本対談は、M&A専門誌マール 2020年7月号 通巻309号(2020/6/15発売予定)の特集記事です。速報性を重視し、先行リリースしました。
- <目次>
- コロナショックによる経済危機の現状
コロナショックはリーマンショックよりも規模が大きく、広範囲
世界が直面する「リクイディティ危機」 - 日本が今、直面している問題
有事のリーダーシップの在り方が問われている
有事にあるべき組織の基本
『かかりつけ医』の役割を果たす人材の不足 - 日本企業の今後
日本企業の多くでコア事業部門がエイジング(老齢化)している
相当大掛かりに構造を変えないと助からない - 事業構造転換のポイント
ポストコロナではM&Aが世界中で活況になる
「多角化」なのか「専業」なのか
バッドパフォーマーを早めに退出させるメカニズム
重要になる取締役会の監督機能、社外取締役の役割
CFOになる大事な条件は事業経験があること - 今後のイノベーションの起こし方
イノベーションの成功確率を上げるガバナンス
CEOは2つの脳を持たないといけない
IT戦略は経営課題
テレワークというものの価値をどう認識するか
大きくなる取締役会の役割
―― 新型コロナショックによる経済活動の停滞が世界的に深刻なものとなっています。コロナ禍による経営環境の激変は、企業に未曾有の危機を与えるとともに、社会のデジタル化を一気に進展させることは明らかです。企業はどうやってこの危機を乗り越え、どういった視点で事業戦略を進めていったらいいのか、どのようにイノベーションを起こしたらいいのか。コロナとの共存下あるいはコロナショック後の事業戦略転換を迫られています。
本日は、日本板硝子でピルキントン買収プロジェクトの実行、
PMIの全分野についての実務リーダーを務め、多数のM&A(国内・外)を手掛けると同時に、長期戦略ビジョンの見直しや中期計画の推進など、経営戦略の分野で執行役員、戦略企画部長として5人の社長の補佐役を歴任。現在、KPMG FASのシニアアドバイザーとして日本企業向けに海外M&Aを活用したグローバル化、戦略的シナジー実現による企業価値向上を支援しておられる加藤雅也氏と、東京都立大学大学院教授で、数々の企業の社外取締役をされている松田千恵子氏に、コロナショック後を踏まえた事業戦略とM&Aについてご議論していただきます。
1. コロナショックによる経済危機の現状
コロナショックはリーマンショックよりも規模が大きく、広範囲
松田 「本日はよろしくお願いします」
加藤 「こちらこそ、よろしくお願いします」
松田 「新型コロナウイルス感染拡大によって、社会も、経済も、政治も、非常に大きな影響を受けています。この現状はリーマンショックと比べてどうなのか、違いはどういうところにあるのでしょうか」
加藤 「今回のコロナショックは明らかにリーマンショックよりも規模が大きく、広範囲だと思います。リーマンショックの場合は金融が先に混乱して、それが実体経済に及びました。影響の度合いは世界の国々でまちまちで、ヨーロッパは、そのあとギリシャに端を発した欧州ソブリン財務危機という第2波が来て、市場規模が元に戻るのに3年から4年かかったと思います。アメリカは、いったん市場規模が急激に縮小しましたが(自動車産業は半分ぐらいまで)、そこから短期間で急回復して、そのためにかえって混乱した業界もありました。一方、中国は、財務的に余裕があったため、一気に財政投融資をして市場規模を支えると同時に国内の企業を活性化させて競争力をつけ、結果として中国の産業界の地位が売上規模でも技術的な面でも一気に世界に追いつき、もしくは逆転するような契機をつくりました。
一方、今回のコロナショックは、まず実体経済の活動を2カ月から3カ月間フリーズさせる状態を世界的につくってしまい、これが今後、金融にも及んでいって、金融を弱らせてしまう可能性があります。この場合の金融というのは、銀行だけではなく、国家財政も含めてです。国家、銀行、企業の全てが大きなデットを背負うかもしれないわけです。この2、3カ月、売り上げが止まったということは、簡単に言えば『減損』です。会計学会はこの減損を今すぐ計上しないようにタイミングのモラトリアムをやろうとしており、その判断には賛成しますが、この『減損』を短期間で埋め戻すことは難しい。単なるPL/BSという帳簿上の話だけではなくて、キャッシュを相当使ってしまったわけです。つまり世界は、これからしばらく『リクイディティ危機』を心配することになります」
世界が直面する「リクイディティ危機」
加藤 「流動性の危機、つまり資金繰り倒産の可能性です。企業によって差があるでしょうが、おそらく
シニアローンとか、コマーシャルペーパーとか、社債とか、そういうものを回しているだけでは救われない企業が中小企業に限らずこれから大企業の間にも出てきます。大企業、それも上場企業の相当数が『リクイディティ危機』を経て、そこを何とか切り抜けたとしても、重いバランスシート(短期間では返済できない借金)を背負い、そこからいかに成長投資ができる体制に戻していくか。これは相当長いロードマップで、ものすごくしんどいことになります。
1つのシナリオは、自己資本比率や格付けが落ちてしまい通常の銀行ローンや社債では
リファイナンスができなくなる企業が出てくる事態がありうる。そうなると、各国の政府が動いて政府保証付きの
ファシリティで限りなくエクイティに近いもの、例えば永久劣後債や
ワラント債または特殊な優先株などの類を企業に注入してやることにより信用力の崩壊を回避し、市中銀行が通常のシニアデットを出せる条件を作ってやるという方策。これは一種のモラルハザードと言えますが、ここまで踏み込まないと、コロナ前の市場の競争原理に基づくモラルやコンプライアンスを守っていたのでは助けきれない企業が世界中でたくさん出てくるような気がします。つまり、世界の政府や金融システムがモラルハザードに踏み込む発想の転換が必要かもしれないということです。今、各国のエアーラインの苦境が伝えられていますが、今後は、自動車や自動車部品、さらには、鉄鋼、化学、素材、流通、サービス業を含む様々な業界で『リクイディティ危機』を経たあと、重いバランスシートでファイナンスが逼迫するということが世界中で起こってくる気がします。この問題が深刻に及ぶ範囲が上場企業全体のごく一部なのか10~15%にも及ぶのかは、今後、経済のフリーズ状態がどれだけ続くのか、フリーズ解放後にどれだけの速度で市場規模が回復してくるか、そのカーブによって答えはまちまちだと思います。懸念すべきは、再び第2波、第3波のコロナショックが来るかもしれない。つまり今は、魚雷を一発、横腹にくらった軍艦みたいな状態です。そこに第2、第3の魚雷が当たると船が沈んでしまうほどのダメージを受けるわけです。そうなると、ますますリーマンショックよりひどい状態になるのではないかと懸念されます」
2. 日本が今、直面している問題
有事のリーダーシップの在り方が問われている
松田 「人々の暮らしから始まって、企業に影響し、その企業を救うために銀行が融資し、銀行でも救いきれなければ国家が財政発動するしかない。そういう流れで国力にかなり依存するとなると、強権を発動して人々の行動に圧倒的な支配力を持つ国の方がうまく乗り越えてしまうということになりませんか」