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(2023/05/09)

グリーンウォッシュや「反ESG」の中で日本企業に求められる対応~M&A時の法務DDや子会社管理で重要なESG要素の検証

土岐 俊太(大江橋法律事務所 弁護士)
  • A,B,EXコース
ポイント
〇近年、欧米では、ESG投資に逆風が吹き始めている。グリーンウォッシュに関する紛争等が相次いでいるうえ、ESG自体に懐疑的な動きもあり、米国の州では、ESG投資を阻止するための規制も整備され始めた。
〇ESG要素の検証は、M&Aの際の法務DDや買収後の子会社管理においても重要である。資本市場の関係者としては、このような事業環境の変化に立ち向かう必要性がある。
〇本稿では、グリーンウォッシュと反ESGの動きを整理するとともに、日本企業が今後注意すべき点について整理する。
I はじめに~グリーンウォッシュの状況と日本企業の対応

 環境・社会・ガバナンス(ESG)に配慮した投資は、世界中の企業や投資家の関心を集めている。一方で、特に欧米では、信頼性の低いESGデータやグリーンウォッシュといった企業による見せかけの環境配慮に対する市民の目が厳しくなっていく中で、規制当局がグリーンウォッシュの疑いで強制措置をとったり、NGOが主導して訴訟を提起したりする動きもみられる。他方で、世界経済の不確実性や経済的自由の観点からESG自体を疑問視する、いわゆる反ESGの動きも出始めている。実際に、米国のいくつかの州では、ESG投資を阻止するための規制の整備が進められている。

 本稿では、グリーンウォッシュの状況と米国における反ESGの動きをそれぞれ整理し、日本企業への影響と日本企業が今後注意すべき点について解説することを目的とする(注1)。なお、本稿のうち意見にわたる部分は、いずれも筆者の個人的見解であり、筆者の所属する団体の意見ではないことを付言しておく。

Ⅱ グリーンウォッシュ

(1) グリーンウォッシュとは?

 グリーンウォッシュとは、実態が伴わないのにもかかわらず、環境への配慮をした取り組みをしているようにみせかけることをいう。グリーンウォッシュという用語は、エコなイメージを思わせる「グリーン」と、上辺だけという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語として、1990年代から欧米の環境活動家が使い始めたのであるが、1992年のリオサミット直前に、環境保護団体のグリーンピースが「GREENWASH」という本を出版したことで広まった(注2)。

 エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが実施した調査によると、過去5年間で、サステナブルを謡った商品数が世界で71%増加したとされている(注3)。その一方で、2020年の欧州委員会の調査によると、環境に関する広告の40%には「根拠がない」とされている(注4)。このような見せかけのESG対応は、投資家や消費者に誤解を与え、個別の法律に違反するリスクがあるだけではなく、かえって企業の信用を損なうリスクがある。

(2) 世界におけるグリーンウォッシュの規制と事例

 まず、近年、サステナビリティに関する開示の規制も進み始めているが(注5)、他国では開示に関連する紛争等が既に起きている。たとえば、気候変動に関する米国のエネルギー会社による情報開示が投資家を誤解させるものであり、証券等の売買に関して虚偽表示や詐欺等の行為を禁じるマーティン法に違反するとして、ニューヨーク州が原告となり、違法な情報開示の差止めや損害賠償などを求めた事案がある。裁判所は、同社のプロキシコストにかかる情報開示は誤解を招くものではないこと、及び、当該情報開示は投資家にとって重大なものではなかったことを理由に原告の訴えを棄却した(注6)。また、2022年5月、米証券取引委員会(SEC)は、米国の資産運用会社に対し、投資先のESGに関する情報開示が不十分だとして制裁金150万ドルを科した。1940年投資顧問法(Investment Company Act of 1940)に基づき、運用会社が投資家に間違った情報や誤解を招く情報を提供することを禁じているところ、運用会社は、投資先企業のESG対応に関する情報開示が不十分だったり虚偽の情報を提供したりしていたとされる(注7)。

 もっとも、開示に関して十分注意しなければならないものの、日本企業が海外企業のM&Aや子会社管理を行う上では消費者との関係がより問題となるかもしれない。消費者に対してなされたグリーンウォッシュを規制する国際的な共通ルールは、現時点では存在しない。規制は国ごとに差があり、規制の程度は特別の規制がある法域や、ガイドラインが存在する法域、特別な規制がない法域と様々である。そのため、グリーンウォッシュの法的問題も画一的に検討することはできない状況であるが、グリーンウォッシュに関する規制等の例は今後の展開の参考となるため、以下に掲載する。

【図表1】グリーンウォッシュに関する規制
フランス気候レジリエンス法(Climate and Resilience Law)に基づき、誤解を招く広告や包装、表示に対して、広告費の最大80%の罰金やメディアでの訂正等の義務を課すことができる制度となっている。
イギリス競争市場庁が「グリーンクレームコード」を公表している。これによって、消費者向けの製品やサービスを提供する企業は、その環境に関する表示が英国の消費者法で定義される誤解を招くかどうかを確認することができる。

(出所)筆者作成


 なお、アジアでも、2023年1月に、韓国の環境省が、虚偽や誇張した環境配慮を掲げる企業に対し、最高300万ウォンの罰金を課す旨の発表を行っており、グリーンウォッシュを規制する動きはヨーロッパに限られない。また、ヨーロッパでも、2023年3月、EUが、グリーンウォッシュから消費者を保護するためのグリーンクレーム規則案を発表したことは注目に値する(注8)。これは、科学的根拠に基づく内容であることの立証や、外部機関による検証、消費者への詳細な内容の表示など、企業が満たすべき最低要件を示す内容となっており、今後の動向に注意が必要である。

 実際、「グリーン」や「持続可能性」に関する統一的な基準がなかったこともあいまって、グリーンウォッシュに関する係争は増加傾向にある(注9)。たとえば、イタリアでは、2020年、石油・ガス会社が「グリーンディーゼル」を謳ったことについて、競争市場庁が実際には「グリーン」とは言えず、消費者を欺いたと認定した(注10)。これにより、同社は6億円を超える罰金を受け、宣伝活動も中止となった。また、2022年、英国の広告監視機関は、金融機関が広告を掲載した「ネット・ゼロ計画」等への取り組みに関して、同社が並行して進める「化石燃料プロジェクト融資」を2040年まで継続する計画があること等を消費者に周知することは、当該取り組みにつき誤解を招くとして、広告掲載を差止めすべきとの決定を行った(注11)。

 他方で、消費者団体や環境NGOは、消費者保護法等を利用して、訴訟を提起することも少なくない。現在審理中の事件も多数存在し、例えばオランダの航空会社が、同社のフライトがいかに「持続可能」であるかについて一般市民に誤解を与える広告キャンペーンを行ったことが欧州消費者法に違反したとして提訴されている事案(注12)や、ボトル入り飲料水の製造・販売業者の製品が「カーボンニュートラル」であるとして虚偽かつ誤解を招く表示を招くとして、同社がニューヨーク南部地区の連邦裁判所に訴訟を提起されている事案、などがある(注13)。

(3) 日本におけるグリーンウォッシュの事例

 日本において、消費者との関係でグリーンウォッシュに関して明示的に争われた裁判例は見当たらない。また、2023年3月31日に適用が開始された金融庁によるESG投信向けの監督指針を除き、グリーンウォッシュを具体的に規制する法令はないため、関連当局がグリーンウォッシュであることを明示的に示して事業者を処分した事例もないと思われる。もっとも、2022年12月に消費者庁が立て続けに発出した景品表示法に基づく措置命令が注目に値する。具体的に消費者庁は、事実に反して「生分解性」等の表示をおこなったことが、景品表示法の優良誤認表示に該当するとして、ゴミ袋及びレジ袋の販売事業者2社、カトラリー等の販売事業者2社、釣り用品の販売事業者1社、及びエアガン用BB弾の販売事業者5社に対し、それぞれ措置命令を行った(注14)。

 景品表示法は、事業者が一般消費者に対し、自己の供給する商品・サービスが、(1)実際のものよりも著しく優良である、又は(2)事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも著しく優良である、と示す表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるものを禁止している(同法5条、優良誤認表示の禁止)。ここでいう「表示」とは、顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給する商品・サービスの品質、規格、その他の内容や価格等の取引条件について、消費者に知らせる広告や商品パッケージなどの表示全般をいう(同法第2条第4項)。

 上記の措置命令の対象となった表示に関していえば、「生分解性」を有するかのような表示をしているにもかかわらず、実際には、事業者は当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すことができなかったと認定した。それゆえ、当該表示は、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示すものであると評価され、景品表示法に違反するとされた。このように、消費者庁は、環境配慮がなされた商品であるかという点が、商品の価値の一側面になり得ると評価し、「生分解性」を有するかのような表示は、「実際のものよりも著しく優良である」表示であると認定したと考えられる。

 もちろん、これは一般的な不当表示に関する事例であり、消費者庁もグリーンウォッシュに関する措置という点を明言したわけではない。しかし、10社に対する措置命令がいずれも事実に反して「生分解性」等の表示をした事案であったことの背景には、企業による見せかけの環境配慮への問題意識があったようにも思われ、10社に対する措置命令は、グリーンウォッシュに関する措置命令とも評価できる。

(4) 日本企業に求められる対応

 世界中でのグリーンウォッシュへの意識の高まりは、日本企業にとっては、気候変動緩和への意欲を高め、ステークホルダーと効果的にコミュニケーションをとるよい機会となるともいえる。もっとも、「グリーン」であると開示したり表示したりする場合には、各国の法令に違反しないようにする必要があるうえ、後々紛争が生じないように必要なリスク管理を行っておくことが望ましい。

 リスク管理について考える際には、法令に違反していないか個別に判断するのは当然であるが、Terrachoiceが2010年に発表した「グリーンウォッシュの罪」というレポートの内容も参考になる(注15)。同レポート7ページでは、グリーンウォッシュにはどのような問題があるかが整理されており、逆にいえばこれらの点を抑えた事業活動を展開することで個別の法令に違反したり、消費者からの誤解を招き紛争等が生じたりするリスクを回避することにもつながる。

【図表2】Terrachoiceが2010年に発表した「グリーンウォッシュの罪」
  1. 隠れたトレードオフの罪
    一部の属性を抽出し、その製品が環境に配慮していると主張すること




■筆者略歴
土岐 俊太(どき・しゅんた)
弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 2012年京都大学法学部卒業、2014年京都大学法科大学院修了、2016年~2018年森・濱田松本法律事務所勤務、2022年Georgetown University Law Center LL.M.卒業、2022年~Morgan, Lewis & Bockius LLP (New York)勤務。主な著書(共著を含む)として、「海外販売店契約で頻発するトラブルとその対応策」(Business Law Journal、2019年)、「債権法改正を踏まえた契約書法務」(大阪弁護士協同組合、2020年)等。

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