[寄稿]

2024年1月号 351号

(2023/12/11)

プレ・セパレーション:事業売却の意思決定における実行を見据えた要諦

小高 正裕(KPMG FAS 執行役員 パートナー)
三宅 大地(同 執行役員 パートナー)
福島 章弘(同 執行役員 パートナー)
  • A,B,EXコース
はじめに

 上場企業に対する外部株主からのプレッシャーの増加や受け皿としてのPEファンドの台頭などを背景として、日本企業による事業売却(セパレーション)は増加傾向にある。一方で、セパレーションのケイパビリティ(遂行能力)に自信を持っている日本企業はいまだ少数と目される。本稿では、セパレーションの意思決定を行う段階で事前に検討しておくべき事項を「プレ・セパレーション」と称して解説する。

経営陣の検討事項(1):セパレーション要否の判断における4つの要素

 まず、経営陣がセパレーションの要否を判断する上で考慮すべき4つの要素を挙げる。

1. ビジネスモデルの特徴

 自社としてより強みを発揮できる、もしくは今後成長させていきたいビジネスモデルに舵を切っていくために事業ポートフォリオの入れ替えを図るケースは多く存在する。例えば、従来はモノ売りをメインのビジネスモデルとしていた製造業の企業がサービスによる収益強化を企図する際に、サービス収益があまり見込めない売り切り型の事業をセパレーションするケースが挙げられる。

2. 収益性

 事業ポートフォリオ検討においてROEROICなどの収益性指標が注目される昨今においては、多少なりとも利益が出ていれば当該事業を保有しておけばよい、という単純な考え方は減っている。一方で利益が確保できているのだから急いで売却しなくてもよいのではないか、という考えは依然根強い。収益性が減少傾向にある事業については、売り時を逃すと多少出ていた利益もなくなってしまい、赤字化してしまうと売却自体が困難になる、ないしは不利な条件での売却を余儀なくされるため、収益性の見通しも踏まえて売り時を見極めることが極めて重要である。事例として、ある企業において低収益の事業のあり方を検討した際に、事業売却も取り得るオプションの1つとして検討の俎上に挙がったが、その時点ではまだ自力で収益性改善に取り組むことが可能と判断された。しかし、その後も収益性の悪化は止まらず最終的には数年後に赤字となった後に売却を行うこととなったが、買い手候補の特定に相当時間を要した上に不利な条件での売却となってしまったケースがある。

3. 競争優位性及び競争優位性の確立に必要な投資

 足元で利益が出ている事業であっても、事業自体の競争優位性がなければ今後の成長を見込むことが難しい。例えば、成長性の低い寡占的な市場で参入企業の数が少なく、他社が圧倒的なシェアを獲得している場合は、単体での成長には限界がある。また、現在競争優位性がある事業でも競争優位性を維持するためにどの程度の投資が必要か、も売却判断に影響を与えうる。事例として、ある製造業では、顧客の交渉力が非常に強い業界におけるサプライヤーの事業を有していたが、顧客の要望に応え続けるためには長期にわたる設備投資を継続していくことが求められており、グループ全体の財務状況を踏まえると投資負担が大きすぎると判断した結果、当該事業の売却を決断したケースがある。

4. 潜在的な買い手の状況

 売却を行うには当然のことながら買い手がいないと成立しない。例えば、業界全体の市場や業績が落ち込んでおり買収などの積極的な投資に踏み切るのが難しいタイミングでは、売却成立までに想定以上に時間を要する可能性も考えられる。潜在的に売却を検討している事業については、常に当該業界および各プレーヤーの状況をウォッチしておくことが望ましい。

経営陣の検討事項(2):セパレーションに向けて発信すべき方針・事項

 次に、セパレーションを実行へ進める場合に経営陣から方針としてあらかじめ売却検討チーム(SMO:Separation Management Office)に示しておくべき事項について触れる。


■筆者プロフィール■

小高 正裕(こたか・まさひろ)小高 正裕(こたか・まさひろ)
KPMG FAS 執行役員 パートナー
KPMGジャパンおよびアジアパシフィック地域のIntegration & Separation(統合・事業分離)業務統括パートナー。20年以上にわたる100件超のM&Aコンサルティング経験を有し、特にクロスボーダーPMIやグローバル事業売却などの大規模かつ複雑性の高いディールにおけるアドバイザリーに従事。近年では買収後のバリュークリエーションやESG戦略の実装支援などを通じて、日本企業の持続的な成長に貢献している。

三宅 大地(みやけ・だいち)三宅 大地(みやけ・だいち)
KPMG FAS 執行役員 パートナー
20年以上にわたるファイナンシャルアドバイザー及びM&Aコンサルティング経験を有し、特にカーブアウトを伴う複雑性の高い売却の支援に豊富な経験を持つ。企業の競争力強化に向けたポートフォリオ転換促進を念頭に、M&Aに加え、大規模組織再編やBPO転換等、日本の産業構造転換に幅広く貢献している。

福島 章弘(ふくしま・あきひろ)福島 章弘(ふくしま・あきひろ)
KPMG FAS 執行役員 パートナー
事業セパレーション・PMIにおける売り手サイドの業務オペレーション及びITシステムのセパレーション、買い手サイドのDD及び交渉支援、Day1以降のオペレーション統合の構想策定から実行・運用までを支援。20年以上のコンサルティング経験を有する。特に、End to End オペレーションの分離・統合、買収後の経営管理・ガバナンス体制構築、グローバル競争力強化に向けたビジネス・ITトランスフォーメーションに注力。

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