第1 スタートアップのM&AによるExit スタートアップのExitの方法は、IPOとM&Aに大別されるが、M&Aがその大半を占める米国とは異なり、日本ではIPOが主流であり(注1)、スタートアップの経営もIPOを意識しながら行われることが一般的である。この点は、スタートアップと創業者及び投資家等との間で締結される株主間契約において、通常、上場努力義務が規定されることに端的に表れている。
2021年3月に経済産業省から「大企業×スタートアップの M&A に関する調査報告書(バリュエーションに対する考え方及び IR のあり方について)」(注2)が公表されたことなどを契機に、近時はスタートアップ関係者においても、M&Aによる
Exitについての意識が高まりつつあると思われるものの、スタートアップの設立の初期段階から、IPOとM&Aの差異を具体的に認識できているケースは多くはないと思われる。IPOの場合、当然のことながら、スタートアップは、IPO以降、上場会社として運営されることとなり、創業者は引き続き当該スタートアップの経営を担うことが想定される一方で、M&Aの場合は、非上場会社のままであり、創業者はM&Aの完了から一定期間経過後にスタートアップの経営から離れることも多い。
では、IPO又はM&Aによって得られるリターンの差異についてはそれぞれどうか。IPOの場合、日本では、原則として複数種類の株式を発行した状態での上場は認められていないため、実務上、上場申請前に
優先株式(
種類株式)は全て普通株式に転換される結果、各株主が得られるリターンは1株ごとに均一で、株式数に応じてリターンが増えることとなる(注3)。他方で、M&Aの場合、通常、優先株式の内容である優先残余財産分配権及び株主間契約に定められたみなし清算条項に基づいた対価の分配が行われるため、普通株式を保有する創業者等と優先株式を保有する投資家間では、リターンが異なり得る(注4)。
このように、M&Aによって得られるリターン、すなわち、分配対価の額が、その保有する株式等の内容によって異なり得るが、当該差異は、M&A時に突然生じるものではなく、それまでのスタートアップの資本政策に由来する部分も大きい。言い換えると、M&AによるExitを視野に入れる場合は、資金調達を含む資本政策の実施により、対価の分配にどのような影響を及ぼすかを把握しておくことが重要である。
そこで、本稿では、投資関連書面における、M&Aの対価の分配に係る重要な条項の内容を確認した上で、株式等の種類に応じた具体的な対価の分配について概観することとしたい。なお、M&Aと一口に言っても、その内容は千差万別であるが、本稿では、原則として、株式譲渡の方法による株式会社たるスタートアップの株式の全部買収で、かつ、現金対価を想定するものとする。
第2 投資関連書面におけるM&Aに係る重要な条項 スタートアップの資金調達手法には様々なものがあるが、その大部分は、VCや事業会社あるいは
CVC等の外部投資家に対して優先株式を発行して行われ(注5)、当該優先株式の発行に際しては、優先株式の内容を定める定款変更案に加えて、株式投資に係る条件等を定めた投資契約書、及び、投資実行後のスタートアップと創業者及び投資家間の権利義務等を定めた株主間契約(以下、これらを総称して「投資関連書面」という)等が作成されることが一般的である。以下では、投資関連書面に定められる条項のうち、M&Aの対価の分配に係る重要な条項に絞ってポイントを整理する。
■筆者プロフィール■
林 雄亮(はやし・ゆうすけ)
日本国・カリフォルニア州弁護士。TMI総合法律事務所パートナー。2008年同志社大学法科大学院修了後、2010年からTMI総合法津事務所東京オフィスにおいて、M&A等のコーポレート業務に携わる。2015年4月から約2年間は、金融庁企業開示課に勤務し、公開買付け・大量保有報告制度を中心とする開示実務の経験を積む。その後、2018年にUC Berkeley School of LawのLL.M.プログラムへの留学を経て、2019年8月から2021年12月までTMI総合法津事務所シリコンバレーオフィスにて勤務し、スタートアップを中心としたシリコンバレーの法律実務を学ぶ。2022年3月から同京都オフィスにて勤務し、M&A及び日米のスタートアップの資金調達を含む、コーポレート業務全般に関するサポートを精力的に行っている。