[書評]

2011年1月号 195号

(2010/12/15)

今月の一冊『国際会計基準はどこへ行くのか--足踏みする米国・不協和音の欧州・先走る日本』

田中弘 著 時事通信社/2000円(本体)

世界唯一の会計基準を目指す国際会計基準(IFRS)を採用(強制適用)するのかどうか、米国がいよいよ2011年に決断する。日本も後を追って2012年に決定する。本当に予定どおり進むのか、時期尚早として先送りになるのか。金融危機があり、IFRSを巡る動きは混沌としている。各国の状況は本書のサブタイトルにあるとおりなのだろう。著者はIFRS反対論者だが、本書は立場を超えてこの問題を考えるうえで手がかりを与えてくれる。

IFRSの特徴とされる原則主義や資産負債法の会計観、日本の会計基準との違い、設定主体であるIASB(国際会計基準審議会)の歴史がよく理解できる。当初は、エスペラント語と揶揄されたが、欧州の市場統合に伴い、EUの統一的な会計基準となり、今や単一で高品質のグローバルスタンダードを目指している。世界最強の資本主義国である米国が採用しやすいようにと時価会計基準など米国の基準を次々に取り込んでいった。IFRSを採用する国が100カ国を超え、ついに米国も自国基準を捨ててIFRS採用に傾く。

いよいよ世界制覇かというときに、リーマンショックによる金融危機が起きた。直接的な引き金は強欲な米ウォール街の暴走だが、それを許したのは会計学的にみれば時価会計基準と公正価値評価である。リーマンは自社の経営危機を逆手にとって、あろうことか格付けが下がった自社の金融債務(負債)を時価評価し、評価益を出すといった会計処理をしていた。時価会計を使えば、常識破りの不正もできるのだ。

時価会計の危うさを目の当たりにし、IFRSを巡る世界情勢は大きく動きつつある。サルコジ大統領が、「こうした会計原則(時価主義)がどれほどばかげたものであるか」と批判したフランスでは、IASBへの反発を強めるなど、EU 内部では亀裂が走る。米国も政権交代があり、共和党時代とIFRSに対する姿勢もかなり変わってきている。著者の目には、米国もIFRS採用をやめるなどの口実を探しているように映る。

では、日本はどうか。既定路線のままいまだにIFRSを熱烈歓迎していると著者はいう。今、日本に必要なことは立ち止まる勇気だ、と呼びかけている。

本書には著者の会計基準に対する考え方も示されている。元来、会計基準は、純粋理論の産物でなく、各国の国益、産業振興の観点からつくられるものだ。特に英米では「会計は政治」と認識されていて、国益を守る会計基準が定められる傾向がある。米国やフランスでは議会で大統領が会計を巡る演説もする。その国の資本主義のあり方に深く関わっているからだ。これに対し、日本では、会計基準について語る政治家はめったにいない。

時価会計は、物づくりで稼げなくなり、金融で食べていくしかなくなった英米が、他国民の富を収奪するために使っていると著者はいうのだ。極論ではと思ったが、サブプライムローンなど怪しげな金融商品がつくられ、最終的にババを引かされた投資家が世界各国にいたことを考えれば、あながち誇張とばかりいえない。理論的分析が読みたくなる。著者は前著『不思議の国の会計学』でもこの点の学問的説明の不十分さを指摘していたが、惜しむらくは本書でも十分に解明されていない。

米国に追随せずに日本はどういう会計制度を模索すべきか。著者は、研究開発型製造業を中心とする日本は損益計算書を重視する原価会計で、中長期的な経営に資する会計制度を目指すべきだとする。日本の資本主義のあり方にも深くかかわる問題だ。1年後に迫った日本の決定を前に本書などにより論議が深まることを期待したい。

(川端久雄)

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