(かとう・まさや)

KPMG FAS シニア アドバイザー
神戸大学経済学部卒業。日本板硝子(株)に37年勤務。海外工場での現場実務 (原価管理、生産 計画、労務の文化改善など)、及び北米統括本社におけるファイナンスや事業開発を含め11年間の米国駐在を経験。2001年末よりコーポレート経営企画部長(海外)としてピルキントン買収プロジェクトの実行、PMIの全分野についての実務リーダーを務めた。多数のM&A(国内・外)を手掛けると同時に、長期戦略ビジョンの見直しや中期計画の推進など、経営戦略の分野でアドバイザーとして5人の社長(日本人3人、外国人2人)に仕えた。12年より執行役員、戦略企画部長。18年4月からKPMG FASのシニアアドバイザーとして日本企業向けに海外M&Aを活用したグローバル化、戦略的シナジー実現による企業価値向上を支援する。

 さて本日のテーマ『事業ポートフォリオのトランスフォーメーション(PX)』です。これは祖業のコア事業がエイジングのサイクルに入り、成長停止と収益悪化に苦しむ多くの日本企業にとって避けては通れないテーマとなっております。換言すれば、PXとは自ら選択して整理撤退する事業と維持して新たな成長軌道を探索する事業に切り分け、売却と買収を同時に行なって構成要素を入れ替える作業工程です。単年度で完結する例は珍しく、早くて5年、あるいは10年以上の長い期間にわたって変化のプロセスが続く。従って、手段としてのM&Aを賢く効果的に推進できるケイパビリティがその会社の組織能力として備わっていること(これを『M&Aエクセレンス』と言う)が求められる。しかし、多くの日本企業は未だ学習の途上にありM&Aマスターの領域に達している会社は多くありません。習得すべき急所はテクニカルな専門知識の断片ではなく、事業の戦略意図をM&A行為に落とし込む構想力、買収後の経営が直面する様々なケースに対処する経験則の蓄積です。そのベースには自ら仕掛けて変化することを是とする柔軟なマインドセットと変わるべき方向を指し示す強いリーダーシップが存在していることが成功の必要条件となると考えます。

 今日は挑戦的なM&Aを数多く経験されてM&Aエクセレンスを急速に蓄積しつつある日立製作所(以下日立)、味の素からM&Aの現場を指揮する実務リーダーであるお2人をお招きして、変革を志す日本企業が克服すべき課題と対策についてご意見をお聞きしたいと思います。読者が期待するのは、アカデミックな教科書理論でなく、M&Aプロジェクトの実戦や現場実態に即した具体的問題(急所、難所)に関するご経験です。加えて、日本の企業風土に根差した意思決定のプロセスや海外企業との文化差から生じる問題も含めてM&Aスペシャリストとしての視点から見えた気づきもあればご提供ください。

 まず、お2人に自己紹介も含めてM&Aのキャリアをお話しいただきたいのですが、私が個人的に(おそらく、読者の皆さんも)興味があるのは、お2人がどういう経緯でM&Aスペシャリストの道に進まれたのか、どのような知識やスキルを活かして現在の職場で活かしておられるのかという点です。まず澤さんからお聞かせいただけますか」

 「大学時代にアメリカに1年間留学をしたのですが、クラスの優秀な人たちが『Investment Bankに行く』と聞いて、調べたらM&Aをやっているところだということを初めて知ってM&Aに興味を持ちました。

 4年生の夏に帰国して就職活動を始めたのですが、外資系企業は選考が終わっていて、日本の銀行でもM&Aに関われるのではないかという期待もあって、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)を受けました。面接の時に『M&Aに携わりたい』と話をしたのですが、面接担当者も何のことかよくわからないという状況でした。入行後は支店勤務からスタートし、その後、私が女性総合職第2期生だったということもあって『情報開発部』という三菱グループ創業の岩崎家出身の岩崎寛弥氏が作られたM&Aに関わる部署に配属してもらうことができ、そこで5、6年勤めました。

澤氏

澤 由紀子(さわ・ゆきこ)

国際基督教大学教養学部卒、ダートマス大学タック経営大学院MBA修了。三菱銀行を経て、メリルリンチ米国、メリルリンチ日本証券、JPモルガン証券にて約15年間M&Aアドバイザー業務に従事。2013年3月より味の素にて事業ポートフォリオの戦略立案、M&Aの企画・執行に従事。

 当時はM&Aでフィーを稼ぐというよりも、お客様サービスの1つという位置づけでした。クロスボーダーM&Aを担当していた時、相手先の外資系FAと議論・交渉をすることになりましたが、彼らはPCを個人1台ずつ貸与されていてWindowsとかExcelを使いこなしていたのに対して、こちらは部署に2~3台割り当てられたPCを共同で使い、Lotus 1-2-3で表計算を行い、事業計画作成は方眼紙を使って手書きという状況でした。

 この時に感じたM&Aの知識や技術に関するギャップが衝撃的だったので本場のM&Aを見てみたいと思い、三菱銀行を辞めてMBA(ダートマス大学タック経営大学院)を取りにいくことにしました。

 MBA修了後、在学中にサマーインターンをしたメリルリンチ証券に職を得ました。初めの1年間はニューヨークでテレコムグループに所属しましたが、1997~98年当時、いわゆる“ITバブル”の真っただ中で、テレコムグループだけで150人くらいのメンバーがいました。

 その後帰国して、アソシエイトとして日本メリルリンチ証券に所属した頃には日本でもM&Aが活発になっていて、当時の投資銀行部門は30人ぐらいしかいなかったのですが、プロジェクト数が多く、あまり営業に苦労しなくてもどんどんディールが入ってくるという状況でした。メリルリンチには約5年間在籍しましたが、辞めるころには投資銀行部門も100人体制になっていました。その後、JPモルガンに移籍して10年ほど在籍後、味の素からお誘いを頂いて転職しました」

加藤 「約15年間、外資系の投資銀行でM&Aの実務に携わったということですが、その間に収得したスキルや経験範囲はM&A全般ですか」

 「クロージングまでのエグゼキューションです」

加藤 「投資銀行における若手社員の日常は厳しい。徹夜なんて、何回もあったでしょう」

 「若いころは体力もあったし、エグゼキューションが大好きでしたが、この仕事は24時間体制で、やはり体力的にも精神的にもきつかったですね。ここで15年ぐらいやってみて、私の見ている部分は一部でしかないと気が付き、疲れてしまったというのも正直ありましたのでクロージングの向こう側にあるPMIを見てみたい、同じ景色をお客さんの側から見てみたいという思いを持っていた折に、当時のお得意様であった味の素にお声掛けをいただいて約9年前に転職をしました」

プロジェクトマネジメント全般のスキル・経験が求められる

加藤 「澤さんを採用された味の素側から見たニーズとして、どういうケイパビリティを求めていたのでしょうか」

 「その頃は、エグゼキューションというかディールができる経験者がいなかったということがありますね。事業戦略は立てられるけれどディールプロセスが頭の中で組み立てられない。例えば実際にどのように投資銀行を起用して何の機能でどう働かせるか、など。要するにプロジェクトマネジメント全般です。現在でもFAやコンサルは依然として起用しますが、自分ができることを頼むことと自分ができないことを頼むのとではマネジメントケイパビリティもアウトプットも全然違ってきます」

加藤 「M&Aを経験してみないとプレディールからインディール、ポストディールという全体のロードマップの流れや要所が頭の中に描けませんから投資銀行との役割分担や戦略意図の共有もうまくいかないということが起きますね」

事業会社においてFA経験者に期待される役割・機能 - 味の素の場合

加藤 「味の素のM&A戦略を実行する中で、澤さんは具体的にどのような役割や機能を果たしておられるのでしょうか。いわゆるFA知識の切り売りだけなのか、それとも買収動機の明確化、戦略意図とM&Aの関連付け、PMI設計などの広い分野で発案部署に対するサポートやアドバイスも役割として社内で認知されていますか」

 「会社のシステムとして審議会というコミッティがあり、M&Aはどんな小さな案件でも事業部長の印鑑だけでは承認プロセスが完結せず、全て審議会を通します。案件のサイズによっては経営会議、取締役会にも諮られます。そこのゲートキーパーとも言うべき役割を我々チームが担っています。基本的に事業部が進めたいと考えているM&A提案について、軌道修正を含めてサポート、アドバイスしながらより成功確率を高める、失敗を事前に防ぐ、リスクを下げるというような機能を果たしており、我々のチームがサポート部隊として案件ごとに入ります」

加藤 「チームは何人ぐらいいらっしゃるのですか」

 「今は7人で、私以外に投資銀行経験者が1人、コンサル経験者が1人、あとは財務系、知財系、事業部系というミックス部隊です。ただ基本3年ごとに人事ローテーションが起きるので、人材育成の観点からはそれが結構大変だということはあります」

加藤 「なるほど、素晴らしい体制ですが、M&A人材の育成には長い年月がかかるものであり、それを短期でローテーションさせてしまう日本企業の慣習は問題だと私も思っています」

最初は英文の契約書で鍛えられる

加藤 「では、ハジャティさんお願いします」

ハジャティ氏

ハジャティ 史織(ハジャティ・しおり)

1994年、東京大学法学部卒業後、日立製作所に入社、海外事業推進部門において事業開発・交渉業務を担当。2000年、米国UCLAアンダーソンスクールにてMBAを取得。2001年、外資系スタートアップ入社、当時まだ普及していなかった動画ネット配信の事業開発に携わる。2003年、日本マイクロソフト株式会社入社、ファイナンス部門を経て、エンタテイメント部門の事業開発、経営企画業務に従事。2011年、日立製作所に再び入社、国内外のM&A、事業再編の実行業務を担当、数々の案件に携わる。現在は日立製作所のインダストリー部門を統括する組織の経営企画部長として経営戦略策定に携わる傍ら、M&A等、事業開発業務にも従事。

ハジャティ 「澤さんのお話は、すごく勉強になりました。私は投資銀行とかコンサルにいたわけではなく、大学卒業後、日立製作所に入って本社の国際事業本部で海外のM&Aや提携などを行う部署に配属されました。Windows3.1が初めて世の中に出回り始めた1994年頃です。

 当時はまだ日本の半導体産業が非常に強くて、半導体・IT分野が日立の屋台骨を支えている時代でした。インターネットバブルの前夜であり、米国のシリコンバレーのCPUの設計メーカーに技術提携のために駆け出しの身で先輩の後をついていって契約交渉をしたりしました。テキサス・インスツルメンツと合弁会社を作る最初のプロジェクトでは、分厚い合弁契約書を夏休みに渡されて全部読んでおくように言われたりしたのですが、一応大学では法学部でしたが、そんな契約書読むのは初めてで、言葉も分からない、内容や構成もわからない。M&Aだけではなく、ライセンス契約、相互共同開発契約など一連の英文の契約書を読んで交渉するというプロセスを5年ぐらいみっちり鍛えてもらったのが社会人として最初の経験です。

 インターネットが世界を変えるという議論が盛んにおこなわれた時期であり、半導体を通して見える世の中の動きがすごくダイナミックで、ITとOT(Operational Technology)とかITとプロダクトを融合していくことで生まれる新しい世界観に憧れました。その頃はノートブックPCを持って海外出張をすると電話回線で繋いでデータをやりとりしていた時代でした」

日立のポートフォリオチェンジとセルサイドの視点

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