[【小説】経営統合の葛藤と成功戦略]
2015年3月号 245号
(2015/02/15)
山岡ファイナンスサービス社と渋沢ファイナンスコーポレーション社は、1年半に及ぶ準備期間を経て、ついに経営統合した。物理的な組織融合も開始され全社員が新たな門出を迎えたが、一方で従業員に影響を与える役員や管理職の中にも、未だに経営統合を他人事としてしかとらえていない者も少なからずいた。
業を煮やした松尾明夫と横山友樹は、経営統合アドバイザーの大門に経営統合下での意識改革の手法について助言を受けると共に、他社での具体的な失敗事例のレクチャーを受けていた。
経営統合下での行動変革
経営統合時において、新会社の理念やビジョンを実現すべく、従業員の行動変革をいかに図るべきか。3時間以上に渡り大門からレクチャーを受けた松尾と横山は、会社への帰路についた。外に出るとあたりは既に真っ暗であり、時折強く吹く北風が頬を刺すようだった。
「従業員の行動変革は他社でもうまくいっていない。それが実態でした」
松尾がそういうと横山は黙って頷いた。松尾は言葉を続けた。
「しかし数少ないにせよ、成功事例がありました。しかも今日は成功に導くための具体的なポイントを数多く聞けました。聞いた以上は、我々は現状を放置することなくそれらを仕掛けていかなくてはなりません」
松尾にしては珍しく言葉数も多く、そして少し気持ちが熱いなと横山は感じた。松尾が本社で直面している従業員の深刻な意識ギャップについて、今日はきっと大きなヒントがつかめたのであろう。横山はそのように感じながら、松尾の話を黙って聞いた。
しばらくして松尾は再び口を開いた。
「今日の話のように、最初から全体を変えることなどできません。しかしたとえ10%程度であったとしても、一部の人間が変われば全社を変革する礎となります。その1割の人間で、会社を変えて行くことが可能なのです。あとはやるかやらないか、それだけだと思います」
松尾は普段、抽象的なことはほとんど口にしない。発言の意図を読みかねた横山は、松尾に問いかけた。
「やるか、やらないかとは、どういう意味ですか」
松尾は間髪入れずに答えた。
「そのままの意味です。失敗を恐れずにトライするか、それとも何もせず現状を放置するかの二択ということです。今日は成功事例を通して『伝える』『媒体を活用する』『讃える』『場をつくる』『考えさせる』というような、かなり実践的且つ具体的な方法論を学べました。それらは全て、我々は今後の取り組みの中に取り込んで活かしていかなくてはなりません」
そこまで話すと、松尾は一度口をつぐんだ。何かを考えているようだ。しばらくして小さく頷くと、松尾は再度口を開いた。
「大門さんの話は実践的且つ具体的な方法論であり、その断面だけ見れば、所謂『How』のテクニックのように見えます。しかし最も重要なポイントなのは、最終的には誰がそれをやるのか、誰がやれるのかという『Who can?』なのではないかと私は感じました。全ての事例に共通して、それが根底にあったのではないかと思います」
横山は松尾の言葉を反芻した。なんとなく意図はわかるが、確信まではまだ共有できていない。頷きながらも、松尾の言葉の続きを待った。
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