[マールインタビュー]

2014年5月号 235号

(2014/04/15)

No.167 日本のM&Aの成功率は5割――実証研究の第一人者が検証し、課題を提示

 井上 光太郎(東京工業大学大学院 社会理工学研究科 経営工学専攻 教授)
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井上 光太郎(東京工業大学大学院社会理工学研究科 経営工学専攻 教授)

[1] 新たな発見と課題

2003年から2010年までのM&Aを再検証


-- 先生は『M&Aと株価』(2006年)で、日本のM&Aについて実証研究をされました。その後の研究はどうですか。

「『M&Aと株価』では1990年から2002年までの上場企業のM&A約140件を分析しました。ちょうど、日本においてM&Aが活用される初期に当たり、内容的には救済型やグループ再編が中心でした。しかし、その後、日本企業はバブル崩壊の後始末をつけ、前向きで戦略的なM&Aを行うようになっています。海外M&Aも増加しています。新しいステージに入った日本企業のM&Aが実際に成果を上げているのか。M&Aは失敗例も多く、新聞報道などで成功率は2割などと言われています。本当にそんなに低いのか。その点をもう一度、再評価したいと思い、2013年、私が所属している経済産業研究所の研究会プロジェクトのなかで新たな研究を行ったのです。2003年から2010年までの大型M&A731件が対象です。買い手企業は日本の上場企業、買収先企業(売り手)は上場、未上場、海外企業です」

-- どんな方法でやられたのですか。

「三つの仮説を立てました。日本企業のM&Aは株主価値を創出している、同じ事業領域内の水平型M&Aの方が多角型より株主価値の創出は大きい、ガバナンスが効いている買い手企業の方がプラスになる、という三つです。これらの仮説を株主価値への効果(株価効果)で検証していきました。株価効果を計測するために、『M&Aと株価』では発表時の株価の動きだけを分析しました。発表時と言っても、その時の株価にはそのM&Aの将来の期待や評価も込められています。今回は、株価効果については、発表時だけでなく、発表後3年の長期リターン分析をし、さらに長期の業績(ROA<資産収益率>など)推移も含め総合的に分析しました。このような大規模なサンプルでの長期パフォーマンス分析は日本では初めてです」

-- どんな結果が得られたのですか。

「M&Aの発表時に、買い手企業の株価は平均して約2%上昇しています。株式市場はM&Aをプラスに評価しているのです。これは『M&Aと株価』の分析とほぼ同じですが、新たな発見もありました。発表後の3年間の株式市場のリターンは同業他社と比較して、異常収益率はない(市場平均に対してパフォーマンスの違いはない)という結果です。ROAはM&A実施の2年前に比べて、実施後3年目では顕著に悪化しています。しかし、5年目にはM&A実施前の水準に戻っています。このように、発表時はプラスでその後は異常収益率がないという結果から、日本企業のM&Aは平均してみると株主価値を創出しているという第1の仮説は支持されます。また、株価効果の要因分析では水平型M&Aの方が長期の株価パフォーマンスは良好でした。シナジーを出しやすいからです。ガバナンスでは、社外取締役のいる企業のM&Aは発表時に相対的に高い評価を受け、長期の業績でもプラスの効果が出ていました。第2、第3の仮説も支持される結果となりました。このほか、部分買収よりも、100%買収の方が事後のパフォーマンスが良好でした。M&Aでは買った相手企業を変えないと価値を引き出せません。経営権をしっかり確保する方が、また利益相反が生じる可能性のある少数株主が残らない方が、シナジー効果の実現やリストラがしやすいのです」

-- 日本のM&Aの成功率はどのぐらいとみればいいのですか。

「マスコミが言うように大半が失敗というようなことはありませんでした。統計的に言えば、成功率はほぼ5割です。失敗する企業もありますが、一部の企業はM&Aを上手に使って、次の成長ステージに行っているのも事実です。米ファイアストンを買収して世界首位を争うまでになったブリヂストンのようなジャンプアップはM&Aでしかできません。経済がグローバル化し、欧米企業はどんどん巨大化しています。日本企業がこれらと伍するためにはM&Aを推進する必要があります」
 

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