[藤原裕之の金融・経済レポート]

(2013/10/30)

内部留保は賃金引上げの原資となるか

 藤原 裕之((一社)日本リサーチ総合研究所 主任研究員)
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活発化する賃上げ促進

 企業収益の家計への分配を促進しようとする動きが活発さを増している。政府は大企業・経済界に対し、改善した企業収益を賃上げで還元するよう要請した。政府はさらに、今年度から始まった賃上げを促す法人減税の拡充を検討している。賃上げを促す法人税減税は、給与総額を5%増やした企業に対し、給与増加分の10%の税額控除が出来るという制度である。「5%はハードルが高い」という見方を受け、改正案では2%にいったん緩和する案が盛り込まれた。

 こうした賃上げを後押ししようとする議論の中でいつも決まって出てくるのが、企業の積み上がった内部留保を賃金に回すべき、との意見である。政府は、積み上がった企業の手元資金を投資や賃金に回すのがデフレ脱却の鍵とみている。しかし内部留保については、「使い道のない膨大な余剰資金」といった誤解も散見される。内部留保を賃金に回すことがどのような意味を持つのか、改めて整理が必要と思われる。

内部留保の3つの役割 ~成長、株主、リスク

 内部留保とは、企業が経済活動を通して獲得した利益のうち、企業内部へ保留された部分を指す。会計上「内部留保」という項目はないが、一般には「利益剰余金」を指すことが多い。実際、利益剰余金は増加傾向にあり、最近は特に非製造業の増加が企業規模を問わず目立つ(図表1)。

図表1 利益剰余金の推移



 上記のように、現在議論になっているのが、積み上がった内部留保(利益剰余金)を賃金に回せないかという見方である。しかし、利益剰余金の定義に照らして考えると、これが賃金に回るべき項目ではないことは明らかである。利益剰余金は純利益の中から配当や役員報酬などを差し引いたもので、バランスシートの右側、「純資産の部」に計上される。バランスシートの右側は資金の調達方法を表す項目であり、そこに計上される利益剰余金は明確な目的を持って運用される。具体的には、①設備投資やM&Aなどの成長資金、②配当金・自社株買いなどの株主還元、③現金など流動資産によるリスクバッファー、などに振り向けられる。この中で特に増加が目立つのが③であり、流動資産に占める現金の割合(現金比率)はリーマンショック以降、特に増加傾向にある(図表2)。金融機関の場合、利益剰余金は自己資本のコア(Tier1)に算入される項目であり、リスクバッファーとして重要視されている。現金保有の増加は日本企業だけでなく欧米企業にも同様にみられる世界的な現象であり、リスクバッファーよりも投資不足による生産性の低下を危惧する声も高まっている。しかし、仮に現金保有がリスクに比べて過剰であったとしても、その分は成長性の高い投資や配当に回すべきものであり、賃金に回すべきものではない。


■藤原 裕之(ふじわら ひろゆき)
略歴:
弘前大学人文学部経済学科卒。国際投信委託株式会社(現国際投信投資顧問)、ベリング・ポイント株式会社、PwCアドバイザリー株式会社を経て、2008年10月より一般社団法人 日本リサーチ総合研究所 主任研究員。専門は、リスクマネジメント、企業金融、消費分析、等。日本リアルオプション学会所属。

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