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[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2019年6月号 296号

(2019/05/20)

第50回(最終回)『PMIの最後のピース』

神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

【登場人物】

三芝電器産業 株式会社
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (CEO)
狩井 卓郎
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (営業管理担当役員)
小里 陽一
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (生産管理担当役員)
伊達 伸行
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経営管理担当)
井上 淳二
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経理担当)
朝倉 俊造
佐世保電器 (三芝電器産業の系列販売店舗)
店主
岩崎 健一
旗艦店の店長
古賀 一作

(会社、業界、登場人物ともに架空のものです)

(前回までのあらすじ)

 三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
 日本では考えられない様々な課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。外部の血も取り込みながらPMI=M&A後の経営改革は本格化し、改革の成果を通して、ローカル従業員の経営参画意識も徐々に高まってきた。
 一方で、日本側の事業部や本社は必ずしも当事者意識を有しておらず、駐在員に対して原理原則に基づいた形式的な要求ばかりを押し付けてきていた。そんな中、レッディ社CEOの狩井卓郎は単身帰国し、三芝電器産業社長に「レッディ社を買収した理由」を問いかけた。
 狩井の意図を汲み取った社長は、半年後のレッディ社訪問を約束するとともに、日本の関係部門長に対して自ら直接「レッディ社に対する確認」を実施し、日本側の当事者意識を激変させた。
 朝倉をはじめ出向者は、これまで数か年にわたる現地でのPMIの総決算とすべく、社長訪印に向けて追い込みをかけた。そしてついに社長訪印の朝を迎えた。


いつものムンバイ

 三芝電器社長のレッディ社訪問の朝、朝倉ら出向者はいつも通りの時間に出勤し、朝礼を始めた。社長は既に昨日夕方、成田から直行便でムンバイ入りしている。通常であれば、到着日の夜は現地駐在員と随行員を交えた盛大なディナーが開かれるはずだ。しかし今回は何も開催されず、社長はムンバイ市内のホテルに入ったきり翌日まで外に出ることはなかった。かなりイレギュラーなことであった。
 何か緊急事態が発生し、ホテルで電話会議をやっているのではないかという推測や、体調を崩しているのではという憶測が流れた。しかしディナーは急遽キャンセルになったわけではなく、数カ月前からすでに決まっていた。レッディ社側が調整開始した時から、「到着日のディナーは開催しない」という回答が秘書室からあったのだ。
 駐在員やローカルマネジメント達は「政府高官と密会しているのではないか」、「今回はレッディ社だけの訪問になるため、デリーにあるインド統括会社の幹部に遠慮しているのではないか」とそれらしい理由を勝手に述べていたが、真相は誰にも分らなかった。
 ムンバイは乾期に入り、スモッグで煤けているものの空は晴れていた。今日も朝方は過ごしやすかったが、日中は35度近くまで気温が上がるに違いない。いつもと同じだ。
 街は普段通りの渋滞と喧騒に包まれる中、午前10:00から予定通り、社長のレッディ社視察が開始された。

洗練された社長の対応

 午前中は市内にある営業拠点の視察だ。この1年ほどで代理店制度から直販に大きく切り替えている。また店舗も、限られた予算をやりくりしながら少しずつ改装してきた。
 今回の視察では、今年オープンしたばかりのショールームに加え、大規模な旗艦販売店と少し郊外にある小規模販売店を回ってもらうことにした。それぞれの店舗において、得意先と直接話をしてもらう機会も設けた。客層も品ぞろえも大きく異なるリアルな販売拠点2カ所を見てもらい、できる限りインドビジネスの現地・現物を感じてもらおうと考えたのだ。営業部門を統括する小里と、数名のローカル役員が社長をアテンドした。
 社長は各店舗のローカル従業員に気さくな笑顔で話しかけ、得意先の話に熱心に耳を傾けた。途中、社長との会話に興奮した従業員や得意先がマシンガンのような早口英語を繰り出してくるシーンもあったが、誰かが割って入って話を止める必要もなく、社長はユーモアを交えながら自ら的確に話を区切り、笑顔で握手をして次に進んでいた。その社長の自然で慣れた対応に、相対者も含めその場にいた誰もが敬服した。どの店舗でも雰囲気がよく、内容的にも視察は成功と言ってよかった。
 一つだけ小里が対応に苦慮したのが、社長に随行してきた大勢の日本人出張者だ。社長からの強い動機付けで、今回は急遽、日本の関係各部門から多くの人員がムンバイに飛んできた。しかも上位役職者が多い。通常であれば、たとえその1人だけの出張であっても、駐在員はしっかりともてなす必要があるクラスだ。しかし今回はそんな余力は全くない。小里らアテンドしたメンバーは、ひたすら社長のみに気を配り、一度には店に入りきらないほどのその他随行員のことは頭から忘れることにした。

トップだけが引き起こせる熱狂

 営業拠点視察を終えると、社長は本社へ移動した。ローカルマネジメント達との昼食会に参加するためだ。
 そこで予期せぬことが起こった。社長が乗った車が正面玄関に到着し、昼食会場の会議室につくまで、その動線にあった本社各部門の従業員が窓越しに拍手で社長を迎えたのだ。
 三芝電器産業の社長視察は、どんな拠点であろうとも準備に半年以上をかけるほどしっかりとしている。しかし移動するだけの社長に向かって拍手を贈るなど、日本では考えられない。むしろ仕事に専念している姿を見せることが日本では重視されるのだ。
 今回、レッディ社本社では事前に「お昼前後に社長が社屋に入るので、オフィスは整理整頓しつつ、廊下で社長と出くわしても慌てないでください」という通達だけを出していた。ローカル従業員もあまり気にしていないように見えた。しかしいざ当日社長の車が到着すると、皆は窓縁に身を乗り出して社長を眺め、そして拍手が自然に沸き起こったのだ。全世界で10兆円近くの売上を誇る三芝電器産業は、インドにおいて高根の花の日本ブランドである。その社長が自分たちの会社に来てくれることに、従業員は意図せぬ高揚感に包まれたのだ。
 車を降りたとたん、様々なフロアの従業員から窓越しに拍手をもらった社長は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに片手をあげて笑顔で応えた。こんなことは社長だけではなく、長く現地に駐在する日本人出向者でも予期できなかった。従業員たちはあたかもヒーローのように、社長を迎えている。
 このようなハプニングは同じ新興国であっても、

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