第1 はじめに 2023年3月に東京証券取引所(以下「東証」という)が「
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表して以降、
PBRの議論が活発化している。PBRとは、市場株価を1株当たり純資産額で除した割合をいい、市場株価が1株当たり純資産額を下回る状況は「PBR1倍割れ」などといわれる。
東証による取組みの主眼は、上場企業に対して資本コストや資本収益性を意識した経営の実践を要請する点にあり、PBR1倍割れとなっているか否かはあくまで十分な市場評価が得られているか否かを示す一指標にすぎなかったが、一部報道等において「PBR1倍割れ改善要請」などと取り上げられた結果、PBR1倍割れの問題に注目が集まった。
さらに、続いて東証は、2024年8月には、当該取組みによって上場維持コストが増加する点について、「
非公開化という経営判断が増加することも想定されるが、そうした判断も尊重」と公表した。
こうした一連の東証による取組みを通じて、近時、市場においてはPBR1倍割れの企業に対する非公開化の圧力が強まっている。すなわち、一部投資家からは、「PBR1倍割れの状況が継続するのであれば経営陣自ら又は第三者が
TOBを通じて非公開化すべき」といった指摘が聞かれるようになっている。
当該指摘の当否を措くとしても、TOBにより非公開化を実施する場合であっても、TOB価格が1株当たり純資産額を上回る保証はなく、現にTOB価格が1株当たり純資産額を下回る事例も多い。
本稿では、こうしたTOB価格が1株当たり純資産額を下回る事例における法的留意点について解説したい。
■筆者プロフィール■

谷口 達哉(たにぐち・たつや)
TMI総合法律事務所弁護士。2009年9月弁護士登録。2012年~2015年と2022年~2024年の二度にわたり金融庁に出向し、TOB制度の改正やコーポレートガバナンス・コードの策定等に携わる。弁護士として、上場会社のM&Aやコーポレートガバナンスを多く担当。主な著書として『実務問答金商法』(共著)(商事法務、2022)、『コーポレートガバナンスの法務と実務 会社法・コード・善管注意義務・開示』(共著)(商事法務、2024)。