[押さえておきたい新時代のM&A~海外M&Aのカギを握るリスク管理]

2025年1月号 363号

(2024/12/10)

第4回(最終回):PMIにおける不正リスク対策

林 稔(KPMG FAS マネージングディレクター)
肥田 小織(同 ディレクター)
  • A,B,C,EXコース
1.DDの限界と不正リスク対策の必要性

 本連載では、新時代における海外M&A戦略では、経済成長率が著しい国への地産地消型のビジネス展開がカギだと述べてきた。また、そのような国において多くの日本企業は事業の経験値が低いため、不正等のリスク対応が不可欠であり、M&Aにおいて従来型のDDだけではなく、インテリジェンス調査や決算・仕訳データ分析の活用が有用である旨を第2回第3回で述べた。最終回となる第4回では、これらの方法のPMIフェーズにおける活用の有効性、さらにその他に有用な方法を解説したい。

 まず、DDの限界について再確認したい。買収後、不正等が発覚した場合に「DDが不十分だったのでは」という指摘を受けることがあるが、限られた時間・リソース、売り手との情報の非対称性がある中で行うM&Aでは、そもそもDDで発見できるリスク情報には限界がある。ではどのように、限られた時間を有効活用し、リスク情報に関するDDを実施したらよいか。まずは、事前に十分なリスク分析を行い、仮説を設定することが必要である。仮説を設定しないままDDを実施すれば、必要性・問題意識が不明確なまま、網羅的な調査に終始し、情報量が膨大であるがゆえに何が意思決定のために必要なリスク要因なのか理解しきれないままDDが終了してしまう可能性が高まる。加えて、調査目的が不明確なまま、膨大な質問項目を投資先に投げれば、投資先の不信感を招き、その後の交渉や PMI プロセスに悪影響を及ぼす可能性もある。

 ディールブレイクする重大リスクの有無の確認がDDの目的の1つにある。そのため、経済成長率が著しい国で、重大な不正等のリスクが懸念される場合には、「不正等が起こり得る」という仮説の下、有効な不正等のリスクの検証方法を計画すべきであることはいうまでもない。買い手の交渉力は、ディールフェーズが進むにつれて弱くなっていくため、交渉力を有するフェーズにおいて、買収後の会社運営・事業計画/シナジー計画推進を阻害するようなリスク因子を可能な限り発見し、契約交渉までに手当てすることが肝要である。

 一方、DDにおいて検出事項がある場合でも、即座に対応することが良いとは限らない。なぜなら、リスク領域によっては自社のリスクアペタイトの範囲内でリスクテイクし、PMIの取組みで改善していくことも必要だからである。そのためには、第1回の「リスク方針の明確化とそれに基づく管理の重要性」の項目で述べたように、重要性によって強弱をつけたリスクマネジメント(リスク回避・低減/リスクテイク)ができるように、会社としての許容範囲(リスクアペタイト)の設定も非常に重要になる。PMIの取組みでは、ディールフェーズで手当てしきれなかった対象会社の体制等を改善・強化していくだけでなく、テイクしたリスク領域を含め、リスクが顕在化しないかのモニタリングも重要であり、第2回で紹介したインテリジェンス(外部情報)、第3回で紹介した決算・仕訳データ(内部情報)を活用した継続的なモニタリング体制の整備も必要になる。


■筆者プロフィール■

林 稔(はやし・みのる)林 稔(はやし・みのる)
KPMG FAS マネージングディレクター
1991年に朝日新和会計社(現:あずさ監査法人)に入所。入所以来、会計士監査を中心に、様々な企業の内部管理体制に関する業務に従事。 1999年から本格的に「コンプライアンス」「リスクマネジメント」「内部監査」等を中心とした支援業務に従事し、あずさ監査法人、KPMGビジネスアシュアランス、KPMGビジネスアドバイザリー(現:KPMGコンサルティング)を経て、現在、KPMG FASのフォレンジック部門にて従事。 現在、不正リスク管理体制の構築支援の他、海外事業管理の構築支援、国際カルテル対応・外国公務員等の贈賄リスク対応等を含むグローバルコンプライアンス体制等の構築支援に従事。 また、経済産業省「海外M&A研究会」の委員を務めた。


肥田 小織(ひだ・さおり)肥田 小織(ひだ・さおり)
KPMG FAS ディレクター
大手監査法人にて、製造業、小売業、サービス業を中心とした法定監査及び中小企業の内部統制導入支援に従事したのち、M&Aの実行フェーズでのカーブアウトDD及びカーブアウト実行支援、セルサイドにおけるカーブアウト支援(カーブアウトプランの作成、DD支援、セパレーション実行)、経理・財務機能の統合、内部統制を含むグループガバナンス・グループ管理、リスクマネジメントに係る体制の構築・高度化に向けたPMIに係るアドバイスを提供。近年、注目されているサードパーティーリスク(TPR)に関してM&Aにおいて対象会社のサードパーティに起因するリスクや管理体制の診断及び平時における企業のサードパーティリスクのマネジメント体制の構築に向けた支援にも注力する等、常に変化していく企業を取り巻くリスクに対応できるリスクマネジメント体制及びグループガバナンス・グループ管理体制の高度化支援を提供している。

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