第1 はじめに 「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太方針2023)でも言及されているように、我が国は本格的に「少子高齢化・人口減少時代」に突入しようとしており、医療・介護サービスの提供体制はより一層重要さを増している。昨今、医療・介護業界に新規参入することを検討する企業や、医療・介護事業の拡大を志向する企業が増えているが、医療・介護業界は、人員の確保、DX化、人手不足を見据えた業務効率化、働き方改革など、様々な課題を抱えている。
また、医療・介護事業が規制産業であることは周知の事実であるが、法令というよりも、長い歴史の中で、通達や運用が積み重なって一定のルールが成り立っているという点が特徴的である。医療・介護業界の規制は、我が国の医療・介護を取り巻く環境や歴史的背景なども踏まえて理解することが重要である。
医療・介護業界への進出や業務拡大の手法としてM&Aが採用されることも少なくないが、規制に対する深い理解と共に、業界の特性を把握することがM&A成功の鍵を握るといっても過言ではない。
本稿では、医療・介護業界のM&Aの契約交渉や法務
デュー・ディリジェンスで注意すべき業界特有の論点について、昨今の医療・介護業界の動向も踏まえて論じることとする。
第2 医療業界のM&A 医療法は、医療法人による剰余金の配当を禁止しており(医療法54条)、また、営利法人による医療機関の開設及び運営を制限している(医療法7条7項)ため、株式会社をはじめとする営利法人(注1)が医療法人の経営権を得るべくM&Aを実施する場合には、役員の派遣などに関する制約等を踏まえ、医療M&A(注2)の目的を達成するためのスキームも慎重に検討する必要があるが、この点は別稿に譲ることとし、以下では、医療M&Aにおいてしばしば問題となり得る個別論点を取り上げる。
■筆者プロフィール■
小林 貴恵(こばやし・きえ)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。2011年弁護士登録、M&Aやコーポレート分野の経験を積むと共に、2018年から2020年にかけて、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程にて、医療経営・医療経済学を修めた。現在は、その経験も活かし、医療法人、製薬企業、ヘルスケアベンチャー、訪問看護会社などからの相談をはじめとする医療ヘルスケア分野の案件を多く担当しているほか、医療法人・医療機関の事業承継・M&Aの案件にも数多く関与している。