[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]
2017年6月号 272号
(2017/05/18)
(前回までのあらすじ)
三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
創業家系のサプライヤー
伊達から渡された配電盤の部品と思しきものをテーブルの上に置くと、狩井は再び伊達に尋ねた。
「中心部分のネジの長さは、目算で15mmにも満たない。設計寸法が25mmだとすれば半分ぐらいしかないということだ。これが創業家系サプライヤーの品質レベルということなのか」
伊達は言葉を選びながら慎重に答えた。
「全部が全部というわけではありません。また創業家系ではなくとも、品質に問題を抱えているサプライヤーも多くあります。ただ、ここまで極端に粗悪なのは同族系に限られます」
井上が口をはさんだ。
「全体の検品通過率では、同族系とそれ以外で有意な差はあるのですか」
伊達は少し目をしかめて答えた。
「俺はレッディ社に配属されて以来、一度も『全体や平均の検品通過率』というものを見たことがない。それはなぜか。現在のレッディ社では、サプライヤーから納入される様々な原材料・部材・部品について、一定の基準に従った検品がなされているわけではないからだ」
井上が少し呆れたような表情を見せると、伊達は首を振りながら言葉をつづけた。
「もちろんわかっている。そんな現状が許されるわけではない。そして現状を正しいやり方に変えていくことは、当然私の責任だ。既に納品物の検品ガイドラインの作成にも着手もしている。しかしだな……」
伊達はそこまで言うと、突然黙り込んだ。自らの職責を強く自認し取り組みを進めつつも、果たしてそれでよいのかという迷いがあるようだった。伊達が言葉を詰まるらせることはめったにない。
一同は晩飯のテーブルを囲んだまま静まり返った。合宿所と呼ばれる狩井宅では珍しいことだ。
しばらくして狩井が口を開いた。少し重くなった雰囲気を解きほぐすような、優しく小さな声で伊達に語りかけた。
健全な悩み
「レッディ社全体を一気に変革することはできない。できない理由は数多ある。しかし理由のTop1、 2をあげるとすれば、見える化出来ていないことと、我々が未だにインドの商習慣を理解しきれていないということだ」
伊達は顔を狩井に向け、話の続きを待った。狩井は続けた。
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