[日本M&A市場 大変革の時代]

(2024/05/23)

第1回 アウトバウンドM&Aに伸長の兆し

大原 崇(ベイン・アンド・カンパニー パートナー)
  • A,B,C,EXコース
ポイント
〇足元の日本のM&A市場の伸びを大きく牽引しているのがアウトバウンドM&A
〇USスチール等の大型案件が牽引し、円安・金利上昇という逆風下でも増加トレンド
〇一方で、アウトバウンドM&Aは日本企業にとっての「鬼門」で、歴史的に失敗多数
〇大規模クロスボーダーM&Aの3件に1件は失敗
〇日本企業が成功事例を積み上げていくためには4つの課題に対応することが必須(①M&A戦略・投資テーマの不在、②過剰なシナジー、③“憲法”なきPMI、④経験不足・学び不足)
 日本のM&A市場が非常にホットな状態にある。2023年は、世界の市場が縮小する中で、先進国市場の中では極めてユニークなことながら、金額ベースで前年比+40%の成長を遂げた。年が明けてからも同様のトレンドは持続しており、特に事業会社(ストラテジックバイヤー)によるM&A金額は、1-3月期は、前年同期比+62%(金額ベース)と引き続き好調に推移している。

 日本のM&A市場の好調は、今後も持続していくというのがベイン・アンド・カンパニーとしての基本的な見方である。

 多くの日本企業にとって「稼ぐ力」向上と資本効率の改善に向けた事業ポートフォリオ改革は積年の課題だった。本来、解決のツールとしてM&A(事業売却および買収)のニーズは高かったはずだが、活発に行われてきたとは言えない。ベインが行った調査でも、グローバルの上場企業は過去10年に平均10件M&Aを行っているが、日本企業は平均7件どまりで、3割も少なかった。このような傾向が、昨年来の東証による「PBR1倍割れ改善要請」と、アクティビストを中心とした資本市場の声の高まりによって、大きく変わりつつある。企業のバランスシートに手元資金が過去類を見ない水準に積みあがっている中、「正しい成長投資の使い道がないのであれば、還元しなければならない」という資本市場から見ると極めて当たり前の原則が浸透しつつあり、背中を押される形でM&Aを積極的に検討する企業が増えてきている。

 また、PEファンドを中心としたファイナンシャルバイヤーにとっても、ドライパウダー(手元の投資資金)が積み上がる中、投資先としての日本市場への注目度は極めて高い。事業会社のカーブアウト案件が引き続き想定されること、国際的に見て大幅に低い金利水準が持続していることが背景にある。

 このようなトレンドは、日本のM&A市場の「エコシステム」、すなわち、ストラテジック・ファイナンシャルバイヤーおよび株主を中心とした、事業・企業の買収と企業価値向上の営みに、アドバイザーとして携わってきた弊社としても、歓迎したい動きである。

 一方で、日本企業の過去のトラックレコードを見るに、M&A市場が活発化し、構造的な変革を迎えるときこそ、冷静な判断と「プレイブック」に基づいて、正しいアプローチでM&Aを行うことが重要である。日本企業がこのトレンドをフルに活用し、企業価値の一層の向上につなげていただけるよう、本連載を通じて足元のM&A市場の「エコシステム」の現状とトレンド、そしてそこから抽出される日本企業にとっての意味合いを多角的に論じていきたい。本稿を含めた5回連載として、以下の構成で議論を進めていく。

 第1回は「アウトバウンドM&A」をテーマとする。足元のM&A市場の伸びを牽引し、今後も一層活用されていくであろうアウトバウンド、いわゆる海外M&Aには、いくつかの「古くて新しい」課題がある。今後より多くの日本企業がチャレンジしていくに当たって、改めてこれらの課題と対応方法を論じたい。

 第2回は、「同意なき買収MBO」を取り上げる。「敵対的」から「同意なき」に呼称が変わり、実例も積みあがるにつれて、これまでの「極めて特殊な手法」という認識も変わり、多くの事業会社にとって、買い手として・ターゲットとしての両面での検討の必要性が高まっている。MBOについても同様だ。日本企業が「同意なき買収・MBO」を正しく活用・対応するためのポイントを論じる。

 第3回は、アクティビズムにスポットを当てる。現在の日本のM&A市場の「エコシステム」においてアクティビストの役割は極めて大きく、今後もその傾向は加速しそうだ。上場企業にとって、企業価値向上を旗印に、資本市場の代弁者として経営改革を迫る彼らを無視して経営することは、もはや不可能になりつつある。アクティビストとどう向き合うべきか、著名ファンドとのインタビューも交えつつ、論じていく。

 第4回は、PEファンドについて論じる。もはや「エコシステム」のメインプレイヤーであるPEファンドは、近年のM&A市場でも、カーブアウト案件の「受け手」、ポートフォリオ企業の「出し手」として引き続き重要な役割を担っている。新しい顔ぶれや、投資スタイルの変化も見られるPE業界を俯瞰し、今後の彼らの動きや、M&A市場に与える影響について検討する。

 最終回の第5回は、スタートアップ/VCについて検討したい。本来、M&Aの「エコシステム」の一環であるスタートアップ/VC市場は、日本ではまだ成長途上であり、大企業も積極的な役割を担えておらず、やや“離れ小島”のようになってしまっている。今後のスタートアップ/VC市場の方向性と、M&A市場に与える影響を論じた上で、1~5回の連載を振り返った総括を行いたい。
M&A市場を牽引するアウトバウンドM&A

 2023年の日本のM&A市場(日本企業が買い手もしくは売り手となったM&Aディール全体を指す)は金額ベースで前年比+40%伸びたが、その大きな原動力となったのが、日本企業が買い手となり海外アセットを買うアウトバウンドM&Aだった。事業会社(ストラテジックバイヤー)のM&A全体が1460億ドルだった中、アウトバウンドM&Aは620億ドルと約40%を占める。アウトバウンドM&Aだけを取り出すと、2022年比では+70%と大幅な伸びを記録している。


■筆者プロフィール■

大原氏

大原 崇(おおはら・たかし)
ベイン・アンド・カンパニー パートナー
15年以上にわたり、電機・電子機器メーカー、半導体、自動車、運輸等の幅広い業界の国内外のクライアントに対するコンサルティングに従事。全社ポートフォリオ戦略、成長戦略、コスト構造改革、戦略立案から買収後の統合支援までの国内外のM&A支援等、多岐にわたるテーマのプロジェクトを手がける。ベイン東京オフィスにおけるM&Aプラクティスリーダー。東京大学法学部卒業。パソナ、外資系コンサルティングファームを経てベインに参画。

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