[M&A戦略と会計・税務・財務]

2023年5月号 343号

(2023/04/11)

第188回 令和5年度税制改正によるM&Aへの影響

荒井 優美子(PwC税理士法人 タックス・ディレクター)
  • A,B,EXコース
1. スタートアップによる日本経済の再生

 令和5年度税制改正では、成長と分配の好循環の実現のために、スタートアップ・エコシステムを抜本的に強化するための税制上の措置が講じられた。革新的なビジネスモデルによって社会に変革(イノベーション)をもたらす企業を意味する「スタートアップ」(注1)は、革新的なイノベーションにより短期間で急成長を図り、その投資家は短期間でのエグジット(EXIT)をM&A(バイアウト)もしくはIPO(株式公開)の手法で資金回収を行う。「世界では、IT分野のみならず、Deeptech分野でもスタートアップがイノベーションを先導し、高成長スタートアップが株式市場の成長、新規雇用創出に大きく貢献」(注2)している。翻って、わが国は過去30年間に競争力が低下し、日本企業の競争力の急速な低下への危機意識が強まる中、2022年2月、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(注3)にイノベーション・エコシステム専門調査会が設置され、科学技術・イノベーション政策の観点から、成長志向の資金循環形成、「人材」の基盤強化などイノベーション・エコシステム構築に向けた調査・検討を行うこととされた(注4)。

 イノベーション・エコシステム専門調査会が2022年6月に取りまとめた 「世界に伍するスタートアップ・エコシステムの形成について」では、スタートアップは、経済成長と社会課題解決の主な担い手であり、「新しい資本主義」の「成長と分配」の実現に必須であるとの認識のもと、世界に伍するスタートアップ・エコシステム(人材、事業、資金量、出口戦略)を形成する上での、①成長資金、②VCの質・量、③起業家育成の強化に加えて、④都市・大学の機能、⑤政府調達に係る抜本強化策を明らかにした。第1の成長資金については、諸外国と比較して日本のVC投資額(GDP比)は極めて少額であり、全てのステージでの投資の不足への対応として、機関投資家においてVC投資が促進されるよう環境整備の推進、個人からVCへの投資促進のための仕組みの在り方を検討すること、第2のVCの質・量については、民間VCが育成されるインセンティブ設計を行うこと、第3の起業家育成の強化については、人材獲得の観点から、ストックオプション制度の見直しを行うこと等の提案を行っている。

 イノベーション・エコシステム専門調査会の設置よりも前に、日本経済団体連合会(以下、「経団連」)のスタートアップ委員会(2019年5月設置)は2021年7月に、「わが国のスタートアップを取り巻く課題等」として、「わが国では、スタートアップの調達額、ベンチャーキャピタル(VC)投資のGDP比、ユニコーン企業数等、いずれの指標においても他の先進国と比して著しく低い水準となっている。1件当たりのIPO(新規上場株式)での調達額、大企業によるM&Aの件数も少ない。それゆえに、エグジットが小規模IPOに偏っている」ことを指摘し、大企業による積極的なM&Aや大企業の優秀人材をスタートアップに押し出すさまざまな取り組みへの期待を表明している。

2. スタートアップ・エコシステムの抜本的強化に向けた税制措置

 我が国のスタートアップの課題を踏まえ、経団連は令和5年度税制改正に関する提言において、スタートアップ振興税制等として、①スタートアップによる優秀な人材確保に向けたストックオプション税制の見直し、②スタートアップの「エグジット」、いわゆる出口戦略としてのM&Aを促進する観点から、オープンイノベーション促進税制の見直し(M&A時には発行済株式の取得も対象とする)、③研究開発税制(オープンイノベーション型)の相手方としての「新事業開拓事業者等」の定義の拡充、④機動的な事業再編を通じたイノベーションを創出する観点から、スピンオフ税制の要件の見直し、⑤個人投資家における所得課税の見直し(エンジェル税制、国外転出時課税制度)の項目を掲げた。これらのうち、①、②、④は、令和4年度税制改正に関する提言でも、「イノベーション創出の場の拡大に向けた税制措置」として掲げられていたものだが、「骨太方針2022」(経済財政運営と改革の基本方針 2022:2022年6月閣議決定)の中で、新しい資本主義に向けた重点投資分野の1つに、「スタートアップ(新規創業)への投資」が明記されたことを受けて、①~⑤の提言のすべてが令和5年度税制改正において措置されたものと思われる。

 令和5年度税制改正に関する経済産業省要望(2022年8月)でも、


■筆者プロフィール■

荒井 優美子

荒井 優美子(あらい・ゆみこ)公認会計士/税理士
コンサルティング会社、監査法人勤務後、米国留学を経てクーパース&ライブランド(現PwC税理士法人)に入所し現在に至る。クロスボーダーの投資案件、組織再編等の分野で税務コンサルティングに従事。2011年よりノレッジセンター業務を行う。日本公認会計士協会 租税調査会(出版部会)、法人税部会委員。一橋大学法学部卒業、コロンビア大学国際公共政策大学院卒業(MIA)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LLM)。

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