ガバナンスの章では、さまざまな失敗のケースを冒頭でご紹介しています。これらの事例は、クライアントの方から頂いた相談が元になっています。例えば、「買収から2年、3年、あるいは5年以上経って、もう
PMIはとっくに終わったはずなのに経営がうまくいっていない、どうしたら良いのか」という相談は代表的なものであり、業界を問わず、多く寄せられています。
これらの失敗ケースには、細かく見ればそれぞれ様々な理由がありますが、特にガバナンスの観点から一言でまとめると、「過度な放任」か「過度なマイクロマネジメント」のどちらかに偏る傾向が見られます。
過度な放任は、本社の経営陣が買収先の事業についてあまり理解していない場合によく見られます。例えば、「子会社の経営陣に任せる」という方針を、その詳細を議論せずに決定してしまう場合です。実際の事例で、子会社の経営を任された経営陣が、子会社の資金力を超えた買収を繰り返したことがありました。この事例では、子会社は親会社の信用力を利用して買収を行うことが可能なので、子会社の経営陣はどんどん買収を繰り返しましたが、親会社はその実態を把握できていませんでした。そして買収額とそれに伴う借入が膨らんできたところで問題が顕在化しましたが、後の祭りでした。
一方、マイクロマネジメントに傾倒すると、買収先企業の自由な経営を制約してしまいます。例えば、買収した会社の事業特性を無視して本社の子会社管理規定をそのまま適用した事例では、様々な意思決定が本社決済になってしまい、研究開発の速度が低下してしまいました。別の事例では、顧客との関係を握っていた営業担当者の交渉の自由度が制限され、人材の流出が発生し、顧客との緊密な関係というM&Aで獲得しようとしていたケイパビリティが失われてしまいました。
こうした失敗事例は特に
クロスボーダー案件で多く見られます。その背景として、
■ 筆者履歴
福富 尚(ふくとみ・ひさし)
マッキンゼー・アンド・カンパニー アソシエイトパートナー
クロスボーダーおよび日系企業同士のM&Aについて、戦略策定、ビジネス・デューデリジェンス、PMIを数多く支援。2019年にはワシントンDCオフィスを拠点に活動し、米国企業によるM&Aを支援。メリルリンチ日本証券にて投資銀行業務に従事した後、2015年にマッキンゼー入社。東京大学大学院薬学研究科修士課程修了、ノースウェスタン大学経営大学院修士課程修了(MBA)。