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[【企業価値評価】事業法人の財務担当者のための企業価値評価入門(早稲田大学大学院 鈴木一功教授)]

(2019/09/26)

【第14回】エンタプライズDCF法の実務③:STAGE 2 将来の業績予測②、STAGE 3 資本コストの推定

鈴木 一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科<早稲田大学ビジネススクール>教授)
1.STAGE 2 STEP 4:予測フリー・キャッシュフローの算定

 連載第13回では、エンタプライズDCF法の実務におけるSTAGE 2将来の業績予測のSTEP 3(戦略的見通しの業績予測への転換)まで説明しました。今回はまず、STAGE 2の残りであるSTEP 4(予測フリー・キャッシュフローの算定)について説明し、次にSTAGE 3として、資本コストの推定について話を進めていきます。資本コストの推定には、いくつもの変数(式に入力する値)があって、実務上も議論の多い部分ですが、本稿では一般的な推定方法を紹介することにします。

 まず、STAGE 2のSTEP 1~3において、予測フリー・キャッシュフローの計算の準備は完了しています。STEP 4の予測フリー・キャッシュフローの計算手順は、STAGE1の過去分析の際のフリー・キャッシュフローと同様です。具体的には、STEP 3のSUB-STEP 3で求めた予測NOPLATから、SUB-STEP 5で求めた予測投下資産残高の変化を基に計算される営業用資産への純投資予測額を差し引いて、予測フリー・キャッシュフローを求めます。

図表14-1 予測フリー・キャッシュフロー

 実際にモスフードサービスにおいて、予測フリー・キャッシュフローを求めたのが、図表14-1です。貸借対照表上の営業用資産について、過去実績よりも保守的に(多めに)対売上高での残高の比率を見込んだため、予測初年度については、グロス投資額が大きい数字となっています(投資が増えて営業用資産が増加)が、それ以降は、売上高の成長とリンクして、安定的にグロス投資額が推移していることがわかります。

 STAGE 2のSTEP 1〜4によって、予測フリー・キャッシュフローが求められました。STAGE4で説明するように、これらの予測フリー・キャッシュフローを加重平均資本コスト(WACC)で割り引けば、エンタプライズDCF法による企業価値の計算ができます。

 ただし、実際には、このような1つのシナリオのだけで将来の業績をある程度の確信を持って予測できるケースは多くはありません。そこで、将来の不確実性を反映させるべく、複数のシナリオを作成する場合があります。このようなケースをシナリオ分析といいます。シナリオ分析では、メインシナリオ(評価者や関係当事者が、もっとも可能性が高いと考えるシナリオ)の他に、楽観シナリオ、悲観シナリオといった形で、上下に業績の幅を取る手法が一般的に用いられます。

 モスフードサービスの予測についても、本章の予測では、国内市場における労働力人口の変化と、国内のインフレ率のみを勘案して作成していますが、実際の中期経営計画を見ると、縮小する国内市場を補うべく、台湾を初めとする東南アジアなどの海外での成長余力を探っている様子が窺えます。仮に海外でもある程度の市場を確保できるとすれば、より楽観的な業績予測シナリオを作成することが可能かと思われます。

 なお、フリー・キャッシュフローの数値が出そろったら、最後に予測数値から主要なバリュー・ドライバーを導き出し、業績予想全体を評価、検証しておくと良いでしょう。この際、特に重要な点は、以下の2つです。

 1. 売上や利益の成長率や、ROICといったバリュー・ドライバーの動向は、評価対象企業の業績や業界の競争状況と矛盾しないか。

 2. 売上高の成長率予測が、業界全体の成長とかけ離れていないか。特に業界が安定成長期に入っているのに、評価対象企業の業績のみが成長するというシナリオを描く場合、競合他社のシェアを浸食することを意味します。したがって、具体的にどの企業のシェアを奪うのか、シェアを奪われた企業がなぜ反撃しないのか、他社のシェアを浸食するだけの経営資源はあるのか、といったことが説明できる必要があります。

 他にもいくつかチェックしておくことが望ましい項目がありますが、詳細については、後述の参考文献、鈴木 [2018] 第11章のSTEP 5をご参照賜れば幸いです。

2.STAGE 3:資本コストの推定

 ここまでで、業績予測期間における予測フリー・キャッシュフローが計算されました。ここからは、STAGE 3として、フリー・キャッシュフローを現在価値に割引く際に必要な、加重平均資本コスト(WACC)の求め方について説明していきましょう。
 エンタプライズDCF法や、それに類する現在価値の考え方を基本にした企業価値計算においては、将来発生すると予想されるキャッシュフローをどのような割引率、もしくは資本コストで現在価値に割り引くのかによって、結果が左右されます。資本コストの理論については、本連載の前半(第4回~第10回)において、その考え方の基礎から、有利子負債のコスト、株主資本のコストの求め方について詳細に説明しました。今回は、それらの理論に基づいて、実際にモスフードサービスの資本コストを分析する手順を説明します。

 まず、連載第9回で説明した、税引後加重平均資本コスト(WACC)について、計算式(式9-2)を確認しておきます。税引後WACCの計算式は、各種資金調達方法について、法人税控除後の資本コストの加重平均を取って、全社的なキャッシュフロー(フリー・キャッシュフロー)の資本コスト(割引率)を計算するものです。
 

D:社債(永久債)の時価、rD:有利子負債の税引前資本コスト、
E:株主資本の時価、rE,L:株主資本コスト、tC:法人税率

 以下、この計算式の各要素をどのように求めていくかについて、4つのステップを追って考えていきます。

STEP 1:資本構成の推定
STEP 2:有利子負債の資本コストの推定
STEP 3:普通株式の資本コストの推定
STEP 4:加重平均資本コスト(WACC)の計算

STEP 1:資本構成の推定

 最初に、税引後WACCの計算式において、どのような比率で負債と株式資本のコストを加重平均するかについて考えます。この比率を推定することは、評価対象企業が、将来どのような資金調達の組み合わせを選択するか、を予想することを意味します。

 一般に実務上は、エンタプライズDCF法でフリー・キャッシュフローを割り引く場合、継続価値の計算に至るまで、税引後WACCは一貫して同じ数値が用いられることが多いです。すべての期間に同一のWACCを使って現在価値を計算する場合、遠い将来に至るまで同一の割引率を用いるのですから、そのことと整合的な数値を使って計算されるべきです。

 上場企業であれば、現在の時価をベースに、評価対象企業の現状の資本構成を把握します。その後、評価対象企業の類似企業(同業で企業規模的にも類似性の強い企業)の資本構成や将来計画などから資金調達の方針を検証・修正したうえで、長期的な目標資本構成を決定します。この場合、評価対象企業の現在の株式時価、可能ならば社債の時価をベースに、評価対象企業の現状の資本構成を把握します。銀行借入については、短期借入については借入金額そのものを用いますが、長期借入については、返済スケジュールや借入金利のデータが入手可能であれば、社債と同様に時価評価します。

 同時に、類似企業で上場企業があれば、そのデータを何社かピックアップし、時価ベースの資本構成を分析します。なお、非上場企業の場合、最初の時価ベースの資本構成を計算できないため、この類似上場企業の資本構成が重要な判断材料となります。

 最終的には、以上の手順で得られたデータを基に、評価対象企業が、今後どのような資本構成を目指しているのかを加味して、評価対象企業の長期的に維持可能で、かつ企業価値計算に妥当と思われる目標資本構成を決定します。

 以下では、具体的にモスフードサービスの資本構成を考えます。

 同社の2019年3月期の資本構成では、有利子負債残高は、連載第12回の図表12-4の投下資産の「長短借入金・リース債務」と「退職給付債務」の合算で、3,418百万円(=2,968百万円+450百万円)を用いる。また、同じ図表から、「余剰現預金」は、8,927百万円です。一方、株主資本については、2019年3月末段階で、時価総額が73,832百万円となっています。

 このように余剰現預金のほうが有利子負債よりも多い企業の場合、実務の世界では、余剰現預金を考慮せず、有利子負債残高の3,418百万円を用いる考え方(この場合、有利子負債4.4%、株主資本95.6%)、有利子負債残高はゼロとする考え方(この場合、有利子負債0%、株主資本100%)、有利子負債残高から余剰現預金を差し引いたマイナスの純有利子負債残高(-5,509百万円)を用いる考え方(この場合、有利子負債-8.1%、株主資本+108.1%)が混在して用いられています。

 以下では、長期的に純有利子負債をマイナスに保つ必要はないと考え、有利子負債残高はゼロとする目標資本構成(有利子負債0%、株主資本100%)を採用します。(ただし、最後のマイナスの純有利子負債を用いる計算方法による、有利子負債-8.1%、株主資本+108.1%が、現在の株主資本コストの推定値と理論的に整合的だという考え方もあります。)なお、同業の上場企業としては、日本マクドナルドホールディングスがありますが、米国の親会社の子会社であることの特殊性を勘案して、今回は比較を行っていません。同業上場企業との比較については、本連載の最終回に市場株価法(マルチプル法)について説明する予定ですので、その際に改めて取り上げたいと思います。

STEP 2:有利子負債の資本コストの推定

 まず、有利子負債の資本コストを考えましょう。有利子負債の資本コストの推定については、長期の社債における流通利回りのデータを参考にして決定するのが一般的です。その際、社債の信用格付けごとに利回りが異なることに注意しましょう。一般に、格付けが低い(財務の信用力が低い)企業ほど、社債の利回りは高くなります。また、社債の満期までの期間ごとに金利が異なりますが、満期までの期間が長い社債ほど利回りが高い傾向があります(「順イールド」といいます)。

 一般的に、信用格付けがBBB格以上の信用力を持つ企業については、その企業に関するデータが存在する最長期間の市場利回りから、日本国債の利回りとの差(スプレッド)を求めます。そして、STEP 3でCAPMによって株主資本コストを計算する際のリスクフリー金利として用いる国債の残存期間(10〜30年)に応じた利回りに加算して、有利子負債の金利を求めます。

 銀行借入やリースといった有利子負債のコストについても、上記の方法で求めた社債金利を基準に、資本コストを求めることになります。現状だけを見れば、社債よりも短期借入の銀行金利が低い、という企業もあるでしょうが、あくまでも長期で調達する有利子負債の金利を用いるべきです。将来金利が上昇してくれば、銀行の借入金利も上昇するはずなので、長期の平均では、社債金利に近い数字になると考えるべきです。

 モスフードサービスの目標資本構成については、STEP 1で有利子負債比率を0%としたので、有利子負債のコストは税引後WACCの計算に影響を与えません。ただ、確認のため、CAPMによる株主資本コストの計算時にリスクフリー金利に20年物国債利回りを用いる(後述)ことと整合性を持った、社債の利回り水準を確認しておきます。金利水準は、2019年3月期の財務データが公表され、株価に織り込まれた時期ということで、2019年6月末を採用しています。

 図表14-2に、2019年6月末の日本国債、AA格社債、A格社債、BBB格社債のイールドカーブ(金利を縦軸、債券の残存期間を横軸とした利回りのグラフ)を示します。これらのデータは、国債利回りについてはBloomberg端末、社債利回りについては日本証券業界のホームページ(「格付けマトリックス」ダウンロードページ)から取得しました。モスフードサービスは、社債格付けを取得していませんが、財務内容とほぼ無借金であることを勘案し、AA格に相当すると考えれば、20年物利回りより、有利子負債コストは、0.7%程度と推定できます。

図表14-2:国債と社債のイールドカーブ(2019年6月末時点)
 
出典:Bloomberg、日本証券業協会
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